「RIZINを実況したい、格闘技を実況したいという気持ち、愛は止められませんでした」。そんな言葉とともに、今年9月にRIZINのためにフジテレビを退社した鈴木芳彦アナウンサー。現在はRIZINの実況をメインに記者会見や選手のイベント、さらには他団体の実況や格闘技教室の司会、そしてナレーション業など新たなジャンルに挑戦しながら、古巣の人気番組『99人の壁』の実況を継続して担当するなど、活躍の幅を広げている。
激動の1年を迎えた鈴木アナに、アナウンサーになった道のりや格闘技愛に目覚めたきっかけ、さらにフジテレビを退社するという大きな決断に至るまでの心境など、これまでの道のりを語ってもらった。
■就職活動では夢やぶれるも…“ニッポン放送買収騒動”でフジテレビアナウンサーに
――RIZINの実況をするためにフジテレビを退社したという、鈴木アナの熱い思いに多くのファンが感激しました。もともと格闘技の実況をやりたくてアナウンサーになられたのでしょうか?
【鈴木】そうですね。格闘技がなければアナウンサーという仕事を選んでいなかったかもしれません。プロレスファンだった祖父のあぐらの上で3歳くらいから一緒にプロレスを見て以来、ずっとプロレス中継は自分にとって欠かせない存在になっていて、少年時代は武藤敬司さんとハルク・ホーガンが大好きでした。アナウンサーを意識したのは、小学校5〜6年生の時に委員会活動というのがあって、じゃんけんで負けて人気がなかった放送委員会に入ることになったんです。そこで担当した運動会のアナウンスが顧問の先生や他のクラスの先生からすごく褒められて、すっかり図に乗って(笑)、「アナウンサーになりたい」と思うようになりました。ただ、夕方のニュースで「アナウンサーになるのはとても厳しいんだ」という特集を見て、自分の努力だけではどうにもならないという現実を知ってからは、大好きな織田裕二さんのドラマの影響で「医者になりたい」とか「弁護士になりたい」って思っていました(笑)。
――アナウンサーは人気の職業で、採用されるには何千倍という倍率を勝ち抜かなくてはいけないですからね。
【鈴木】高校生になったら『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象になって、テレビの力ってすごい、自分もテレビ番組を作るプロデューサーになりたいって友だちと話していたら、「お前はプロデューサータイプじゃなくて、アナウンサータイプだろ」って、みんなに言われるんですよ。いろんな人に言われるから、小学生の時に封印した「アナウンサーになりたい」という思いが蘇ってきて、試しにプロレス中継の音声を消して自分なり実況をやってみたら、最後までどんどん言葉が出てきて、その瞬間に「これを生業にしよう」と決意して、高校2年生の終わりころから明確にアナウンサーを目指そうと決めました。
当時の新日本プロレスの中継を実況していたテレビ朝日の辻よりなりアナが、慶應義塾大学の放送研究会出身ということを調べて、1年浪人して同じ慶応の放送研究会に入ったら、その年にテレビ朝日のアナウンサースクールが開校されまして。1期生として入ることができて、これはもうテレ朝に入って辻さんの後釜になるのは自分しかいないと確信していたのですが、現実はそんなに甘くなく、就職活動ではテレ朝から内定をもらうことができなくて……。いいところまで進んだのですが、唯一目指してきた夢が破れて、その時の喪失感は20年以上経ってもいまだに忘れないです。アナウンサー試験は他の業種より早くて、結果を聞いたのがちょうど今ごろのクリスマスの時期でした。
――小さい頃から憧れていた仕事への道が閉ざされたショックは、とても大きかったんですね。
【鈴木】その後も就職活動を続けて、新卒ではラジオのニッポン放送に入社することができまして、プロレスや格闘技の実況をやりたい思いを一旦は胸に秘めて、アナウンサーとしてのキャリアをスタートしました。3年ほどしましたら、ホリエモンさんのライブドアによるニッポン放送買収騒動がありまして、フジテレビとニッポン放送の“親子関係”が逆転することに合わせて、ニッポン放送から50人ほどフジテレビに転籍することになったんです。そこで当時のニッポン放送の常務に呼ばれまして「まだ格闘技の実況をしたい思いはあるか?」と聞かれて、「はい、持ってます」と答えたら、転籍することになり2006年からフジテレビのアナウンサーになりました。
■「どうしてもRIZINへの思いを止めることができず」周囲の声に背中を押されフジから独立
――あのライブドアの買収騒動が、鈴木さんの人生にも大きな影響を与えていたんですね。
【鈴木】フジサンケイグループの長い歴史でもこんな出来事はなかったですから、ものすごい奇跡が起きたと思いました。転籍してすぐ、当時のPRIDEのチーフアナウンサーの三宅正治さんから「PRIDE班に入れるから見学に来なさい」と言われて、ファンではなく仕事をする立場として初めてPRIDEを見に行ってワクワクしたのですが、その直後にフジテレビからPRIDE中継の打ち切りが発表されて……。愕然として、自分の夢が一気にひねり潰された感じでしたが、フジテレビではボクシングやK-1、柔道、大相撲トーナメントなど格闘技に関するスポーツの実況を10年ほど担当してきました。
