ABCテレビ・テレビ朝日系単発バラエティー『ピンチをチャンスに変えた! THEグレートジャッジ〜今を乗り越えるヒントとは?〜』が16日(後7:00〜8:54)に放送される。
この番組は、「感染症拡大」「最大級の大不況」などピンチをチャンスに変えて乗り越えてきた偉人=グレートさんたちの“グレートなジャッジ”を、イラストや当時の映像など使ってわかりやすくプレゼン。コロナ禍を乗り越えるためのヒントを探っていく。MCを務める、井ノ原快彦と千原ジュニアのインタビューが届いた。
――収録を終えての感想を聞かせてください。
【井ノ原】プレゼンの内容をマンガで説明することが、わかりやすくてよかったと思います。子どもたちはもちろん、どの世代の人にも響いてほしい内容だからこそマンガなんだろうなと。それをプレゼンターの方々が楽しさあり、真面目さもありで伝えてくださって。
【ジュニア】本来ならば再現ドラマで説明するものを、いまはそうも行かないからマンガにしたという面もあると思うんですが、そのおかげでより頭に入ってくる。マンガにする、という決断がまさに「グレートジャッジ」でしたね。
【井ノ原】どのグレートジャッジも、決断の前に必ず反対されているんですよね。そこを「いやいや、違う」と否定するのではなく、でもあきらめずに突き進んでいるのがすごい。ちゃんと計算して進めてもいて、頭のいい人は本当にすごいなと思いました。
【ジュニア】例えば「抗体」という概念がこんなに近年までなかったとは驚きましたし、その礎を作ったのが日本人だということがもっと知られていていいのにと。あと、(1964年の)東京オリンピック開催までの道に、がっつりマッカーサーが絡んでいることにもびっくりしました(笑)。
【井ノ原】何度も出てきましたね。マッカーサーに一度でなく、何度もアタックしたこともグレートジャッジでした。
――おふたりは以前にレギュラー番組(TBSの『タイノッチ』)を長くご一緒されていて気心知れた仲だと思いますが、やりやすさはありましたか?
【ジュニア】僕はやりやすかったです。いい空気でできました。イノッチがどう思っているかわかりませんが(笑)。
【井ノ原】信頼感がありました。どうしたらいいかな…とちょっと詰まったときにジュニアさんを見ると、解決してくれる。以前にご一緒していたときは友達感覚でやる番組で、そういう空気感でできたと思います。
――この2〜3ヵ月の間、家で過ごす時間が多かったと思いますが、この時期だからこそしたことはありますか?
【ジュニア】紙粘土を始めたんですよ。奥さんが子どもに買ってきたので一緒にやっていたら、僕の方がハマって。
【井ノ原】何を作ったんですか? お子さんが喜びそうなものとか?
【ジュニア】そうですね。作ったもので一緒に遊んだりして。
【井ノ原】確かに、忙しかったらやらないことを片っ端から調べて、始めたりしましたね。僕は細かいことがやりたくなって、建築模型を作りました。やってみたら奥が深くて。家を作ってみたり、同じものを3〜4回作ったりもして、だいぶ上達しました。
――その期間を経て、ソーシャルディスタンスに気を配りながらもスタジオでの収録が徐々に増えてきています。これまでと比べて心境など変化はありますか?
【ジュニア】スタジオで収録ができることに喜びがありますね。当たり前じゃないんだなと。人と人との距離を取って収録する分、収録前でもシューマイ弁当を食べても大丈夫だなとガンガン食べたりはしています(笑)。
【井ノ原】それわかります(笑)。近づくことがないですからね。ドラマの撮影も再開していて、人と会うっていいなと。自宅生活もみんな楽しんでいたとは思うんですが、再開してみて「今までが当たり前じゃないんだな」と実感しています。
――最後に、番組の見どころを教えてください。
【井ノ原】収録前にいろいろ勉強してきたつもりだったのですが、収録をしてみて「まだまだ知らないことがこんなにあったんだ」と改めて感じられました。いま知っておくべきことばかりなので、見ているだけで「そういうことなのか」と考えてもらえると思います。
【ジュニア】あまり押しつけがましくなく、サラッと頭に入ってくる感じなので、楽しんで見ていただきたいです。
■番組内容
●「世界が絶賛!ワクチン開発の礎を築いた日本人」
プレゼンターの川島明(麒麟)は、ワクチンのもととなる「抗体」を世界で初めて発見した、「日本の細胞学の父」とも呼ばれるグレートさんをプレゼンする。感染症で弟2人を亡くしたことから、わずか5歳にして「感染症を撲滅したい」という志を抱き、東大医学部を経てドイツ・ベルリンへ留学。試行錯誤を繰り返して抗体の存在、免疫のシステムを明らかにした。コロナ禍のいま、ワクチンへの期待は非常に高い。近い将来、そのグレートさんの肖像が千円札の図柄になることから、「(千円札ではなく)一万円札でいいんじゃないの?」(ジュニア)と出演者全員が称賛する。
