イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場で、ミュージカル『Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)』の本公演(現地時間12月4日)が始まった(2024年2月24日まで)。キャストの中でただ一人、日本から参加しているのが、俳優の大野拓朗。ハリウッド進出を目指し、2019年にそれまでの所属事務所を退所して、単身アメリカへと飛び出した彼が、演劇の国・イギリスで海外デビューを果たした。
大野にとって初めての日本国外での英語の芝居。プレビュー期間中(現地時間11月25日〜12月3日)にオンラインで取材に応じた大野は、「こっちに来てから1ヶ月、怒とうの日々でした。初日の公演を終えた後は、自然と涙が出ました。ここまで本当に大変だったんだな、って思って。無事に初日の幕が上がり、ホッとしました」と、振り返った。
オーディションで本作への出演が決まり、10月20日に渡英。最初に直面した壁はやはり「言葉」。アメリカ英語とイギリス英語が全然違う、というのは有名な話だ。
「アメリカで英語を勉強してきたっていうのもあって、同じ意味でも使う単語が違ったり、同じ単語でも発音が違かったり、イントネーションが違かったり。僕以外のキャストは全員アジア系ではあるのですが、第一言語、または第二言語が英語だったり、3人いる日本人も20年以上イギリスで暮らしている人たちだったりして、スラングが飛び交いまくっているし、聞き取りづらいしで。自分は、なんて大変なことをやろうとしているんだろう、と改めて思いました」
そんな大野をまるごと受け止めてくれたのが、カンパニーの仲間たち。
「自分に自信がないからこそ努力して、キャスティングしてもらった期待に応えたいと思いましたし、いままで以上に頑張らなきゃいけないことがたくさんあった中で、カンパニーのみんなが理解のある人たちで、支えてくれて、『目に見えて良くなっているよ』と励ましてくれて、だから自分も頑張れた。すごく感謝してます」
『太平洋序曲』は、『セサミストリート』の脚本家としても活躍したアメリカ人のジョン・ワイドマンが1976年に執筆した脚本を、作曲家・作詞家のスティーヴン・ソンドハイムなどがミュージカル化。西洋の作家が近代日本の夜明けを描いた唯一無二の作品だ。今回は日本の梅田芸術劇場とメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場の共同制作として、演出家マシュー・ホワイトによる新演出のミュージカルを、日英それぞれのキャストで上演する。日本版キャストによる公演は今年3〜4月に行われた。
時は江戸時代末期。黒船に乗ったペリーがアメリカから来航。鎖国政策を敷く幕府は慌てて、浦賀奉行所の下級武士、香山弥左衛門と、鎖国破りの罪で捕らえられたジョン万次郎を派遣し、上陸を阻止すべく交渉を始める。一度は危機を切り抜けるものの、次には諸外国の提督が列を成して開国を迫り、幕府は要求を受け入れて国を開くことになる。
英国版で、ペリーとの交渉役を務める香山弥左衛門役に抜てきされたのが、大野。劇中で描かれる香山の姿と自分が重なるところがあるという。
「香山は浦賀奉行所に勤める下級武士で、出世欲もなく、質素に、日々、平穏に暮らしていければ十分幸せだと思っていたのですが、黒船が来航して、ペリーとの交渉役を命じられて人生が変わっていく。与えられた役割を果たそうと一生懸命、交渉に挑むんです。結局、日本は開国することになって、西洋の文化が入ってくると、香山はそれを嬉々として受け入れて、順応していく。
僕自身、大学でプロスポーツ選手のメディカルトレーナーになるための勉強しつつ、近所の整形外科などで働きながら、平凡に暮らせたらいいな、と思っていました。でも、ひょんなきっかけからエンターテインメントの世界に足を踏み入れて。すごく楽しくて、刺激的で、悔しい思いをするたびにもっと頑張ろうと思って、努力して。今、こうして、イギリスに来て、英語でお芝居しているなんて。僕もすっかり西洋化されたなって(笑)」
■業界人注目の劇場でソンドハイムの名作に出演する意義
作詞・作曲のソンドハイムは、2021年11月に91歳で亡くなったが、約60年間ミュージカル界を牽引し、数々の名作を生み出してきた。『ウエスト・サイド・ストーリー』の作詞をはじめ、『スウィーニー・トッド』『メリリー・ウィー・ロール・アロング』『INTO THE WOODS』の作詞・作曲など、その多作さはほかに類を見ないほど。しかも…
「タイミングも音程も、歌うのがものすごく難しいんです。英語で初めて挑戦するミュージカルがソンドハイムだなんて。なんて無謀なことをしているんだ、と。稽古(けいこ)が始まって血の気が引きました。稽古期間の約1ヶ月、練習するしかなくて。空き時間も練習して、部屋に帰ってからも練習して。公演が始まって、時間的な余裕ができたら、ジョン万次郎役のJP(ジョアキン・ペドロ・ヴァルデスのニックネーム)が通っているボイストレーナーのところに、僕も通おうと思っているんです。いままでも今日より明日、明日より明後日にはもっとうまくなっていたいと思ってやってきました。今回、成長する余地がたくさんあると思うので、3ヶ月後の千秋楽まで、公演を重ねるごとに成長する、向上することを目指して、楽しみながらやっていきたいなと思います。」