――そして2015年の年末から、フジテレビが10年ぶりに格闘技中継を復活することが決定しました。
【鈴木】「PRIDEを担当していたアナウンサーはRIZINにはかかわらないので、お前が先頭を切ってこい」と当時のアナウンス室長に声をかけていただき、RIZINの実況アナになることができました。紆余曲折を経て、転籍とか10年ぶりの中継復活とか、いろんな奇跡の積み重ねがあって、やっと小さい頃からの夢が実現したんです。それだけに、今年の夏にRIZINの中継が中止になったことはすごくショックで、どうしてもRIZINへの思いを止めることができず、退社してフリーランスになりました。
――普通に考えると、フジテレビという大きな会社を辞めるのは「もったいない」と思ってしまいますが、家族や周囲の反対はなかったのでしょうか?
【鈴木】僕は独身で一人っ子なので家族は両親だけなのですが、親父は最初は「格闘技ばかり見るんじゃなくて、もっと広い視野を持て」と理解してくれませんでした。その後すこし経ってから僕の家に両親が来たので、改めて親父に話そうとしたら、親父が僕に背中を向けて話を聞いてくれないんですよ。聞きたくなかったんでしょうね。それでも僕が何度か親父に呼びかけると、母親が「息子が真剣に人生の話をしようとしているのだから、ちゃんと正面を向いて話を聞いてあげなさい」って怒ったんです。そしたら、しぶしぶ親父が僕の方を向いて、僕が思いを伝えたら「パワーを感じるから、大丈夫じゃないか」って言ってくれて、そこからフリーに向けて動き出しました。
――反対していたお父さんも、鈴木さんの熱い思いを聞いて背中を押してくれたんですね。
【鈴木】RIZINの榊原信行社長(※榊=木へんに神)にも相談したところ「RIZINの喋る仕事全般や、フジテレビで中継していない格闘技イベントの中継など、格闘技の専門でやっていけばいいじゃない」とサポートを約束してくださって。また、私と同じく元フジテレビで今はRIZIN総合演出の佐藤大輔さんも「フジテレビに残っても友人関係は変わらないけど、会社をやめるのであれば全力で応援する」と言ってくださり、ほかにも歓迎や応援してくださる方がたくさんいらっしゃって、決意しました。ただ一人、RIZINの笹原さんだけが「みんな背中を押してると思うので、僕だけは止めておきます。失うものを考えてください」と反対されたのですが、「失うものを考えても独立されるのであれば、僕たちは全面的にサポートします」とおっしゃってくださいました。
――フリーになったことで、変わったことはありますか?
【鈴木】フジテレビという看板がないので、仕事への気持ちを引き締めなきゃいけないと思っています。ただ、フリーになるって一人で全部をやることになると覚悟していたのですが、RIZINの皆さんをはじめたくさんの方々に支えていただいて、人はいつでも一人じゃないんだってすごく感じています。
――まるで転職サイトのインタビューみたいになってしまいましたが(笑)、大みそかのRIZINの見どころについては次回のインタビューでお伺いさせていただきます!
<後編ではRIZINとBellatorの全面対抗戦に期待すること、対抗戦のカギを握る選手、来年以降のRIZINの展望などを語った>
◆『湘南美容クリニック presents RIZIN.40』対戦カード
【RIZIN VS Bellator全面対抗戦】
ホベルト・サトシ・ソウザ VS AJ・マッキー
クレベル・コイケ VS パトリシオ・ピットブル
扇久保博正 VS 堀口恭司
キム・スーチョル VS フアン・アーチュレッタ
武田光司 VS ガジ・ラバダノブ
【女子スーパーアトム級トーナメント決勝】
伊澤星花 VS パク・シウ
【ワンマッチ】
井上直樹 VS 瀧澤謙太
スダリオ剛 VS ジュニア・タファ
所英男 VS ジョン・ドッドソン
平本蓮 VS X
元谷友貴 VS ホジェリオ・ボントリン
ジョニー・ケース VS 大尊伸光
中原由貴 VS 鈴木千裕
“ブラックパンサー”ベイノア VS 宇佐美正パトリック
YUSHI VS 中澤達也
<大会はABEMA PPVで全試合を完全生中継>
激動の1年を迎えた鈴木アナに、アナウンサーになった道のりや格闘技愛に目覚めたきっかけ、さらにフジテレビを退社するという大きな決断に至るまでの心境など、これまでの道のりを語ってもらった。
■就職活動では夢やぶれるも…“ニッポン放送買収騒動”でフジテレビアナウンサーに
――RIZINの実況をするためにフジテレビを退社したという、鈴木アナの熱い思いに多くのファンが感激しました。もともと格闘技の実況をやりたくてアナウンサーになられたのでしょうか?
