歌舞伎俳優の五代目 中村歌六(72/本名:小川進一)が21日、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。これを受け、このほど都内で記者会見が行われ、今の心境などを語った。
歌六は、1950年10月14日、東京都生まれ。二代目中村歌昇(四代目中村歌六追贈)の長男。1955年9月に歌舞伎座『夏祭浪花鑑』の伜市松などで四代目中村米吉を名乗り初舞台を踏んだ。1981年6月歌舞伎座『一條大蔵譚』の一條大蔵長成卿で五代目中村歌六を襲名した。
時代物から世話物、新作まで老若男女を問わず巧みに演じ、作品に奥行きを加え、明瞭なせりふ回し、コクのある演技で舞台を引き締める。播磨屋の一門として播磨屋の芸の継承に力を注いでいる。2015年に芸術選奨文部科学大臣賞、同年に日本芸術院賞、2018年に紫綬褒章などを受賞している。
人間国宝に認定された心境を問われると「およそ私などが認定していただけるとは…。(文化庁から)『重要無形文化財をお受けいただけますか?』とお電話をちょうだいした時に何のことかわからなかった。『それってもしかして、俗に言う人間国宝ということですか?』と聞いてみたら『そうです』と。びっくりしました」と笑いも交えて明かした。
また、詳細な状況も説明。「実は、ソース焼きそばを焼いていたんです。その時に電話がありまして、家内が出ました。『代わって』と言われたんですが『もやし入れた瞬間だからダメ』と(笑)。もやしが柔らかくなるのが嫌だったので。『待ってもらって』って言ったら『待てないから代わって』と言われて」と笑わせる。「私風情のものが、このようなものに認定していただける。偉大なる先輩方が認定された。私が汚しちゃいけない。責任を痛感している」と前を向く。
仲がいいことで知られる家族も大喜び。「家内は元より、せがれ2人がびっくりするほど号泣してくれましてね。『こいつら、こんなに泣くのか』と思うぐらい(笑)」と笑顔を見せながら「家族の力があと押してしてくれた。感謝しました」としみじみ語った。
慕う中村吉右衛門さんは、2021年に77歳で鬼籍に入った。「本来21日までちょうだいしていない。21日にお墓に伺おうと思います」としながらも「内定の話は、未亡人である姉さんには『お兄さんにご報告してください』と電話で」と明かす。吉右衛門さんからは、どんな言葉を掛けられると思うか問われると「吉右衛門兄さんは、自分のことのように喜んでくださる。前にほかの賞を受賞した時も『よかったな』と言って。我がことのように喜んでくださる。その声が今回は聞こえないかと思うと、ちょっとさみしいですね」と口にしていた。
今も新しく役に挑戦。これからも、その気持ちは変わらない。「やりたいものは山ほどある」と笑顔。吉右衛門さんの愛した「一生修行、毎日初日」という言葉を何度も繰り返し「その言葉を大事に真摯に舞台に務めたい」と決意を新たに。年を重ねての心境の変化については「僕、まだ年を取ったと思ってないんです(笑)。まだ発展途上の途中。これから何年かしたら、いろんなことが回顧できるかも。まだまだ修行の身でございます。気持ちだけは若く頑張ります」とにこやかに話していた。
最後に、ここまで続けてこられた原動力も。「好きなんでしょうね」と笑顔で一言。「おぎゃーと生まれて、舞台に最初に出たのが3歳になるか、ならないか。記憶はないです。記録は残っていますけど。今みたいに初お目見え大げさなことじゃなくて、出たい日だけ出る、みたいな。それから4歳ちょっとで米吉という名前で初舞台をさせていただいた。かれこれ70年近いですかね」と述懐。そして「ほかに何もできないんですもん。役者以外。それで嫌いじゃなくて、好きだときたら、ほかにやることないでしょ?気がついたら70年経っていたということ」とあっけらかん。
自然体な歌六らしさあふれる笑顔の絶えない晴れの会見となっていた。
歌六は、1950年10月14日、東京都生まれ。二代目中村歌昇(四代目中村歌六追贈)の長男。1955年9月に歌舞伎座『夏祭浪花鑑』の伜市松などで四代目中村米吉を名乗り初舞台を踏んだ。1981年6月歌舞伎座『一條大蔵譚』の一條大蔵長成卿で五代目中村歌六を襲名した。
人間国宝に認定された心境を問われると「およそ私などが認定していただけるとは…。(文化庁から)『重要無形文化財をお受けいただけますか?』とお電話をちょうだいした時に何のことかわからなかった。『それってもしかして、俗に言う人間国宝ということですか?』と聞いてみたら『そうです』と。びっくりしました」と笑いも交えて明かした。
また、詳細な状況も説明。「実は、ソース焼きそばを焼いていたんです。その時に電話がありまして、家内が出ました。『代わって』と言われたんですが『もやし入れた瞬間だからダメ』と(笑)。もやしが柔らかくなるのが嫌だったので。『待ってもらって』って言ったら『待てないから代わって』と言われて」と笑わせる。「私風情のものが、このようなものに認定していただける。偉大なる先輩方が認定された。私が汚しちゃいけない。責任を痛感している」と前を向く。
仲がいいことで知られる家族も大喜び。「家内は元より、せがれ2人がびっくりするほど号泣してくれましてね。『こいつら、こんなに泣くのか』と思うぐらい(笑)」と笑顔を見せながら「家族の力があと押してしてくれた。感謝しました」としみじみ語った。
慕う中村吉右衛門さんは、2021年に77歳で鬼籍に入った。「本来21日までちょうだいしていない。21日にお墓に伺おうと思います」としながらも「内定の話は、未亡人である姉さんには『お兄さんにご報告してください』と電話で」と明かす。吉右衛門さんからは、どんな言葉を掛けられると思うか問われると「吉右衛門兄さんは、自分のことのように喜んでくださる。前にほかの賞を受賞した時も『よかったな』と言って。我がことのように喜んでくださる。その声が今回は聞こえないかと思うと、ちょっとさみしいですね」と口にしていた。
今も新しく役に挑戦。これからも、その気持ちは変わらない。「やりたいものは山ほどある」と笑顔。吉右衛門さんの愛した「一生修行、毎日初日」という言葉を何度も繰り返し「その言葉を大事に真摯に舞台に務めたい」と決意を新たに。年を重ねての心境の変化については「僕、まだ年を取ったと思ってないんです(笑)。まだ発展途上の途中。これから何年かしたら、いろんなことが回顧できるかも。まだまだ修行の身でございます。気持ちだけは若く頑張ります」とにこやかに話していた。
最後に、ここまで続けてこられた原動力も。「好きなんでしょうね」と笑顔で一言。「おぎゃーと生まれて、舞台に最初に出たのが3歳になるか、ならないか。記憶はないです。記録は残っていますけど。今みたいに初お目見え大げさなことじゃなくて、出たい日だけ出る、みたいな。それから4歳ちょっとで米吉という名前で初舞台をさせていただいた。かれこれ70年近いですかね」と述懐。そして「ほかに何もできないんですもん。役者以外。それで嫌いじゃなくて、好きだときたら、ほかにやることないでしょ?気がついたら70年経っていたということ」とあっけらかん。
自然体な歌六らしさあふれる笑顔の絶えない晴れの会見となっていた。
2023/07/21