メニエール・チョコレート・ファクトリー劇場は、1870年に建てられたチョコレート工場をリノベーションした劇場で、小劇場ながらもエッジの立った芸術性の高い作品のプロデュースに定評があるとのこと。近年では『屋根の上のバイオリン弾き』(2019年)、『カラーパープル』(16年度トニー賞受賞)、『メリリー・ウィー・ロール・アロング』(14年ローレンス・オリヴィエ賞受賞)など、アワードを賑わせる名作を輩出している。
そんな業界人も注目する劇場で、1976年から再演を重ねる名作に出演。このゼロからイチは大きい。彼のパフォーマンスが演劇の国・英国の観客の心をつかみ、確かな結果を残せれば、これから先の海外での活動にも大きな影響を与えそうだ。
「まず一歩って感じです」
最後に「日本のファンに何か伝えたいことは?」と、尋ねた。
「35歳になって初めて海外で仕事する経験をさせてもらって、ネイティブでも帰国子女でもない、まだまだ勉強中の英語でミュージカルに挑戦している中で、やっぱり30歳の時に、事務所を辞めてまでニューヨークに留学することを選んでよかったと思いました。英語の勉強を続けていなかったら、この作品と出会うこともなかったはず。やりたいことがあったらチャレンジして、いつか来るであろうチャンスを信じて、努力して、準備を怠らないということが改めて大事だと思いました。そして、チャンスが来たと思ったら、怖くても飛び込む。僕はいま、飛び込んだばかりですが、きっと、この先に何か見えてくるものがあると思っています。だから、皆さんも心の思うままに挑戦して、人生を有意義なものにしてほしいと思います」
■現地の劇評
・Theatre weekly
https://theatreweekly.com/review-pacific-overtures-at-menier-chocolate-factory/
「舞台の大きさを考えると、アンサンブルキャストは大勢いるが、脚光を浴びているのは香山役の大野拓朗とホアキン・ペルド・バルデスだ。 大野の穏やかで印象的な演技は、バルデスのエネルギッシュで情熱的な万次郎の演技を見事に引き立てている。彼らは素晴らしいバランスで、この2人の演技が作品全体を高めている」
・Evening standard
https://www.standard.co.uk/culture/theatre/pacific-overtures-menier-chocolate-factory-review-stephen-sondheim-b1124787.html
「Takuro Ohno 素晴らしく良い」
大野拓朗が出演、イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場で上演中のミュージカル『Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)』舞台写真 (C)Manuel Harlan
大野にとって初めての日本国外での英語の芝居。プレビュー期間中(現地時間11月25日〜12月3日)にオンラインで取材に応じた大野は、「こっちに来てから1ヶ月、怒とうの日々でした。初日の公演を終えた後は、自然と涙が出ました。ここまで本当に大変だったんだな、って思って。無事に初日の幕が上がり、ホッとしました」と、振り返った。
オーディションで本作への出演が決まり、10月20日に渡英。最初に直面した壁はやはり「言葉」。アメリカ英語とイギリス英語が全然違う、というのは有名な話だ。
「アメリカで英語を勉強してきたっていうのもあって、同じ意味でも使う単語が違ったり、同じ単語でも発音が違かったり、イントネーションが違かったり。僕以外のキャストは全員アジア系ではあるのですが、第一言語、または第二言語が英語だったり、3人いる日本人も20年以上イギリスで暮らしている人たちだったりして、スラングが飛び交いまくっているし、聞き取りづらいしで。自分は、なんて大変なことをやろうとしているんだろう、と改めて思いました」
イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場で上演中のミュージカル『Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)』舞台写真 (C)Manuel Harlan
「自分に自信がないからこそ努力して、キャスティングしてもらった期待に応えたいと思いましたし、いままで以上に頑張らなきゃいけないことがたくさんあった中で、カンパニーのみんなが理解のある人たちで、支えてくれて、『目に見えて良くなっているよ』と励ましてくれて、だから自分も頑張れた。すごく感謝してます」
『太平洋序曲』は、『セサミストリート』の脚本家としても活躍したアメリカ人のジョン・ワイドマンが1976年に執筆した脚本を、作曲家・作詞家のスティーヴン・ソンドハイムなどがミュージカル化。西洋の作家が近代日本の夜明けを描いた唯一無二の作品だ。今回は日本の梅田芸術劇場とメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場の共同制作として、演出家マシュー・ホワイトによる新演出のミュージカルを、日英それぞれのキャストで上演する。日本版キャストによる公演は今年3〜4月に行われた。
