お笑いタレントで俳優のダンカン(66)が9日、自身のブログを更新。「たけし軍団」の盟友で、お笑い芸人のグレート義太夫さんが亡くなったことを受け、長年の思い出を振り返りながら追悼した。
ダンカンは「8日兄ちゃんの義太夫くんへ」と題して投稿。義太夫さんが1958年12月26日生まれ、自身が翌年1月3日生まれであることに触れ、「ほとんど同じ頃板橋(義太夫くん)と埼玉(オレ)におバカ2人が誕生しちゃったんだな〜とよく笑っていたっけ・・」と懐かしんだ。
投稿では、つい先日のTikTokライブ配信でのコラボにも言及。さらに、40数年前にダンカンが住んでいた西新宿のアパート「豊荘」に義太夫さんが初めて訪れた際の思い出など、数々のエピソードをつづった。
TBSの番組の打ち上げパーティーで肉ばかり食べ、プロデューサーに怒られていたことや、映画『生きない』の撮影中にカメラ目線になり、監督から叱られていたことも回顧した。
また、ダンカンが主宰していた劇団「東京サギまがい」では、義太夫さんが全ての音楽を担当していたことも明かした。「時々どこかの音楽を限りなくパクリ、オレにあっさりバレて口を酸素の無くなった鮒のようにパクパクしていた」と、義太夫さんらしいエピソードをユーモアを交えて振り返った。
そのほか、以前は自身よりもヘビースモーカーだったことや、ダンカンの息子・虎太郎さんが幼い頃、三輪車に轢かれることがお約束だったことなど、多くの思い出をつづった。
「思い出したら何万個書いても終わらない…」と、長年ともに歩んできた盟友への尽きない思いを吐露。最後には「8日兄ちゃんの義太夫くん、その頼れなさが何よりもいかしてたよ!」と呼びかけ、「合掌」と結んだ。
義太夫さんの訃報は8日昼ごろ、事務所の公式サイトで公表され、「弊社所属タレント グレート義太夫は、2026年9月7日、満67歳をもって永眠いたしましたことを、ここに謹んでご報告申し上げます」と報告。「葬儀につきましては、ご遺族の意向により、近親者のみで執り行う予定でございます」と伝えていた。
グレート義太夫さんは、1958年12月26日生まれ、東京都出身。80年代初頭に『たけし軍団』に加入。映画『菊次郎の夏』(99年)などに出演。近年は、糖尿病性腎症による腎不全を発症し人工透析、心筋梗塞などの病を報告。今年7月には、“鎖骨下静脈拡張”手術のため入院したことを伝えていて、今月7日の朝にも自身のブログを更新していた。
ダンカンは「8日兄ちゃんの義太夫くんへ」と題して投稿。義太夫さんが1958年12月26日生まれ、自身が翌年1月3日生まれであることに触れ、「ほとんど同じ頃板橋(義太夫くん)と埼玉(オレ)におバカ2人が誕生しちゃったんだな〜とよく笑っていたっけ・・」と懐かしんだ。
TBSの番組の打ち上げパーティーで肉ばかり食べ、プロデューサーに怒られていたことや、映画『生きない』の撮影中にカメラ目線になり、監督から叱られていたことも回顧した。
また、ダンカンが主宰していた劇団「東京サギまがい」では、義太夫さんが全ての音楽を担当していたことも明かした。「時々どこかの音楽を限りなくパクリ、オレにあっさりバレて口を酸素の無くなった鮒のようにパクパクしていた」と、義太夫さんらしいエピソードをユーモアを交えて振り返った。
そのほか、以前は自身よりもヘビースモーカーだったことや、ダンカンの息子・虎太郎さんが幼い頃、三輪車に轢かれることがお約束だったことなど、多くの思い出をつづった。
「思い出したら何万個書いても終わらない…」と、長年ともに歩んできた盟友への尽きない思いを吐露。最後には「8日兄ちゃんの義太夫くん、その頼れなさが何よりもいかしてたよ!」と呼びかけ、「合掌」と結んだ。
義太夫さんの訃報は8日昼ごろ、事務所の公式サイトで公表され、「弊社所属タレント グレート義太夫は、2026年9月7日、満67歳をもって永眠いたしましたことを、ここに謹んでご報告申し上げます」と報告。「葬儀につきましては、ご遺族の意向により、近親者のみで執り行う予定でございます」と伝えていた。
グレート義太夫さんは、1958年12月26日生まれ、東京都出身。80年代初頭に『たけし軍団』に加入。映画『菊次郎の夏』(99年)などに出演。近年は、糖尿病性腎症による腎不全を発症し人工透析、心筋梗塞などの病を報告。今年7月には、“鎖骨下静脈拡張”手術のため入院したことを伝えていて、今月7日の朝にも自身のブログを更新していた。
2026/09/09