「走ってこなくて大丈夫ですよ!」。取材時間の定刻前、準備のために部屋に入っていると、外からスタッフらしき人の声が聞こえた。ほどなくして、さっそうと姿を現したのが日本テレビの藤井貴彦アナ(51)だ。「わざわざ汐留まで来てもらって、本当にありがとうございます!」と笑顔で呼びかける姿を見て、一気に心をつかまれたが“本業”である言葉を通しても、藤井アナのまっすぐで実直な生きざまが垣間見えてきた。
■『news every.』メインキャスターはアディショナルタイム10年? 局アナ続けられることへの感謝
小学生から“サッカー”に夢中で明け暮れた藤井アナは「サッカーのそばで、一生生きていきたい」との思いから、就職活動で「サッカー中継できる テレビ局「ユニフォームを作っているスポーツメーカー」「芝を管理する会社」を受けていく、通称“サッカー縦軸就職”作戦を打ち立てた。「トントン拍子に進んでいって、日本テレビに採用していただくことになるのですが、話がわかりやすかったんでしょうね。私も話しやすかったです。『サッカーのそばで生きていきたい』って、それだけだったので」。念願かなって、全国高校サッカーの実況を続けていたが、2010年3月末に転機が訪れる。今なお続く、夕方の報道番組『news every.』メインキャスター就任だ。
「はじめは『3年ぐらいをメドにやってくれ。3年経ったらスポーツの実況に戻すから』と言われたのですが、気がつけば13年が経っていました。サッカーでいうと、アディショナルタイムが10年で『いつ試合が終わるんだ』という思いもありますが(笑)、入社して『every.』が始まるまで、サッカー中継してましたので、会社にはもうこれからは恩を返していくという気持ちです」
来年で入社30年となるが、ここまで“局アナ”を続けることは簡単なことではない。「全国に系列の同期のアナウンサーがいるのですが、もう数えるぐらいしか現役でやってる人がいないですね。私の同期は、みんな偉くなっちゃって(笑)。長く局アナやるのは難しいと思います。(同期入社の)羽鳥(慎一)も局アナはないですし」。その上で、こう続けた。
「日本テレビのアナウンサーって、今60人ぐらいいるんです。そういう状況を見ていて、私の年齢でアナウンサーをやっていていいのかなっていう気持ちもあるので、続けさせてもらってるっていう感じですね、 ありがたいことです」
■中高生への講演で感じたこと コロナ禍で見えた若者たちの閉塞感&YOASOBIの楽曲に感動
「華やかな羽鳥と比べると、前半は地味な人生でした(笑)」と恐縮しながら自身の半生を振り返る藤井アナだが、『news every.』では東日本大震災、直近では新型コロナウイルス、ウクライナをめぐる報道など、伝え手として力量が試される現場に向き合ってきた。
「背中で見せるっていう言葉がありますけど、背中で見せて、そこで何を言うか、誰が言うか、いつ言うかというのは、ほんとに大切だなと。そのいくつかの要素を、私は、新型コロナウイルスで、みんなが家にいて、苦しんでいて、テレビを見ていたっていう要素がそろっていたんで、伝わりやすかったんだと感じていて。みんなが苦しかったので、伝わりやすい環境は整っていた、たまたまそこにいた私は、その役割を担わなければいけなかったんだと思います。すっごい狭いダーツの的にバーンと当たっちゃったような感じでしょうか。だから、ひとつのお役目としてやらせていただきましたが、若い人たちからリターンが返ってきて、うれしいなっていう。私の生きざまが、ちょっとなんか華やかになったような気がします」
『news every.』で発する藤井アナの言葉は、若者に届いている。当の本人は「一生懸命考えて、毎日送り出してたんですけど、そこまでの手応えはなかったんです。ありがたいことに『勇気づけられました』という声を若い人たちに言ってもらえて、自分たちの立場で語ってくれたというのがうれしかったのかなと。成人式の時に『誰かを批判するんじゃなくて、誰かの力になれるような大人になってください』とメッセージを出したのですが、それを見て『テレビを目指すようになりました』と言ってくれる人がいて、これは下手なこと言えないなと感じました(笑)」。28日放送の同局系特番『いきざま大図鑑』(後9:00)では、ハライチとMCタッグを結成し、アグネス・チャン、IKKO、しずちゃん(南海キャンディーズ)の人生の決断に密着した様子を紹介するが「出てくださっている方が、何気なく言った言葉が名言だったりするんです。やっぱり、いきざま は言葉によって作られていくんだなと感じました」と言葉に力を込める。