大野拓朗が出演、イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場で上演中のミュージカル『Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)』舞台写真 (C)Manuel Harlan
英国版で、ペリーとの交渉役を務める香山弥左衛門役に抜てきされたのが、大野。劇中で描かれる香山の姿と自分が重なるところがあるという。
「香山は浦賀奉行所に勤める下級武士で、出世欲もなく、質素に、日々、平穏に暮らしていければ十分幸せだと思っていたのですが、黒船が来航して、ペリーとの交渉役を命じられて人生が変わっていく。与えられた役割を果たそうと一生懸命、交渉に挑むんです。結局、日本は開国することになって、西洋の文化が入ってくると、香山はそれを嬉々として受け入れて、順応していく。
大野拓朗が出演、イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場で上演中のミュージカル『Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)』舞台写真 (C)Manuel Harlan
■業界人注目の劇場でソンドハイムの名作に出演する意義
作詞・作曲のソンドハイムは、2021年11月に91歳で亡くなったが、約60年間ミュージカル界を牽引し、数々の名作を生み出してきた。『ウエスト・サイド・ストーリー』の作詞をはじめ、『スウィーニー・トッド』『メリリー・ウィー・ロール・アロング』『INTO THE WOODS』の作詞・作曲など、その多作さはほかに類を見ないほど。しかも…
「タイミングも音程も、歌うのがものすごく難しいんです。英語で初めて挑戦するミュージカルがソンドハイムだなんて。なんて無謀なことをしているんだ、と。稽古(けいこ)が始まって血の気が引きました。稽古期間の約1ヶ月、練習するしかなくて。空き時間も練習して、部屋に帰ってからも練習して。公演が始まって、時間的な余裕ができたら、ジョン万次郎役のJP(ジョアキン・ペドロ・ヴァルデスのニックネーム)が通っているボイストレーナーのところに、僕も通おうと思っているんです。いままでも今日より明日、明日より明後日にはもっとうまくなっていたいと思ってやってきました。今回、成長する余地がたくさんあると思うので、3ヶ月後の千秋楽まで、公演を重ねるごとに成長する、向上することを目指して、楽しみながらやっていきたいなと思います。」
大野拓朗が出演、イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場で上演中のミュージカル『Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)』舞台写真 (C)Manuel Harlan
そんな業界人も注目する劇場で、1976年から再演を重ねる名作に出演。このゼロからイチは大きい。彼のパフォーマンスが演劇の国・英国の観客の心をつかみ、確かな結果を残せれば、これから先の海外での活動にも大きな影響を与えそうだ。
「まず一歩って感じです」
最後に「日本のファンに何か伝えたいことは?」と、尋ねた。
「35歳になって初めて海外で仕事する経験をさせてもらって、ネイティブでも帰国子女でもない、まだまだ勉強中の英語でミュージカルに挑戦している中で、やっぱり30歳の時に、事務所を辞めてまでニューヨークに留学することを選んでよかったと思いました。英語の勉強を続けていなかったら、この作品と出会うこともなかったはず。やりたいことがあったらチャレンジして、いつか来るであろうチャンスを信じて、努力して、準備を怠らないということが改めて大事だと思いました。そして、チャンスが来たと思ったら、怖くても飛び込む。僕はいま、飛び込んだばかりですが、きっと、この先に何か見えてくるものがあると思っています。だから、皆さんも心の思うままに挑戦して、人生を有意義なものにしてほしいと思います」
大野拓朗が出演、イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場で上演中のミュージカル『Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)』舞台写真 (C)Manuel Harlan
・Theatre weekly
https://theatreweekly.com/review-pacific-overtures-at-menier-chocolate-factory/
「舞台の大きさを考えると、アンサンブルキャストは大勢いるが、脚光を浴びているのは香山役の大野拓朗とホアキン・ペルド・バルデスだ。 大野の穏やかで印象的な演技は、バルデスのエネルギッシュで情熱的な万次郎の演技を見事に引き立てている。彼らは素晴らしいバランスで、この2人の演技が作品全体を高めている」
・Evening standard
https://www.standard.co.uk/culture/theatre/pacific-overtures-menier-chocolate-factory-review-stephen-sondheim-b1124787.html
「Takuro Ohno 素晴らしく良い」
2023/12/15