2002年、ジャニーズJr.内ユニットYa-Ya-yahにてCDデビューを果たした赤間直哉(32)。その後、ダンサーとして、俳優として活躍。声優の木村昴が旗揚げした天才劇団バカバッカの劇団員を経て、今月17日に『プロフェッショナルレスリングJUST TAP OUT』の試合でプロレスラーとしてデビューする。一見、さまざまなことにチャレンジしているようだが、赤間の信念は一貫しており、「自分の夢がどんどん叶っている」と話す。
■志半ばでアイドル活動を断念…芸能界に未練があった
――アイドル、ダンサー、俳優、パフォーマー、プロレスラー…経歴をみるだけで興味深いです。
赤間:僕は1991年、東京都足立区に生まれまして、やんちゃな幼少期を送っていました(笑)。10歳から芸能界にいたんですが、小さい頃から目立ちたがり屋でしたね。
――ジャニーズJr.内ユニットYa-Ya-yahの一員として、CDデビューもされていますよね。それなのに、なぜ? という気持ちも大きいのですが。
赤間:11歳の時にCDデビューさせていただいて、事務所を退所したのは13歳の時ですかね。特にトラブルとかがあったわけではないので、続けたかったんですけどね。続けられなかったという状態ですね。
――それ以上は聞いてはいけなさそうですか?
赤間:いやいや、まったく! 聞かれて困ることはないですよ。今考えれば、僕の実力不足だったのでしょうけど。当時の僕は相当生意気でしたからね…パタリと仕事が途絶えました(笑)。でもこの時は子どもながらに、志半ばで退所した感じでしたね。正直、未練はありました。
――打ち込んでいたものが、なくなったわけですもんね。
赤間:高校生の時にストリートダンスに出会いました。普通の学生生活を送っていたんですが、ダンスを披露したらいつしか学園祭のスターになっていて、「やっぱりステージに立つのって楽しいな」と実感しました。
――その後俳優として舞台に立ったり、ダンスの振付をしたり…。今はテーマパークでパフォーマンスもしているんですよね。
赤間:毎日夢のようですよ(笑)。小さい頃からディズニーランドが好きで、ヒーローショーが好きで、日光江戸村が好きで、プロレスが好きで、アイドルが好きで…。人が体を動かしてつくるエンターテインメントが大好きでした。だから芸能界に憧れたのも必然だったのかもしれないです。一度離れた時期もありますが、その間もダンスやアクロバットをやったりしていたので、やっててよかったな〜と。
■一度諦めた夢を助けてくれたのがプロレスの存在
――これまでの人生の中で、一番大変だった時期はいつでしょうか?
赤間:ジャニーズ事務所を退所した直後かもしれないですね。パタッとテレビに出なくなったので、友だちや先輩、ご近所さん、親せきなどが、「テレビに出なくなっちゃったけど、どうしたの?」と声をかけてくれるんですよ。心から心配しての言葉だったと思うんですけど、当時は結構きつかったですね。なんて答えていいかもわからなかったし。仲間たちがどんどんテレビに出ているのもしんどくて、まともにテレビを観れなかった時期もありました。今はもう、普通にテレビを通して応援して楽しんでいますけどね!
――そんな時に助けになったものはあったのでしょうか?
赤間:まさにそれがプロレスを観ること、プロレスのゲームをやることですね。プロレスを好きになったのはジャニーズJr.にいた当時で、いとこの兄ちゃんの家でプロレスのゲームをやってみたら、グレートムタ(武藤敬司)に夢中になりました。勝っても負けても美しくてカッコいいプロレスラーに、背中を押された気持ちでした。僕は負けてないんだと。
――今年2月には武藤選手の引退試合がありましたね。
赤間:もちろん東京ドームに観戦に行きました。もう、大泣きでしたね。これまでもプロレスによって心を揺さぶられて涙することはありましたが、武藤選手は“初めての推し”で、その引退ですからね。特別な思いがありました。その時はまだ、プロレスラーとして自分がデビューするなんて思ってなかったので、純粋にファンとして幸せな空間を味わいました。
――そうなんですか? あれからまだ5ヶ月しか経ってないですよ。
赤間:はい、その直後にきっかけがあったんです。ダンス界の先輩であるARAさんという方がいるんですが、その方と僕は一緒に観戦に行ったりする“プロレスファン仲間”でもあったんですね。趣味の一環で一緒にトレーニングもしていたんですよ。なのに、僕になんの報告もなく、昨年しれっとプロレスラーとしてデビューしまして。
――それは聞き捨てならないですね。
赤間:そうですよね? ちょっとただでは許せないなと思いまして。なので、僕もやってやろうと思って、独自のルートでケンイチ軍団(ヒールユニット)の謎のマスクマンとして試合に乱入しました。それが今年の春です。プロレストレーニングもしていたのが功を奏しました(笑)。
――ARAさんには内緒で、ですよね?
