吉本興業顧問・竹本浩三さんが18日、大阪府内の自宅で死去した。89歳だった。25日、吉本興業が発表した。葬儀・告別式は近親者のみで執り行われ、喪主は長男・周平氏が務めた。
竹本さんは和歌山市出身。東宝などを経て、1959年から吉本興業に加わり、文芸部に所属。同年から「うめだ花月劇場」でスタートした「吉本ヴァラエティ」(後の吉本新喜劇)の作・演出を手掛け、吉本新喜劇の礎を築いた。
また、60年代・70年代の名作バラエティー番組『爆笑寄席』(関西テレビ)、『パンチDEデート』(同局)、『土曜の朝に』(朝日放送)をはじめ、5000本以上のテレビ・ラジオ番組の作・演出・構成を手がけ、高視聴率を記録。
一方、80年代から2000年代にかけて、たびたびOSKの脚本・演出にも参加し、2006年には文楽『夫婦善哉』の演出も手掛けたほか、民謡などにも造詣が深く、大阪市の『上方芸能文化顕彰』選考委員、帝京平成大学現代ライフ学部教授、帝塚山学院大学文学部講師などを歴任し、上方芸能だけにとどまらず、文学作品の真髄や古典の魅力を広めた。
NSC(吉本総合芸能学院)の講師を1982年(1期生)から89年(8期生)まで務めて後進の育成にも尽力したほか、吉本興業の生き字引的存在として、著書『笑売人林正之助伝』『よしもと笑いのDNA』や、社史『吉本八十年の歩み』『吉本興業百五年史』を執筆・監修し、02年より同社顧問に就任した。
同社は「皆様には、故人生前に賜りましたご厚誼に深く感謝しますとともに、謹んでお知らせ申し上げます」と伝え、「死因及び自宅住所は非公表とさせていただきます」とした。
竹本さんは和歌山市出身。東宝などを経て、1959年から吉本興業に加わり、文芸部に所属。同年から「うめだ花月劇場」でスタートした「吉本ヴァラエティ」(後の吉本新喜劇)の作・演出を手掛け、吉本新喜劇の礎を築いた。
一方、80年代から2000年代にかけて、たびたびOSKの脚本・演出にも参加し、2006年には文楽『夫婦善哉』の演出も手掛けたほか、民謡などにも造詣が深く、大阪市の『上方芸能文化顕彰』選考委員、帝京平成大学現代ライフ学部教授、帝塚山学院大学文学部講師などを歴任し、上方芸能だけにとどまらず、文学作品の真髄や古典の魅力を広めた。
NSC(吉本総合芸能学院)の講師を1982年(1期生)から89年(8期生)まで務めて後進の育成にも尽力したほか、吉本興業の生き字引的存在として、著書『笑売人林正之助伝』『よしもと笑いのDNA』や、社史『吉本八十年の歩み』『吉本興業百五年史』を執筆・監修し、02年より同社顧問に就任した。
同社は「皆様には、故人生前に賜りましたご厚誼に深く感謝しますとともに、謹んでお知らせ申し上げます」と伝え、「死因及び自宅住所は非公表とさせていただきます」とした。
2022/02/25