●「最悪の不況を一人もクビにせず乗り切った日本人」
陣内智則がプレゼンするのは、現在のコロナ不況を上回るほどの大不況に陥っていた1930年。創業した電気メーカーの売り上げを、今の価値に換算すると月3億円から1億5000万円にまで落としながらも、ピンチはチャンスとばかりに販売スタイルを転換し、一人もクビにせずに不況を乗り切った。のちに「経営の神様」とも言われたグレートさんの、その当時のジャッジにも通じる言葉を語った肉声を聞く。
●「オリンピックを執念で復活させた日本人」
3人目は、武井壮がプレゼンする、一度は中止に追い込まれた幻の東京オリンピックを実現させたグレートさん。来年に延期されたものの、開催が危ぶまれる面もある東京オリンピック。グレートさんはその昔、「日本再建のためにも、水泳を復活させる」との信念で、GHQのトップであるマッカーサー元帥のもとを何度も訪れ、その結果日本のスポーツ全体を復権させた。
●「世界初の感染ルート調査で人々を救った医学探偵」
4人目のプレゼンターは堀田茜。感染症の拡大を防ぐのに重要なのは、感染ルートを把握すること。謎の感染症が大流行していた19世紀のロンドンで、それまで原因とされていた学説に疑問を持ち、自ら聞き込み調査を繰り返して感染マップを作成。感染源を突き止めたイギリスの医師で、「疫学の父」とも呼ばれるグレートさんの偉業をプレゼンする。原因特定の大きなカギとなったのはビール工場。ビールを飲料水代わりに飲んでいたというエピソードには「ちょっとうらやましい」との声が上がる一幕も。
●「完璧な検疫で感染症の上陸を防いだ日本人」
最後のプレゼンターは勝村政信。海外からの入国時に検査をし、感染者を隔離することでウイルスを国内に入れないようにする「検疫」。その検疫システムを確立したグレートさんをプレゼンする。明治時代、日清戦争の戦場ではコレラが大流行。日本に帰国してくる23万人もの兵士全員を検疫し、コレラの日本上陸を防ぐミッションを課せられたのが、衛生局(今の厚生労働省のような部署)の職員で、医師でもあったグレートさん。大規模な検疫所を急ピッチで3ヶ所も設立し、反対運動で窮地に追い込まれながらも、機転を利かせて軌道に乗せた。
ABCテレビ・テレビ朝日系『ピンチをチャンスに変えた! THEグレートジャッジ〜今を乗り越えるヒントとは?〜』6月16日放送。MCは井ノ原快彦(右)&千原ジュニア(左)(C)ABCテレビ
【井ノ原】プレゼンの内容をマンガで説明することが、わかりやすくてよかったと思います。子どもたちはもちろん、どの世代の人にも響いてほしい内容だからこそマンガなんだろうなと。それをプレゼンターの方々が楽しさあり、真面目さもありで伝えてくださって。
【ジュニア】本来ならば再現ドラマで説明するものを、いまはそうも行かないからマンガにしたという面もあると思うんですが、そのおかげでより頭に入ってくる。マンガにする、という決断がまさに「グレートジャッジ」でしたね。
【井ノ原】どのグレートジャッジも、決断の前に必ず反対されているんですよね。そこを「いやいや、違う」と否定するのではなく、でもあきらめずに突き進んでいるのがすごい。ちゃんと計算して進めてもいて、頭のいい人は本当にすごいなと思いました。
【ジュニア】例えば「抗体」という概念がこんなに近年までなかったとは驚きましたし、その礎を作ったのが日本人だということがもっと知られていていいのにと。あと、(1964年の)東京オリンピック開催までの道に、がっつりマッカーサーが絡んでいることにもびっくりしました(笑)。
【井ノ原】何度も出てきましたね。マッカーサーに一度でなく、何度もアタックしたこともグレートジャッジでした。
――おふたりは以前にレギュラー番組(TBSの『タイノッチ』)を長くご一緒されていて気心知れた仲だと思いますが、やりやすさはありましたか?
【ジュニア】僕はやりやすかったです。いい空気でできました。イノッチがどう思っているかわかりませんが(笑)。
【井ノ原】信頼感がありました。どうしたらいいかな…とちょっと詰まったときにジュニアさんを見ると、解決してくれる。以前にご一緒していたときは友達感覚でやる番組で、そういう空気感でできたと思います。
――この2〜3ヵ月の間、家で過ごす時間が多かったと思いますが、この時期だからこそしたことはありますか?