赤間:もちろんです。ARAさんはブレイクダンスのチャンピオン経験もあり、すごく動ける方なので、こっちだってすごく動けるぞ! って感じで挑んで。本当は乱入とかしちゃだめなんですけど(笑)、でも“どんな手段使っても、リングに上がってやる!”っていう思いでしたから。
――してやったり。情熱や行動力がすごいですね。
赤間:はい(笑)。で、ある試合中に誤爆の連発をしまして。呼吸が全然合わなくて。そこで突然マスクを脱いで、素顔を晒したんです。反則や乱入ばっかりなケンイチ軍団を裏切ってやりました。突然の出来事だったので、会場には不思議な沈黙がありましたが(笑)。勢いのままにマイクを持ってARAさんに「なんで勝手にデビューしてくれてるんだ!」って伝えました。
――大成功ですね。
赤間:そして、「ARAさんとともに、ケンイチ軍団を壊滅する!負けたら解散マッチだ!」と勝手に宣言しちゃったんです。団体側もビックリですよね。みなさま、絶対真似しちゃダメですよ!(笑)。そして、代表であるTAKAみちのくさんからは覚悟が出来てるなら派手にやれ…ということで、【赤間“AKM”直哉】というリングネームをもらい、後楽園ホールという大舞台に立たせていただけることになりました。デビュー戦にして聖地の後楽園で試合を組んでいただけるので、楽しみという気持ちしかないですね。怖さはないです。
■これまでの活動が線としてつながってきた
――ダンスやパフォーマーとしての基礎があるとはいえ、レスラーとしての体作りは大変だったんじゃないですか?
赤間:本当に大変です。僕はもともと食が細いので、作業のようにがんばって食べています。トレーニングの一環みたいな。試合まではまだ少し時間があるので、100キロ目指します。今は57キロですけど(笑)。
――それは無理をしないでください(笑)。話を聞いていると、本当に根っからの“エンタメ好き”ですね。
赤間:プロレスがほかの格闘技と違うところって、相手に勝つだけじゃないというか、お客さんの心を掴むことも大事な要素なんですよね。僕が武藤選手に惹かれたのも、強さだけじゃなくて、華やかさとか人間らしさに心を動かされたので。
――最初に“興味深い経歴”と言ったのですが、お話を聞いていると一貫していますね。
赤間:その時その時は一生懸命目の前のことをやっていて、点と点が線だったことに気づいたのはここ数年です。いろいろなことを経験して生きてきたけど、ちゃんと全部つながることを選んできたんだなって今になって実感します。たくさん失敗もしましたけど、その分たくさん得るものもあったし、糧になっています。こんだけ混沌とした人生なら怖いものはないですね。
――さっき「一番つらかった時期」を聞いたのですが、楽しかった時期を聞いてもいいですか?