「先日、中学生、高校生相手に講演を行ったのですが、私が3月11日の東日本大震災の取材に行った時のことをみんなに伝えたところ、中学生にとっては、0〜2歳くらいのことなので、まず記憶がない。高校生も、まだ小学校に入っていないぐらいだったので、もう、あの時の厳しい状況が受け継がれなくなってるなと気が付きました。自分の番組は長く続いてるんだなっていうことも感じました。サラリーマン人生を逆算した方が早くなったので、今までのスキルをどういう風に貢献して還元していけるかを考えていて…、こうしたことも局アナのいきざまなんじゃないかなと思っています」。
3日放送のラジオ日本『日テレアナ・ザ・ワールド!』(毎週土曜 後10:30)に出演した際、藤井アナはYOASOBIの楽曲「アドベンチャー」を選曲し、コロナ禍を経て、少しずつ日常が戻ってきた今の若者たちへの思いを熱弁していた。その当時の思いを、改めて聞いてみると、ぐっと肩を前にせり出した。「誰のせいでもないんですけど、新型コロナウイルスで、特に子供たちは、今まで味わったことのない閉塞感を味わったと思うんです。だから、暴発しちゃって、本当は言わないようなひどいこと言ったり、SNSに投稿した内容が、非常に質が低かったり。『君たちは、本当はそんな人たちじゃないんだよ』ということも伝えたかったです。今やっとマスク外せる、外していい世の中だから、これからいい時間を過ごしてほしいなっていう思いがずっとあったんです」。まっすぐにこちらを見据えて、話を続けた。
「そこで、YOASOBIのアドベンチャーを何気なくぱっと聞いた時に、もしかしてコロナで苦しんでいた子供たちに書いたのかなって勝手に思ったんですね。でも、そう思って聞いてみたら、もう涙出るぐらいドンピシャなんですよ。なんかこういう歌を聞いて、みんな外に飛び出してってほしいなと。そうすると、テレビ見る人少なくなりますけど(笑)。僕らはいいものを作り続けてるんで、もしよかったらあのお店まで買いに来てっていう気持ちです」
■AIアナウンサーへの危機感とテレビ局員としての矜持 “仮のゴール”まであと8年「1歩1歩を大切に」
言葉で自らの人生を切り拓いてきた藤井アナだが、アナウンサーという職業にも“AI”の波が押し寄せてきている。「上手くなっています。途中からなんか下手なアナウンサーだなと思って聞いてみると、右上に『AIのアナウンサーがしゃべっています』みたいな文字が出てますよね。『あー、そうか、ここのレベルまで来たか』と。まだ情感を込めたり、必要なとこで間を取ったりすることはできてないです。だけど、いつかそこまで行っちゃうかもしれないなっていう感じはあります。そうなっていく時に(生身のアナウンサーには)多分そういう仕事はなくなっていくんじゃないですかね。視聴者も、もう視聴しなくなるんじゃないかなと」。その言葉の裏には“テレビ局員”としての矜持もある。
「取材して原稿を書くところは忙しくなっていくかもしれませんけど、それを音声化したり映像化したりするっていうのは、人間の手を離れるんじゃないかなっていう感じはします。VTRを作る時に、例えば浅草の映像を引っ張り出してこいって言うじゃないですか。それはもう、AIができる仕事ですよね。字幕をつけることもできるようになると思います。だけど、取材をする、どこに着目するかっていうのは、やっぱ人間しかできないと思う。よくテレビや新聞はオワコンで、ニュースはネットで見れば十分という意見がありますが、そのニュースを配信しているのはテレビであり、新聞の記者が取材したものだよというのは、いつかみんな気がついてくれるのではないかなと思います」