【ジュニア】紙粘土を始めたんですよ。奥さんが子どもに買ってきたので一緒にやっていたら、僕の方がハマって。
【井ノ原】何を作ったんですか? お子さんが喜びそうなものとか?
【ジュニア】そうですね。作ったもので一緒に遊んだりして。
【井ノ原】確かに、忙しかったらやらないことを片っ端から調べて、始めたりしましたね。僕は細かいことがやりたくなって、建築模型を作りました。やってみたら奥が深くて。家を作ってみたり、同じものを3〜4回作ったりもして、だいぶ上達しました。
――その期間を経て、ソーシャルディスタンスに気を配りながらもスタジオでの収録が徐々に増えてきています。これまでと比べて心境など変化はありますか?
【ジュニア】スタジオで収録ができることに喜びがありますね。当たり前じゃないんだなと。人と人との距離を取って収録する分、収録前でもシューマイ弁当を食べても大丈夫だなとガンガン食べたりはしています(笑)。
【井ノ原】それわかります(笑)。近づくことがないですからね。ドラマの撮影も再開していて、人と会うっていいなと。自宅生活もみんな楽しんでいたとは思うんですが、再開してみて「今までが当たり前じゃないんだな」と実感しています。
――最後に、番組の見どころを教えてください。
【井ノ原】収録前にいろいろ勉強してきたつもりだったのですが、収録をしてみて「まだまだ知らないことがこんなにあったんだ」と改めて感じられました。いま知っておくべきことばかりなので、見ているだけで「そういうことなのか」と考えてもらえると思います。
【ジュニア】あまり押しつけがましくなく、サラッと頭に入ってくる感じなので、楽しんで見ていただきたいです。
■番組内容
●「世界が絶賛!ワクチン開発の礎を築いた日本人」
プレゼンターの川島明(麒麟)は、ワクチンのもととなる「抗体」を世界で初めて発見した、「日本の細胞学の父」とも呼ばれるグレートさんをプレゼンする。感染症で弟2人を亡くしたことから、わずか5歳にして「感染症を撲滅したい」という志を抱き、東大医学部を経てドイツ・ベルリンへ留学。試行錯誤を繰り返して抗体の存在、免疫のシステムを明らかにした。コロナ禍のいま、ワクチンへの期待は非常に高い。近い将来、そのグレートさんの肖像が千円札の図柄になることから、「(千円札ではなく)一万円札でいいんじゃないの?」(ジュニア)と出演者全員が称賛する。
●「最悪の不況を一人もクビにせず乗り切った日本人」
陣内智則がプレゼンするのは、現在のコロナ不況を上回るほどの大不況に陥っていた1930年。創業した電気メーカーの売り上げを、今の価値に換算すると月3億円から1億5000万円にまで落としながらも、ピンチはチャンスとばかりに販売スタイルを転換し、一人もクビにせずに不況を乗り切った。のちに「経営の神様」とも言われたグレートさんの、その当時のジャッジにも通じる言葉を語った肉声を聞く。
●「オリンピックを執念で復活させた日本人」
3人目は、武井壮がプレゼンする、一度は中止に追い込まれた幻の東京オリンピックを実現させたグレートさん。来年に延期されたものの、開催が危ぶまれる面もある東京オリンピック。グレートさんはその昔、「日本再建のためにも、水泳を復活させる」との信念で、GHQのトップであるマッカーサー元帥のもとを何度も訪れ、その結果日本のスポーツ全体を復権させた。
●「世界初の感染ルート調査で人々を救った医学探偵」
4人目のプレゼンターは堀田茜。感染症の拡大を防ぐのに重要なのは、感染ルートを把握すること。謎の感染症が大流行していた19世紀のロンドンで、それまで原因とされていた学説に疑問を持ち、自ら聞き込み調査を繰り返して感染マップを作成。感染源を突き止めたイギリスの医師で、「疫学の父」とも呼ばれるグレートさんの偉業をプレゼンする。原因特定の大きなカギとなったのはビール工場。ビールを飲料水代わりに飲んでいたというエピソードには「ちょっとうらやましい」との声が上がる一幕も。
●「完璧な検疫で感染症の上陸を防いだ日本人」
最後のプレゼンターは勝村政信。海外からの入国時に検査をし、感染者を隔離することでウイルスを国内に入れないようにする「検疫」。その検疫システムを確立したグレートさんをプレゼンする。明治時代、日清戦争の戦場ではコレラが大流行。日本に帰国してくる23万人もの兵士全員を検疫し、コレラの日本上陸を防ぐミッションを課せられたのが、衛生局(今の厚生労働省のような部署)の職員で、医師でもあったグレートさん。大規模な検疫所を急ピッチで3ヶ所も設立し、反対運動で窮地に追い込まれながらも、機転を利かせて軌道に乗せた。
2020/06/16