作曲家・佐村河内守(さむらごうち・まもる)氏が代表作を別人に作曲してもらっていた問題で、実際に作曲していた桐朋学園大非常勤講師を務める新垣隆氏が6日、都内で記者会見を開き、全聾(ろう)と公表していた佐村河内氏の耳は聞こえる状態であると明かした。
佐村河内氏の聴覚の有無について聞かれた新垣氏は、「私の認識では、会ってから今まで耳が聞こえないと感じたことは一度もない」と証言。18年間、佐村河内氏のゴーストライターとして曲を書き続けてきたことを懺悔し「私が録音したものを、彼が聴き、コメントすることは何度もあった」と明かし、全聾(ろう)を装っていたと語った。
さらに、耳が聞こえないと公表し始めた頃、障害者手帳を「一度見たことがある」としながらも「最初は私にも耳が悪い状況にあると示していたが、やりとりをしているうちに、だんだん戻ってきたと言い、それがなくなっていた」と告白。また、会う際は常に2人のみで、なんら一般人と変わらぬ会話のやりとりを交わしていたといい、「最初は、耳が聞こえないと示すための行為だったのでは」と投げかけた。
新垣氏は、「障害をお持ちの方、彼の言葉を信じて曲を聴いていた方々、演奏家の方々に本当に申し訳ありません。当初は軽い気持ちで引き受けてしまった」と謝罪。これまで18年間で「20曲以上を書いた」と断言し、「700万円前後」の報酬を受け取っていたことも明かした。
佐村河内氏の聴覚の有無について聞かれた新垣氏は、「私の認識では、会ってから今まで耳が聞こえないと感じたことは一度もない」と証言。18年間、佐村河内氏のゴーストライターとして曲を書き続けてきたことを懺悔し「私が録音したものを、彼が聴き、コメントすることは何度もあった」と明かし、全聾(ろう)を装っていたと語った。
さらに、耳が聞こえないと公表し始めた頃、障害者手帳を「一度見たことがある」としながらも「最初は私にも耳が悪い状況にあると示していたが、やりとりをしているうちに、だんだん戻ってきたと言い、それがなくなっていた」と告白。また、会う際は常に2人のみで、なんら一般人と変わらぬ会話のやりとりを交わしていたといい、「最初は、耳が聞こえないと示すための行為だったのでは」と投げかけた。
新垣氏は、「障害をお持ちの方、彼の言葉を信じて曲を聴いていた方々、演奏家の方々に本当に申し訳ありません。当初は軽い気持ちで引き受けてしまった」と謝罪。これまで18年間で「20曲以上を書いた」と断言し、「700万円前後」の報酬を受け取っていたことも明かした。
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2014/02/06