元テレビ朝日のアナウンサーで、現在はフラワーアーティストの前田有紀さん(42)が27日、自身のインスタグラムを更新し、母の死去を報告した。
前田さんは「世界で一番大好きな母が旅立ちました」と書き出し、「2年前。病気がわかってからも、たくさんの文献や情報を調べていろんな治療の可能性を試して、生きることに前向きだった母。徐々に出来ることが奪われていく中でも、最後まで、その環境のベストを尽くす人でした」と説明。さらに「まだ元気なうちは一緒に出かけられたこと、ご飯を食べられたこと、子どもたちと遊んでもらえたこと、たくさんの話ができたこと。全部がかみ締める思い出です」と心境を吐露した。
母の治療について「最後、緩和ケア病棟に入院してからは、会社の仲間たちも理解してくれて、お世話になってる仕事先にも調整をしていただき、生きている母の手を毎日握って過ごすことができました。たくさんありがとう、と伝え続けられた最後の時間でした」と感謝を伝え、「もう母に会えない。その喪失から立ち直るには時間が必要で、私にとって大きな試練です。ただ、私が仕事や子育て、今の人生に奮闘する姿を一番応援してくれていたのが母なので、母が安心していられるように全力でベストを尽くそうと思います」と悲しみをつづった。
コメントの最後には、「去年11月に、もう遠出が難しい中、母にとっては大きな覚悟で一緒に見に行った軽井沢の雲場池の紅葉」と添えて、美しい紅葉の写真を投稿した。
前田さんはテレビ朝日に10年間勤務した後、2013年イギリスに留学。コッツウォルズ・グロセスター州の古城で見習いガーデナーとして働いた後、都内のフラワーショップで3年の修業を積んだ。「人の暮らしの中で、花と緑をもっと身近にしたい」という思いから2018年秋に自身のフラワーブランド『gui』を立ち上げ、2021年4月に神宮前に『NUR』をオープンした。
【以下、コメント全文】
世界で一番大好きな母が旅立ちました。
2年前。病気がわかってからも、たくさんの文献や情報を調べていろんな治療の可能性を試して、生きることに前向きだった母。徐々に出来ることが奪われていく中でも、最後まで、その環境のベストを尽くす人でした。
まだ元気なうちは一緒に出かけられたこと、ご飯を食べられたこと、子どもたちと遊んでもらえたこと、たくさんの話ができたこと。全部がかみ締める思い出です。
最後、緩和ケア病棟に入院してからは、会社の仲間たちも理解してくれて、お世話になってる仕事先にも調整をしていただき、生きている母の手を毎日握って過ごすことができました。たくさんありがとう、と伝え続けられた最後の時間でした。
もう母に会えない。その喪失から立ち直るには時間が必要で、私にとって大きな試練です。ただ、私が仕事や子育て、今の人生に奮闘する姿を一番応援してくれていたのが母なので、母が安心していられるように全力でベストを尽くそうと思います。
去年11月に、もう遠出が難しい中、母にとっては大きな覚悟で一緒に見に行った軽井沢の雲場池の紅葉。
前田さんは「世界で一番大好きな母が旅立ちました」と書き出し、「2年前。病気がわかってからも、たくさんの文献や情報を調べていろんな治療の可能性を試して、生きることに前向きだった母。徐々に出来ることが奪われていく中でも、最後まで、その環境のベストを尽くす人でした」と説明。さらに「まだ元気なうちは一緒に出かけられたこと、ご飯を食べられたこと、子どもたちと遊んでもらえたこと、たくさんの話ができたこと。全部がかみ締める思い出です」と心境を吐露した。
コメントの最後には、「去年11月に、もう遠出が難しい中、母にとっては大きな覚悟で一緒に見に行った軽井沢の雲場池の紅葉」と添えて、美しい紅葉の写真を投稿した。
前田さんはテレビ朝日に10年間勤務した後、2013年イギリスに留学。コッツウォルズ・グロセスター州の古城で見習いガーデナーとして働いた後、都内のフラワーショップで3年の修業を積んだ。「人の暮らしの中で、花と緑をもっと身近にしたい」という思いから2018年秋に自身のフラワーブランド『gui』を立ち上げ、2021年4月に神宮前に『NUR』をオープンした。
【以下、コメント全文】
世界で一番大好きな母が旅立ちました。
2年前。病気がわかってからも、たくさんの文献や情報を調べていろんな治療の可能性を試して、生きることに前向きだった母。徐々に出来ることが奪われていく中でも、最後まで、その環境のベストを尽くす人でした。
まだ元気なうちは一緒に出かけられたこと、ご飯を食べられたこと、子どもたちと遊んでもらえたこと、たくさんの話ができたこと。全部がかみ締める思い出です。
最後、緩和ケア病棟に入院してからは、会社の仲間たちも理解してくれて、お世話になってる仕事先にも調整をしていただき、生きている母の手を毎日握って過ごすことができました。たくさんありがとう、と伝え続けられた最後の時間でした。
もう母に会えない。その喪失から立ち直るには時間が必要で、私にとって大きな試練です。ただ、私が仕事や子育て、今の人生に奮闘する姿を一番応援してくれていたのが母なので、母が安心していられるように全力でベストを尽くそうと思います。
去年11月に、もう遠出が難しい中、母にとっては大きな覚悟で一緒に見に行った軽井沢の雲場池の紅葉。
2023/11/27