29日に開幕したバレーボール世界一決定戦『2018世界バレー -女子日本大会-』で日本代表を率いる中田久美監督が、きょう30日放送のTBS系『消えた天才』(後9:00〜10:48)に出演。現役時代に唯一勝てなかった同い年の天才がいたことを告白する。
バレーボール歴わずか1年にも関わらず、その天才は中田と共に史上最年少15歳で日本代表入りし、18歳で迎えた1984年ロサンゼルス五輪では、エースアタッカーとして活躍。その天才について中田は、「これまで何人もの選手とプレーしてきたが、(彼女が)トップ」だと断言する。
また、当時を知る中田の2歳年下で同じアタッカーとしても活躍した元日本代表でタレントの大林素子は、「エースとしてたどり着きたい憧れの人」だと敬意を表し、これまでのバレーボール人生の中で「こんなすごい選手を見たことがない」と称えた。
しかし、ロサンゼルス五輪から4年後のソウル五輪では、中田がチームの中心選手として活躍したのに対し、彼女が代表入りすることはなかった。さらに4年後のバルセロナ五輪にもその姿はなく、21歳で表舞台から姿を消した。中田を上回る才能の持ち主だといわれた彼女に当時何が起きていたのか?
あれから34年、番組では彼女の今を大追跡。天才アタッカーが消えた衝撃の真相と中田も知らなかった34年前の特別な約束が明らかになる。あふれ出た大粒の涙の理由とは?
バレーボール歴わずか1年にも関わらず、その天才は中田と共に史上最年少15歳で日本代表入りし、18歳で迎えた1984年ロサンゼルス五輪では、エースアタッカーとして活躍。その天才について中田は、「これまで何人もの選手とプレーしてきたが、(彼女が)トップ」だと断言する。
しかし、ロサンゼルス五輪から4年後のソウル五輪では、中田がチームの中心選手として活躍したのに対し、彼女が代表入りすることはなかった。さらに4年後のバルセロナ五輪にもその姿はなく、21歳で表舞台から姿を消した。中田を上回る才能の持ち主だといわれた彼女に当時何が起きていたのか?
あれから34年、番組では彼女の今を大追跡。天才アタッカーが消えた衝撃の真相と中田も知らなかった34年前の特別な約束が明らかになる。あふれ出た大粒の涙の理由とは?
2018/09/30