ピン芸人・オジンオズボーン篠宮による大好きな特撮に特化したコラム『オジンオズボーン篠宮暁の特撮ヤベーイ!』。第25回は、最後の祭りも大賑わいだった『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』を振り返る。
『ドンブラザーズ』が終わった。終わってしまった。暴太郎戦隊はとんでもない戦隊だった。とにかく面白かった。今までのスーパー戦隊でも面白い作品は数えきれないほどある。前作の『ゼンカイジャー』もその前の『キラメイジャー』も最高に面白い戦隊作品だった。
誤解を恐れずに言わせてもらうと『ゼンカイジャー』と『キラメイジャー』は何が面白いのかを言語化して自覚することができ、どの部分に胸を熱くしてどの部分が新しい試みだったのかを説明することができた。
しかし、『ドンブラザーズ』は、『ゼンカイジャー』や『キラメイジャー』とは違ってどうして面白いのか自分でもわからない部分が多々あり、言語化できないことがしばしばあった。なんだったら冒頭10話くらいまでは見方すら全くわからなかった。
そんなスーパー戦隊作品は初めてだった。ストーリーが難解だとかそういう次元ではない。どう楽しんだらいいかの明確な正解を見つけることができなかった。そもそもタイトルに戦隊とついているものの戦隊かどうかも疑わしかった。それほどまでに今までのスーパー戦隊とは何もかもが違っていた。だが不思議なことに視聴をやめる気には全くならず理由がわからないままただただのめり込んでいった。
『ドンブラザーズ』は無茶苦茶だった。クレイジーだった。それはいつしか『ドンブラザーズ』の代名詞になり、ひっくり返ってしまうような変な展開でもドンブラだからこれくらいは通常運転だよなと思うようになっていった。細かいことはどうだってよかった。むしろストーリー上で丁寧に拾い上げられていくよりも描かれなかったところをこちら側で勝手に補完していくことが心地よかった。そしてそんな『ドンブラザーズ』に大いに笑わせていただいた。
だからこそシリアスで悲しい最終回が思いっきり際立つ。どんな時でも快活にハッハッハと笑ってきたタロウが、俺様キャラでお供に対して特に気を遣わずけん引してきたタロウが、自分の記憶がなくなることを悟ってお供たちに向き合い、幸せだったかどうかを確認していく姿に涙を流さずにはいられなかった。
役割を終えたヒーローの記憶が消え、次の人生を歩み始めるという最終回の展開は実際にこれまでにヒーローを演じてこられた役者さんたちをメタフィクション的に表現したように思え、それはすなわち井上敏樹大先生から役者さんたちへのエールとして書かれたのではないだろうか。そして最後のシーンでシロウサギ宅配便として現れたのは記憶を無くしたタロウではなく樋口幸平さん自身だったと解釈するのは乱暴だろうか。
こんな突拍子もない解釈を許容してくれるのが『ドンブラザーズ』だったと思う。肝心な部分の説明が極端に少なく、場合によっては皆無なこともあるため、補完をこちらに委ねる仕掛けが施されており、それ故に受け取り方の方法に個人差が生じてそれぞれのドンブラ愛が育まれていったところもあると思う。
最終回を終えた『ドンブラザーズ』。だがこれで終わりではない。『ゼンカイジャー』とのVSが残されている。これによってもう少し明確にドンブラを理解することができるのか、はたまたさらなる謎を残すのか。はちゃめちゃな『ドンブラザーズ』にこれまた、はちゃめちゃな『ゼンカイジャー』が絡むVS。ゴールデンウィークが早くも待ち遠しい。
『ドンブラザーズ』が終わった。終わってしまった。暴太郎戦隊はとんでもない戦隊だった。とにかく面白かった。今までのスーパー戦隊でも面白い作品は数えきれないほどある。前作の『ゼンカイジャー』もその前の『キラメイジャー』も最高に面白い戦隊作品だった。
しかし、『ドンブラザーズ』は、『ゼンカイジャー』や『キラメイジャー』とは違ってどうして面白いのか自分でもわからない部分が多々あり、言語化できないことがしばしばあった。なんだったら冒頭10話くらいまでは見方すら全くわからなかった。
そんなスーパー戦隊作品は初めてだった。ストーリーが難解だとかそういう次元ではない。どう楽しんだらいいかの明確な正解を見つけることができなかった。そもそもタイトルに戦隊とついているものの戦隊かどうかも疑わしかった。それほどまでに今までのスーパー戦隊とは何もかもが違っていた。だが不思議なことに視聴をやめる気には全くならず理由がわからないままただただのめり込んでいった。
『ドンブラザーズ』は無茶苦茶だった。クレイジーだった。それはいつしか『ドンブラザーズ』の代名詞になり、ひっくり返ってしまうような変な展開でもドンブラだからこれくらいは通常運転だよなと思うようになっていった。細かいことはどうだってよかった。むしろストーリー上で丁寧に拾い上げられていくよりも描かれなかったところをこちら側で勝手に補完していくことが心地よかった。そしてそんな『ドンブラザーズ』に大いに笑わせていただいた。
だからこそシリアスで悲しい最終回が思いっきり際立つ。どんな時でも快活にハッハッハと笑ってきたタロウが、俺様キャラでお供に対して特に気を遣わずけん引してきたタロウが、自分の記憶がなくなることを悟ってお供たちに向き合い、幸せだったかどうかを確認していく姿に涙を流さずにはいられなかった。
役割を終えたヒーローの記憶が消え、次の人生を歩み始めるという最終回の展開は実際にこれまでにヒーローを演じてこられた役者さんたちをメタフィクション的に表現したように思え、それはすなわち井上敏樹大先生から役者さんたちへのエールとして書かれたのではないだろうか。そして最後のシーンでシロウサギ宅配便として現れたのは記憶を無くしたタロウではなく樋口幸平さん自身だったと解釈するのは乱暴だろうか。
こんな突拍子もない解釈を許容してくれるのが『ドンブラザーズ』だったと思う。肝心な部分の説明が極端に少なく、場合によっては皆無なこともあるため、補完をこちらに委ねる仕掛けが施されており、それ故に受け取り方の方法に個人差が生じてそれぞれのドンブラ愛が育まれていったところもあると思う。
最終回を終えた『ドンブラザーズ』。だがこれで終わりではない。『ゼンカイジャー』とのVSが残されている。これによってもう少し明確にドンブラを理解することができるのか、はたまたさらなる謎を残すのか。はちゃめちゃな『ドンブラザーズ』にこれまた、はちゃめちゃな『ゼンカイジャー』が絡むVS。ゴールデンウィークが早くも待ち遠しい。
2023/03/05