藤井アナの話を聞いていると、やはりアナウンサーという職業もまた、人間が担う仕事ではないかと感じる。というのも、自身の幼少期のエピソードとして、母との話を聞かせてくれたからだ。「母親が子供の頃から、戦争の本を読み聞かせてたんですよ。夏休みには午前中、その本の何ページかを母親が読んで、母親がひとしきり泣いて、子どもたちがぼう然とした状態で、なんで母親が泣いてんのかと。でも、その戦争の本の読み聞かせが終わるまで、外に遊びに行かせてもらえなかったんです。それはもしかすると、母親なりの戦争を語り継ぐバトン、リレーをしてたんだと思うのですが、そのリレーのバトンを私、受け取ったんですよね。だから、何か後世に伝えていくんだとしたら、こういう言葉かなって」。その上で“自身の役割”を口にした。
「今ちょっと平和が崩れそうに、世界的な平和が崩れそうになってますけど、そのバトンがどっかで途切れちゃったんじゃないかな。それは僕らの世代の前かもしれませんし、僕らかもしれないんですけど。もう1回バトンをつなぎ直さなきゃいけない。特に『いきざま大図鑑 』は、自分の終活、立つ鳥跡を濁さずではありませんけど、その、終活にけっこう時間かけてる方多いんです。バトンを渡す上でも、きれいなバトンを渡そうとしている方が多くて。私も、本当にきれいなバトンを渡さなきゃいけないなと感じました。それは、あの立つ取り跡を濁さないバトンでもあるし、日本ってこれまでずっと平和だったんだよ。その平和を君たちがこの後培ってくものだから頼むねっていう思いでもあります」
Excelで人生の表を作っているという藤井アナだが、仮のゴールを60歳に定めていることから、残り8年。「新橋でランチを楽しめるのも、社員食堂に行けるのも、あと8年なのだなと思うと、時間がないなとも感じますし、1日1日、積み重ねていく生きざまって大切だなとも思っています。逆算するようになったことで、人に感謝できるようになったなっていうのはあります。若い人は逆算より、前に進む方が長いので、まっすぐ進んでいってもらいたいなと思いますけど。私は、ある程度方向性が決まってきているので、どこをゴールにしようか、そこまでの1歩1歩を大切に歩んでいこうっていうことを日々考えてます」。同期の羽鳥アナとは「50こえているから、体に気を付けて生きていこう」とLINEを送り合っていると笑う藤井アナ。きょうも、そしてこれからも、背中だけでなく言葉でも伝え続けていく。
■『news every.』メインキャスターはアディショナルタイム10年? 局アナ続けられることへの感謝
小学生から“サッカー”に夢中で明け暮れた藤井アナは「サッカーのそばで、一生生きていきたい」との思いから、就職活動で「サッカー中継できる テレビ局「ユニフォームを作っているスポーツメーカー」「芝を管理する会社」を受けていく、通称“サッカー縦軸就職”作戦を打ち立てた。「トントン拍子に進んでいって、日本テレビに採用していただくことになるのですが、話がわかりやすかったんでしょうね。私も話しやすかったです。『サッカーのそばで生きていきたい』って、それだけだったので」。念願かなって、全国高校サッカーの実況を続けていたが、2010年3月末に転機が訪れる。今なお続く、夕方の報道番組『news every.』メインキャスター就任だ。
「はじめは『3年ぐらいをメドにやってくれ。3年経ったらスポーツの実況に戻すから』と言われたのですが、気がつけば13年が経っていました。サッカーでいうと、アディショナルタイムが10年で『いつ試合が終わるんだ』という思いもありますが(笑)、入社して『every.』が始まるまで、サッカー中継してましたので、会社にはもうこれからは恩を返していくという気持ちです」
来年で入社30年となるが、ここまで“局アナ”を続けることは簡単なことではない。「全国に系列の同期のアナウンサーがいるのですが、もう数えるぐらいしか現役でやってる人がいないですね。私の同期は、みんな偉くなっちゃって(笑)。長く局アナやるのは難しいと思います。(同期入社の)羽鳥(慎一)も局アナはないですし」。その上で、こう続けた。
「日本テレビのアナウンサーって、今60人ぐらいいるんです。そういう状況を見ていて、私の年齢でアナウンサーをやっていていいのかなっていう気持ちもあるので、続けさせてもらってるっていう感じですね、 ありがたいことです」