赤間:今ですね。一生懸命生きていたら、小さい頃に好きだったものを仕事にできていて、「どんどん夢がかなっているじゃん」って。とても幸せです。
撮影/MitsuruYamazaki
<赤間直哉プロレスデビュー戦、試合概要>
主催 プロフェッショナルレスリングJUST TAP OUT
日程 2023年7月17日(月?祝)
時間 開場17:30・開始18:30
場所 後楽園ホール
https://prowrestlingjto.com/s20230717/
チケット・赤間直哉に関するお問い合わせはコチラ
akama.akm.info@gmail.com
【団体の代表:TAKAみちのくプロフィール】92年デビュー。日本のジュニアヘビー級を代表するプロレスラー。“宇宙人”と呼ばれた運動神経と、軽快なマイクパフォーマンスでメジャーからインディまでを席巻。全米トップ団体WWF(現WWE)でも活躍した日本人であり、キャリア30年を超えた現在も、国内最高峰団体である新日本プロレスにも継続参戦中。現IWGP世界ヘビー級王者のSANADAを筆頭とする【Just 5 Guys】の一員として新日本プロレスに新たな景色見せている。選手育成にも力を注ぎ沢山のスター選手を輩出。プロフェッショナルレスリングJUST TAP OUT代表。(※2023年7月大会より、団体名をJTOに変更)
■志半ばでアイドル活動を断念…芸能界に未練があった
――アイドル、ダンサー、俳優、パフォーマー、プロレスラー…経歴をみるだけで興味深いです。
赤間:僕は1991年、東京都足立区に生まれまして、やんちゃな幼少期を送っていました(笑)。10歳から芸能界にいたんですが、小さい頃から目立ちたがり屋でしたね。
――ジャニーズJr.内ユニットYa-Ya-yahの一員として、CDデビューもされていますよね。それなのに、なぜ? という気持ちも大きいのですが。
赤間:11歳の時にCDデビューさせていただいて、事務所を退所したのは13歳の時ですかね。特にトラブルとかがあったわけではないので、続けたかったんですけどね。続けられなかったという状態ですね。
――それ以上は聞いてはいけなさそうですか?
赤間:いやいや、まったく! 聞かれて困ることはないですよ。今考えれば、僕の実力不足だったのでしょうけど。当時の僕は相当生意気でしたからね…パタリと仕事が途絶えました(笑)。でもこの時は子どもながらに、志半ばで退所した感じでしたね。正直、未練はありました。
――打ち込んでいたものが、なくなったわけですもんね。
赤間:高校生の時にストリートダンスに出会いました。普通の学生生活を送っていたんですが、ダンスを披露したらいつしか学園祭のスターになっていて、「やっぱりステージに立つのって楽しいな」と実感しました。
――その後俳優として舞台に立ったり、ダンスの振付をしたり…。今はテーマパークでパフォーマンスもしているんですよね。
赤間:毎日夢のようですよ(笑)。小さい頃からディズニーランドが好きで、ヒーローショーが好きで、日光江戸村が好きで、プロレスが好きで、アイドルが好きで…。人が体を動かしてつくるエンターテインメントが大好きでした。だから芸能界に憧れたのも必然だったのかもしれないです。一度離れた時期もありますが、その間もダンスやアクロバットをやったりしていたので、やっててよかったな〜と。
■一度諦めた夢を助けてくれたのがプロレスの存在
赤間:ジャニーズ事務所を退所した直後かもしれないですね。パタッとテレビに出なくなったので、友だちや先輩、ご近所さん、親せきなどが、「テレビに出なくなっちゃったけど、どうしたの?」と声をかけてくれるんですよ。心から心配しての言葉だったと思うんですけど、当時は結構きつかったですね。なんて答えていいかもわからなかったし。仲間たちがどんどんテレビに出ているのもしんどくて、まともにテレビを観れなかった時期もありました。今はもう、普通にテレビを通して応援して楽しんでいますけどね!
――そんな時に助けになったものはあったのでしょうか?
赤間:まさにそれがプロレスを観ること、プロレスのゲームをやることですね。プロレスを好きになったのはジャニーズJr.にいた当時で、いとこの兄ちゃんの家でプロレスのゲームをやってみたら、グレートムタ(武藤敬司)に夢中になりました。勝っても負けても美しくてカッコいいプロレスラーに、背中を押された気持ちでした。僕は負けてないんだと。
――今年2月には武藤選手の引退試合がありましたね。
赤間:もちろん東京ドームに観戦に行きました。もう、大泣きでしたね。これまでもプロレスによって心を揺さぶられて涙することはありましたが、武藤選手は“初めての推し”で、その引退ですからね。特別な思いがありました。その時はまだ、プロレスラーとして自分がデビューするなんて思ってなかったので、純粋にファンとして幸せな空間を味わいました。
――そうなんですか? あれからまだ5ヶ月しか経ってないですよ。
赤間:はい、その直後にきっかけがあったんです。ダンス界の先輩であるARAさんという方がいるんですが、その方と僕は一緒に観戦に行ったりする“プロレスファン仲間”でもあったんですね。趣味の一環で一緒にトレーニングもしていたんですよ。なのに、僕になんの報告もなく、昨年しれっとプロレスラーとしてデビューしまして。
――それは聞き捨てならないですね。
赤間:そうですよね? ちょっとただでは許せないなと思いまして。なので、僕もやってやろうと思って、独自のルートでケンイチ軍団(ヒールユニット)の謎のマスクマンとして試合に乱入しました。それが今年の春です。プロレストレーニングもしていたのが功を奏しました(笑)。
――ARAさんには内緒で、ですよね?
