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愛川欽也さん肺がんで死去 亡くなる直前まで「仕事に行こう」

 俳優・タレントの愛川欽也(本名・井川敏明)さんが15日午前5時11分、肺がんのため都内の病院で亡くなった。80歳だった。所属事務所が発表した。

◇以下発表コメント

「愛川欽也を応援してくださった皆様」

 俳優 愛川欽也は肺癌のため2015年4月15日午前5時11分に永眠いたしました。昨年冬より体調の不安を訴え、検査いたしましたところ、肺癌であることが判明いたしました。

 本人のたっての希望により、入院はせず在宅での懸命な治療を続けて参りましたが、容態が急変し自宅にて旅立ちました。
 故人の遺志の従い、すでに近親者にて密葬を執り行いました。

 これまで愛川が大変お世話になった方々に対し、十分なご報告をせぬまま、この日を迎えてしまいましたこと、ここに心よりお詫び申し上げます。最期まで仕事に復帰する可能性に懸けていた本人の強い希望で病状を伏せておりました。

 根っからの仕事人間であった愛川は肺癌を発症した以降も仕事に情熱を燃やしており、息を引き取る直前まで「仕事に行こう」と寝言のように申しておりました。最期まで仕事に恵まれた幸せな、愛川欽也の人生を支えてくださった全ての皆様に心より感謝いたします。

 尚、誠に勝手ではございますが、供物、供花、弔電などはご遠慮させて戴きますこと、あわせてご了承くださいますようお願い申し上げます。

 平成27年4月17日 株式会社 愛川企画室


 1954年に俳優座養成所に入所した愛川さんは、1971年より深夜ラジオ番組『パックインミュージック』のパーソナリティとして活躍し、故・菅原文太さんの代表作『トラック野郎』シリーズで相棒“やもめのジョナサン”として人気を博した。俳優のほか、声優としてアニメ『いなかっぺ大将』のニャンコ先生役や、『なるほど・ザ・ワールド』『アド街』などバラエティー番組の司会など、マルチな分野で才能を発揮してきた。

 一度の離婚後、昼のバラエティー番組『シャボン玉こんにちは』でコンビを組んだうつみと1978年に再婚。俳優の育成を目指し、夫婦のニックネームから命名した「キンケロ・シアター」を2009年にオープン、自ら主宰する「劇団キンキン塾」の活動拠点としてきた。

 また、3月をもって20年間司会を務めたテレビ東京系『出没!アド街ック天国』を卒業。6日には、愛川がメインで出演してきたインターネット放送局『kinkin.tv』の閉鎖も発表していた。



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