「華やかな羽鳥と比べると、前半は地味な人生でした(笑)」と恐縮しながら自身の半生を振り返る藤井アナだが、『news every.』では東日本大震災、直近では新型コロナウイルス、ウクライナをめぐる報道など、伝え手として力量が試される現場に向き合ってきた。
「背中で見せるっていう言葉がありますけど、背中で見せて、そこで何を言うか、誰が言うか、いつ言うかというのは、ほんとに大切だなと。そのいくつかの要素を、私は、新型コロナウイルスで、みんなが家にいて、苦しんでいて、テレビを見ていたっていう要素がそろっていたんで、伝わりやすかったんだと感じていて。みんなが苦しかったので、伝わりやすい環境は整っていた、たまたまそこにいた私は、その役割を担わなければいけなかったんだと思います。すっごい狭いダーツの的にバーンと当たっちゃったような感じでしょうか。だから、ひとつのお役目としてやらせていただきましたが、若い人たちからリターンが返ってきて、うれしいなっていう。私の生きざまが、ちょっとなんか華やかになったような気がします」
『news every.』で発する藤井アナの言葉は、若者に届いている。当の本人は「一生懸命考えて、毎日送り出してたんですけど、そこまでの手応えはなかったんです。ありがたいことに『勇気づけられました』という声を若い人たちに言ってもらえて、自分たちの立場で語ってくれたというのがうれしかったのかなと。成人式の時に『誰かを批判するんじゃなくて、誰かの力になれるような大人になってください』とメッセージを出したのですが、それを見て『テレビを目指すようになりました』と言ってくれる人がいて、これは下手なこと言えないなと感じました(笑)」。28日放送の同局系特番『いきざま大図鑑』(後9:00)では、ハライチとMCタッグを結成し、アグネス・チャン、IKKO、しずちゃん(南海キャンディーズ)の人生の決断に密着した様子を紹介するが「出てくださっている方が、何気なく言った言葉が名言だったりするんです。やっぱり、いきざま は言葉によって作られていくんだなと感じました」と言葉に力を込める。
「先日、中学生、高校生相手に講演を行ったのですが、私が3月11日の東日本大震災の取材に行った時のことをみんなに伝えたところ、中学生にとっては、0〜2歳くらいのことなので、まず記憶がない。高校生も、まだ小学校に入っていないぐらいだったので、もう、あの時の厳しい状況が受け継がれなくなってるなと気が付きました。自分の番組は長く続いてるんだなっていうことも感じました。サラリーマン人生を逆算した方が早くなったので、今までのスキルをどういう風に貢献して還元していけるかを考えていて…、こうしたことも局アナのいきざまなんじゃないかなと思っています」。
3日放送のラジオ日本『日テレアナ・ザ・ワールド!』(毎週土曜 後10:30)に出演した際、藤井アナはYOASOBIの楽曲「アドベンチャー」を選曲し、コロナ禍を経て、少しずつ日常が戻ってきた今の若者たちへの思いを熱弁していた。その当時の思いを、改めて聞いてみると、ぐっと肩を前にせり出した。「誰のせいでもないんですけど、新型コロナウイルスで、特に子供たちは、今まで味わったことのない閉塞感を味わったと思うんです。だから、暴発しちゃって、本当は言わないようなひどいこと言ったり、SNSに投稿した内容が、非常に質が低かったり。『君たちは、本当はそんな人たちじゃないんだよ』ということも伝えたかったです。今やっとマスク外せる、外していい世の中だから、これからいい時間を過ごしてほしいなっていう思いがずっとあったんです」。まっすぐにこちらを見据えて、話を続けた。
「そこで、YOASOBIのアドベンチャーを何気なくぱっと聞いた時に、もしかしてコロナで苦しんでいた子供たちに書いたのかなって勝手に思ったんですね。でも、そう思って聞いてみたら、もう涙出るぐらいドンピシャなんですよ。なんかこういう歌を聞いて、みんな外に飛び出してってほしいなと。そうすると、テレビ見る人少なくなりますけど(笑)。僕らはいいものを作り続けてるんで、もしよかったらあのお店まで買いに来てっていう気持ちです」