赤間:もちろんです。ARAさんはブレイクダンスのチャンピオン経験もあり、すごく動ける方なので、こっちだってすごく動けるぞ! って感じで挑んで。本当は乱入とかしちゃだめなんですけど(笑)、でも“どんな手段使っても、リングに上がってやる!”っていう思いでしたから。
――してやったり。情熱や行動力がすごいですね。
赤間:はい(笑)。で、ある試合中に誤爆の連発をしまして。呼吸が全然合わなくて。そこで突然マスクを脱いで、素顔を晒したんです。反則や乱入ばっかりなケンイチ軍団を裏切ってやりました。突然の出来事だったので、会場には不思議な沈黙がありましたが(笑)。勢いのままにマイクを持ってARAさんに「なんで勝手にデビューしてくれてるんだ!」って伝えました。
――大成功ですね。
赤間:そして、「ARAさんとともに、ケンイチ軍団を壊滅する!負けたら解散マッチだ!」と勝手に宣言しちゃったんです。団体側もビックリですよね。みなさま、絶対真似しちゃダメですよ!(笑)。そして、代表であるTAKAみちのくさんからは覚悟が出来てるなら派手にやれ…ということで、【赤間“AKM”直哉】というリングネームをもらい、後楽園ホールという大舞台に立たせていただけることになりました。デビュー戦にして聖地の後楽園で試合を組んでいただけるので、楽しみという気持ちしかないですね。怖さはないです。
■これまでの活動が線としてつながってきた
――ダンスやパフォーマーとしての基礎があるとはいえ、レスラーとしての体作りは大変だったんじゃないですか?
赤間:本当に大変です。僕はもともと食が細いので、作業のようにがんばって食べています。トレーニングの一環みたいな。試合まではまだ少し時間があるので、100キロ目指します。今は57キロですけど(笑)。
――それは無理をしないでください(笑)。話を聞いていると、本当に根っからの“エンタメ好き”ですね。
赤間:プロレスがほかの格闘技と違うところって、相手に勝つだけじゃないというか、お客さんの心を掴むことも大事な要素なんですよね。僕が武藤選手に惹かれたのも、強さだけじゃなくて、華やかさとか人間らしさに心を動かされたので。
――最初に“興味深い経歴”と言ったのですが、お話を聞いていると一貫していますね。
赤間:その時その時は一生懸命目の前のことをやっていて、点と点が線だったことに気づいたのはここ数年です。いろいろなことを経験して生きてきたけど、ちゃんと全部つながることを選んできたんだなって今になって実感します。たくさん失敗もしましたけど、その分たくさん得るものもあったし、糧になっています。こんだけ混沌とした人生なら怖いものはないですね。
――さっき「一番つらかった時期」を聞いたのですが、楽しかった時期を聞いてもいいですか?
赤間:今ですね。一生懸命生きていたら、小さい頃に好きだったものを仕事にできていて、「どんどん夢がかなっているじゃん」って。とても幸せです。
撮影/MitsuruYamazaki
<赤間直哉プロレスデビュー戦、試合概要>
主催 プロフェッショナルレスリングJUST TAP OUT
日程 2023年7月17日(月?祝)
時間 開場17:30・開始18:30
場所 後楽園ホール
https://prowrestlingjto.com/s20230717/
チケット・赤間直哉に関するお問い合わせはコチラ
akama.akm.info@gmail.com
【団体の代表:TAKAみちのくプロフィール】92年デビュー。日本のジュニアヘビー級を代表するプロレスラー。“宇宙人”と呼ばれた運動神経と、軽快なマイクパフォーマンスでメジャーからインディまでを席巻。全米トップ団体WWF(現WWE)でも活躍した日本人であり、キャリア30年を超えた現在も、国内最高峰団体である新日本プロレスにも継続参戦中。現IWGP世界ヘビー級王者のSANADAを筆頭とする【Just 5 Guys】の一員として新日本プロレスに新たな景色見せている。選手育成にも力を注ぎ沢山のスター選手を輩出。プロフェッショナルレスリングJUST TAP OUT代表。(※2023年7月大会より、団体名をJTOに変更)
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2023/07/14