【鈴木】そうですね。格闘技がなければアナウンサーという仕事を選んでいなかったかもしれません。プロレスファンだった祖父のあぐらの上で3歳くらいから一緒にプロレスを見て以来、ずっとプロレス中継は自分にとって欠かせない存在になっていて、少年時代は武藤敬司さんとハルク・ホーガンが大好きでした。アナウンサーを意識したのは、小学校5〜6年生の時に委員会活動というのがあって、じゃんけんで負けて人気がなかった放送委員会に入ることになったんです。そこで担当した運動会のアナウンスが顧問の先生や他のクラスの先生からすごく褒められて、すっかり図に乗って(笑)、「アナウンサーになりたい」と思うようになりました。ただ、夕方のニュースで「アナウンサーになるのはとても厳しいんだ」という特集を見て、自分の努力だけではどうにもならないという現実を知ってからは、大好きな織田裕二さんのドラマの影響で「医者になりたい」とか「弁護士になりたい」って思っていました(笑)。
――アナウンサーは人気の職業で、採用されるには何千倍という倍率を勝ち抜かなくてはいけないですからね。
【鈴木】高校生になったら『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象になって、テレビの力ってすごい、自分もテレビ番組を作るプロデューサーになりたいって友だちと話していたら、「お前はプロデューサータイプじゃなくて、アナウンサータイプだろ」って、みんなに言われるんですよ。いろんな人に言われるから、小学生の時に封印した「アナウンサーになりたい」という思いが蘇ってきて、試しにプロレス中継の音声を消して自分なり実況をやってみたら、最後までどんどん言葉が出てきて、その瞬間に「これを生業にしよう」と決意して、高校2年生の終わりころから明確にアナウンサーを目指そうと決めました。
当時の新日本プロレスの中継を実況していたテレビ朝日の辻よりなりアナが、慶應義塾大学の放送研究会出身ということを調べて、1年浪人して同じ慶応の放送研究会に入ったら、その年にテレビ朝日のアナウンサースクールが開校されまして。1期生として入ることができて、これはもうテレ朝に入って辻さんの後釜になるのは自分しかいないと確信していたのですが、現実はそんなに甘くなく、就職活動ではテレ朝から内定をもらうことができなくて……。いいところまで進んだのですが、唯一目指してきた夢が破れて、その時の喪失感は20年以上経ってもいまだに忘れないです。アナウンサー試験は他の業種より早くて、結果を聞いたのがちょうど今ごろのクリスマスの時期でした。
――小さい頃から憧れていた仕事への道が閉ざされたショックは、とても大きかったんですね。
【鈴木】その後も就職活動を続けて、新卒ではラジオのニッポン放送に入社することができまして、プロレスや格闘技の実況をやりたい思いを一旦は胸に秘めて、アナウンサーとしてのキャリアをスタートしました。3年ほどしましたら、ホリエモンさんのライブドアによるニッポン放送買収騒動がありまして、フジテレビとニッポン放送の“親子関係”が逆転することに合わせて、ニッポン放送から50人ほどフジテレビに転籍することになったんです。そこで当時のニッポン放送の常務に呼ばれまして「まだ格闘技の実況をしたい思いはあるか?」と聞かれて、「はい、持ってます」と答えたら、転籍することになり2006年からフジテレビのアナウンサーになりました。
――あのライブドアの買収騒動が、鈴木さんの人生にも大きな影響を与えていたんですね。
【鈴木】フジサンケイグループの長い歴史でもこんな出来事はなかったですから、ものすごい奇跡が起きたと思いました。転籍してすぐ、当時のPRIDEのチーフアナウンサーの三宅正治さんから「PRIDE班に入れるから見学に来なさい」と言われて、ファンではなく仕事をする立場として初めてPRIDEを見に行ってワクワクしたのですが、その直後にフジテレビからPRIDE中継の打ち切りが発表されて……。愕然として、自分の夢が一気にひねり潰された感じでしたが、フジテレビではボクシングやK-1、柔道、大相撲トーナメントなど格闘技に関するスポーツの実況を10年ほど担当してきました。
――そして2015年の年末から、フジテレビが10年ぶりに格闘技中継を復活することが決定しました。
【鈴木】「PRIDEを担当していたアナウンサーはRIZINにはかかわらないので、お前が先頭を切ってこい」と当時のアナウンス室長に声をかけていただき、RIZINの実況アナになることができました。紆余曲折を経て、転籍とか10年ぶりの中継復活とか、いろんな奇跡の積み重ねがあって、やっと小さい頃からの夢が実現したんです。それだけに、今年の夏にRIZINの中継が中止になったことはすごくショックで、どうしてもRIZINへの思いを止めることができず、退社してフリーランスになりました。
――普通に考えると、フジテレビという大きな会社を辞めるのは「もったいない」と思ってしまいますが、家族や周囲の反対はなかったのでしょうか?