■AIアナウンサーへの危機感とテレビ局員としての矜持 “仮のゴール”まであと8年「1歩1歩を大切に」
言葉で自らの人生を切り拓いてきた藤井アナだが、アナウンサーという職業にも“AI”の波が押し寄せてきている。「上手くなっています。途中からなんか下手なアナウンサーだなと思って聞いてみると、右上に『AIのアナウンサーがしゃべっています』みたいな文字が出てますよね。『あー、そうか、ここのレベルまで来たか』と。まだ情感を込めたり、必要なとこで間を取ったりすることはできてないです。だけど、いつかそこまで行っちゃうかもしれないなっていう感じはあります。そうなっていく時に(生身のアナウンサーには)多分そういう仕事はなくなっていくんじゃないですかね。視聴者も、もう視聴しなくなるんじゃないかなと」。その言葉の裏には“テレビ局員”としての矜持もある。
「取材して原稿を書くところは忙しくなっていくかもしれませんけど、それを音声化したり映像化したりするっていうのは、人間の手を離れるんじゃないかなっていう感じはします。VTRを作る時に、例えば浅草の映像を引っ張り出してこいって言うじゃないですか。それはもう、AIができる仕事ですよね。字幕をつけることもできるようになると思います。だけど、取材をする、どこに着目するかっていうのは、やっぱ人間しかできないと思う。よくテレビや新聞はオワコンで、ニュースはネットで見れば十分という意見がありますが、そのニュースを配信しているのはテレビであり、新聞の記者が取材したものだよというのは、いつかみんな気がついてくれるのではないかなと思います」
藤井アナの話を聞いていると、やはりアナウンサーという職業もまた、人間が担う仕事ではないかと感じる。というのも、自身の幼少期のエピソードとして、母との話を聞かせてくれたからだ。「母親が子供の頃から、戦争の本を読み聞かせてたんですよ。夏休みには午前中、その本の何ページかを母親が読んで、母親がひとしきり泣いて、子どもたちがぼう然とした状態で、なんで母親が泣いてんのかと。でも、その戦争の本の読み聞かせが終わるまで、外に遊びに行かせてもらえなかったんです。それはもしかすると、母親なりの戦争を語り継ぐバトン、リレーをしてたんだと思うのですが、そのリレーのバトンを私、受け取ったんですよね。だから、何か後世に伝えていくんだとしたら、こういう言葉かなって」。その上で“自身の役割”を口にした。
「今ちょっと平和が崩れそうに、世界的な平和が崩れそうになってますけど、そのバトンがどっかで途切れちゃったんじゃないかな。それは僕らの世代の前かもしれませんし、僕らかもしれないんですけど。もう1回バトンをつなぎ直さなきゃいけない。特に『いきざま大図鑑 』は、自分の終活、立つ鳥跡を濁さずではありませんけど、その、終活にけっこう時間かけてる方多いんです。バトンを渡す上でも、きれいなバトンを渡そうとしている方が多くて。私も、本当にきれいなバトンを渡さなきゃいけないなと感じました。それは、あの立つ取り跡を濁さないバトンでもあるし、日本ってこれまでずっと平和だったんだよ。その平和を君たちがこの後培ってくものだから頼むねっていう思いでもあります」
Excelで人生の表を作っているという藤井アナだが、仮のゴールを60歳に定めていることから、残り8年。「新橋でランチを楽しめるのも、社員食堂に行けるのも、あと8年なのだなと思うと、時間がないなとも感じますし、1日1日、積み重ねていく生きざまって大切だなとも思っています。逆算するようになったことで、人に感謝できるようになったなっていうのはあります。若い人は逆算より、前に進む方が長いので、まっすぐ進んでいってもらいたいなと思いますけど。私は、ある程度方向性が決まってきているので、どこをゴールにしようか、そこまでの1歩1歩を大切に歩んでいこうっていうことを日々考えてます」。同期の羽鳥アナとは「50こえているから、体に気を付けて生きていこう」とLINEを送り合っていると笑う藤井アナ。きょうも、そしてこれからも、背中だけでなく言葉でも伝え続けていく。
2023/06/28