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青木さやか、「なんで評価してんの?」先輩の指摘にドキッ…“嘘や悪口の会話”振り返り

 50歳を迎えた青木さやかが、等身大の自分を見つめて率直につづったエッセイ本『50歳。はじまりの音しか聞こえない』(世界文化社刊)。勝ち組になれなかった駆け出しのころの心境や、「どこ見てんのよ!」というキレ芸が生まれたきっかけ、バツイチでシングルマザーという現状、マッチングアプリの体験談など赤裸々に明かしている。ここでは同書から、青木がつづったエピソードを一部抜粋。「会話の多くは、嘘や悪口でできていた」と振り返った内容を紹介する。

青木さやか(C)ORICON NewS inc.

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■「お笑いの先輩たちには心の底から感謝している」

 さて、世の中の小さなピースの一つであるわたしは、この先、娘や孫の時代までその人たちが楽しく過ごす為に何ができるか、ということを常々考えて行動していることがある。友人にも聞かれない限り自分からは話すことはない。コツコツとやっている。それが、わたしの「反省道」である。

 まず、基本の8つのこと。「嘘つかない」「悪口言わない」「顔つき(柔和に)」「態度(優しく)」「言葉づかい(丁寧)」「約束を守る」「感情を出さない(怒りなど)」「不貞腐れない」。

 これをやろうと心がけると決めてから5年以上経つ。これがなかなか難しい。いや、わたしにとっては、無茶苦茶難しかった。

 わたしの会話の多くは、嘘や悪口でできていたような気がする。当時の自分を擁護すると、それがいい、と思っていたところもある。一緒にいる人が面白いと思ってくれれば、大袈娑に話した方がいいだろうと思っていた。本当の歳より上に言った方が面白いだろうな、と思ったときはそうしていたから、一体わたしって本当は何歳だっけ?と、1973年生まれで度々検索して調べたりしていた。

 悪口だって本人の前なら面白ければオッケーだと思っていた。それに、その人が傷つかないとわたしが判断したツッコミ的なことなら、むしろ「その人」を助けてあげられていると思っていた。

 だけど、「その人」は、傷ついていることがあった。それにたとえ笑顔で別れても、わたしの知らないところで泣いている「その人」もいただろう。あるときは、わたし自身が「その人」だったこともあったはずなのに、「その人」を作っていたのだとも思う。

 悪口というか陰口も言った。いや、評価かもしれない。良かれと思って「あの人はもう少しこうした方がいいよね」「こうなるともっと面白いのにね」ということを口にしていた(何様!)。

 陰口や評価を言ってるときは、顔つきも悪くなるというものだろう。思い返してみると、わたしの母は、よく人や物を「評価」していた。過去、母との大きな確執があったわたしは、反面教師として母をみていた。だから、母のような言動、振る舞いをしないようにと心がけていたのだ。

 しかし、わたしは、普段から「評価」をしていた。それに気づいたのは5年ほど前の、ある芸能人の結婚式だった。とても大きな披露宴で大勢のお客様がいた。そしてたくさんの方が順番に祝辞を述べていた。わたしは隣の席のビビる大木さんにずっと祝辞の感想を言い続けた。

 大木さん、今の祝辞長くないですか?あ、面白いですね、今の。あー、声が聞き取りづらいですねえ、マイクの持ち方―。ははは、このエピソード、まあまあ面白いですね。

 「青木さ」「はい」「なんで人の祝辞、評価してんの?」

 わたしは、その瞬間、凍りついた。そうか、わたしが話していることは、「評価」なのか。考えてみればそうだ。反面教師にしていたはずだったのに、母と同じことをしている。

 それから披露宴の感想どころか、何も耳に入ってこなくなり、ほとんどその披露宴のことは覚えていない。披露宴が終わり、会場をあとにしてボタンを押してエレベーターを待った。

 「あ、このエレベーター、速いですね」

 すると大木さんはこう言った。「すごいな、青木。エレベーターも評価するんだ!」

 この出来事は、わたしにとって物凄く大きかった。お笑いの先輩は時に笑いに変えて大きな気づきをくれる。笑いながらわたしも聞くのだが心の中では、あーやなとこ指摘されたわ〜誰も教えてくれなかったこと〜いや、普通言わないよね。気づいても。だって、きっと、とても言いづらいことだもの。

 「言われた」から「聞きたくなかった」になり「そうだ、なかったことにしよう」になり「忘れられない!」になり「仕方ない認めますよ白旗上げます」になるまでには時間がかかる。だが本当に降参したそのとき、要らないプライドも一緒に解けていくような気がして結局ラクになる。

 お笑いの先輩たちには心の底から感謝している。だからといって同じような指摘を知らない人に居酒屋でされることは辛い。そうですねえ、と自分に落とし込む大らかさはわたしにはまだない。

 態度、言葉づかい、このあたりは日々訓練と思い気をつけている。脚を組むことからは泣く泣く卒業した。だが、何十年も脚を組んできたわたしは、たまに無性に左脚の上に右脚を置きたくなる。だから演技の役柄によっては脚を組んでよいことにしていて、舞台上にいるのはわたしではない、という大義名分を自分に与えながら、脚を組むのが懐かしくて嬉しい。

 乱暴な言葉づかいは控えている。その表現の方が、たとえ、面白いから言いたい!と思ったとしても。見てる人からしたら実際には大した違いはないかもしれないが、わたしにとっては、あー残念だなこの表現が使えなくて。あー使いたかった、と寝る前に思い出してしまうこともあったりするのだが。

青木さやか『50歳。はじまりの音しか聞こえない』(世界文化社刊)

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■プロフィール
青木さやか/タレント、俳優、司会者。1973年愛知県生まれ。「どこ見てんのよ?」の決め台詞でブレイク。その後バラエティ番組や数々のドラマ出演で活躍。NHK『あさイチ』やテレビ東京系『なないろ日和』にも出演している。舞台出演、講演も行う。仲間との動物保護活動にも力を入れている。2021年刊のエッセイ集『母』(中央公論新社)が版を重ねた。他の著書に『厄介なオンナ』(大和書房刊)、『母が嫌いだったわたしが母になった』(KADOKAWA刊)がある。

■50歳になった青木さやかが、等身大の自分を率直に綴った書き下ろしエッセイ集
『50歳。はじまりの音しか聞こえない』(世界文化社)

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