【鈴木】僕は独身で一人っ子なので家族は両親だけなのですが、親父は最初は「格闘技ばかり見るんじゃなくて、もっと広い視野を持て」と理解してくれませんでした。その後すこし経ってから僕の家に両親が来たので、改めて親父に話そうとしたら、親父が僕に背中を向けて話を聞いてくれないんですよ。聞きたくなかったんでしょうね。それでも僕が何度か親父に呼びかけると、母親が「息子が真剣に人生の話をしようとしているのだから、ちゃんと正面を向いて話を聞いてあげなさい」って怒ったんです。そしたら、しぶしぶ親父が僕の方を向いて、僕が思いを伝えたら「パワーを感じるから、大丈夫じゃないか」って言ってくれて、そこからフリーに向けて動き出しました。
――反対していたお父さんも、鈴木さんの熱い思いを聞いて背中を押してくれたんですね。
【鈴木】RIZINの榊原信行社長(※榊=木へんに神)にも相談したところ「RIZINの喋る仕事全般や、フジテレビで中継していない格闘技イベントの中継など、格闘技の専門でやっていけばいいじゃない」とサポートを約束してくださって。また、私と同じく元フジテレビで今はRIZIN総合演出の佐藤大輔さんも「フジテレビに残っても友人関係は変わらないけど、会社をやめるのであれば全力で応援する」と言ってくださり、ほかにも歓迎や応援してくださる方がたくさんいらっしゃって、決意しました。ただ一人、RIZINの笹原さんだけが「みんな背中を押してると思うので、僕だけは止めておきます。失うものを考えてください」と反対されたのですが、「失うものを考えても独立されるのであれば、僕たちは全面的にサポートします」とおっしゃってくださいました。
――フリーになったことで、変わったことはありますか?
【鈴木】フジテレビという看板がないので、仕事への気持ちを引き締めなきゃいけないと思っています。ただ、フリーになるって一人で全部をやることになると覚悟していたのですが、RIZINの皆さんをはじめたくさんの方々に支えていただいて、人はいつでも一人じゃないんだってすごく感じています。
――まるで転職サイトのインタビューみたいになってしまいましたが(笑)、大みそかのRIZINの見どころについては次回のインタビューでお伺いさせていただきます!
<後編ではRIZINとBellatorの全面対抗戦に期待すること、対抗戦のカギを握る選手、来年以降のRIZINの展望などを語った>
◆『湘南美容クリニック presents RIZIN.40』対戦カード
【RIZIN VS Bellator全面対抗戦】
ホベルト・サトシ・ソウザ VS AJ・マッキー
クレベル・コイケ VS パトリシオ・ピットブル
扇久保博正 VS 堀口恭司
キム・スーチョル VS フアン・アーチュレッタ
武田光司 VS ガジ・ラバダノブ
【女子スーパーアトム級トーナメント決勝】
伊澤星花 VS パク・シウ
【ワンマッチ】
井上直樹 VS 瀧澤謙太
スダリオ剛 VS ジュニア・タファ
所英男 VS ジョン・ドッドソン
平本蓮 VS X
元谷友貴 VS ホジェリオ・ボントリン
ジョニー・ケース VS 大尊伸光
中原由貴 VS 鈴木千裕
“ブラックパンサー”ベイノア VS 宇佐美正パトリック
YUSHI VS 中澤達也
<大会はABEMA PPVで全試合を完全生中継>
2022/12/27