Creepy NutsのDJ松永が12日、東京・有楽町のニッポン放送イマジンスタジオで新潟のつかいかたキャンペーン『DJ松永×駒形宏伸(DJ CO-MA)のトークライブ』を行った。
新潟県では、新型コロナウイルス感染症の影響により、UIターンをして地方で働こうとする若い世代が増加している状況を踏まえ、新潟が「選ばれる地」になるよう県内外の若者に新潟の観光、食、産業、暮らしなどのさまざまな魅力を伝える、同キャンペーンを行っている。
その一環として、今回のトークライブは開催。この模様はYouTubeでも生配信されており、視聴者、さらに会場に集まった抽選で当選した50人のファンに向かって、松永はまず「こんにちは!」とあいさつを終えると、おもむろに自身のスマホを取り出す。スマホケースには、松永の出身地、新潟県長岡市の地図がプリントされており、松永は「もともと地元愛が強いタイプで、このケースを作った数日後にアンバサダーの話をいただいた時はテンションがぶち上がりました」と、オープニングから新潟愛をアピールした。
開始早々に新潟愛があふれる空気が流れる中、さっそく駒形をステージに呼び込む。松永のDJの師匠である駒形をステージに呼びこむと、仕事で会うことがほとんどないという2人だけに、互いに「緊張する」と話しステージ上でどことなくぎこちない素振りを見せつつも、新潟の話になると、2人のトークは一気に滑らかに。
新潟の良さを感じた瞬間の話題では、石川県の大学に進んだ駒形は「やはり地元に帰るとホッとした」と地元に安心感を覚えたと告白。松永も「これまで何も考えずにお米を食べてきたけど、改めて意識して駒形さんのお米を食べて見ると、めっちゃうまいっすね!」と駒形が新潟で作った米を大絶賛した。それもそのはずで、駒形は新潟県南魚沼市で1700年代から10代続く米農家を引き継ぎ、第17回「お米日本一コンテストinしずおか」で最高金賞に輝いた、“日本一の米”の生産者なのだ。
これを知った松永は「DJ以外にも賞獲ってるんすか」と驚きをあらわすとともに、南魚沼市には同レベルの米農家がたくさんあることにも触れ、新潟の米の美味しさをアピールした。その後、2人のトークは出会い、DJとしての歴史に。2人の出会いは駒形氏がDJ世界一になった後に開催したDJスクールに、当時16歳の松永が参加したことがきっかけで、初めて会った日は豪雪地帯のなかでも猛吹雪で、駒形は「すごい豪雪の日だったから、“誰も来ないだろうな〜”と思っていたけど雪の中、ザッザッって短パンサンダルで歩いてくる松永を見てびっくりした」と振り返った。
スクールでは、やはり松永はほかの生徒とは一味違ったらしく「教えたらすぐ覚えたし、教えてもいないパターンを組み込んできて驚いた」「一緒に来ていた子とはあきらかに違うスピードで成長していた」と明かした。その後、駒形の教えもあり、さまざまな大会で松永は賞を獲得。ついに「東京に行って、DJで食っていく」と決意して駒形に報告した際は、駒形はウルウルしていたという思い出を語った。と同時に駒形は、この松永の決意を聞き、駒形自身は「農家を頑張ろう。自分は米を極める」と決めたと打ち明けた。
その後はメールやツイッターなどで寄せられた質問について2人が答えていき、予定していた時間を15分オーバー。ノンストップで新潟の魅力を語るイベントは、ここでエンディングに。改めて、松永は「まさか師弟でトークをできるとは思わなかった。ありがとうございます」と駒形に感謝。そして観客に「新潟の魅力は伝わりましたか?」と聞いて頷くのを見たり、ツイッターに寄せられた「駒形さんのスイカ食べたい」などの感想を読んで、ご満悦の表情。「またどっかでこういうのやりたい!」と締めくくった。
2人のトークライブの模様は新潟県の公式YouTubeチャンネルでも視聴可能になっている。
新潟県では、新型コロナウイルス感染症の影響により、UIターンをして地方で働こうとする若い世代が増加している状況を踏まえ、新潟が「選ばれる地」になるよう県内外の若者に新潟の観光、食、産業、暮らしなどのさまざまな魅力を伝える、同キャンペーンを行っている。
開始早々に新潟愛があふれる空気が流れる中、さっそく駒形をステージに呼び込む。松永のDJの師匠である駒形をステージに呼びこむと、仕事で会うことがほとんどないという2人だけに、互いに「緊張する」と話しステージ上でどことなくぎこちない素振りを見せつつも、新潟の話になると、2人のトークは一気に滑らかに。
新潟の良さを感じた瞬間の話題では、石川県の大学に進んだ駒形は「やはり地元に帰るとホッとした」と地元に安心感を覚えたと告白。松永も「これまで何も考えずにお米を食べてきたけど、改めて意識して駒形さんのお米を食べて見ると、めっちゃうまいっすね!」と駒形が新潟で作った米を大絶賛した。それもそのはずで、駒形は新潟県南魚沼市で1700年代から10代続く米農家を引き継ぎ、第17回「お米日本一コンテストinしずおか」で最高金賞に輝いた、“日本一の米”の生産者なのだ。
これを知った松永は「DJ以外にも賞獲ってるんすか」と驚きをあらわすとともに、南魚沼市には同レベルの米農家がたくさんあることにも触れ、新潟の米の美味しさをアピールした。その後、2人のトークは出会い、DJとしての歴史に。2人の出会いは駒形氏がDJ世界一になった後に開催したDJスクールに、当時16歳の松永が参加したことがきっかけで、初めて会った日は豪雪地帯のなかでも猛吹雪で、駒形は「すごい豪雪の日だったから、“誰も来ないだろうな〜”と思っていたけど雪の中、ザッザッって短パンサンダルで歩いてくる松永を見てびっくりした」と振り返った。
スクールでは、やはり松永はほかの生徒とは一味違ったらしく「教えたらすぐ覚えたし、教えてもいないパターンを組み込んできて驚いた」「一緒に来ていた子とはあきらかに違うスピードで成長していた」と明かした。その後、駒形の教えもあり、さまざまな大会で松永は賞を獲得。ついに「東京に行って、DJで食っていく」と決意して駒形に報告した際は、駒形はウルウルしていたという思い出を語った。と同時に駒形は、この松永の決意を聞き、駒形自身は「農家を頑張ろう。自分は米を極める」と決めたと打ち明けた。
その後はメールやツイッターなどで寄せられた質問について2人が答えていき、予定していた時間を15分オーバー。ノンストップで新潟の魅力を語るイベントは、ここでエンディングに。改めて、松永は「まさか師弟でトークをできるとは思わなかった。ありがとうございます」と駒形に感謝。そして観客に「新潟の魅力は伝わりましたか?」と聞いて頷くのを見たり、ツイッターに寄せられた「駒形さんのスイカ食べたい」などの感想を読んで、ご満悦の表情。「またどっかでこういうのやりたい!」と締めくくった。
2人のトークライブの模様は新潟県の公式YouTubeチャンネルでも視聴可能になっている。
2022/03/12