Crystal Kay、“歌”と“メッセージ”を追求した等身大のアルバム
押し付けがましくない等身大の歌
「ようやく“自分は自分”と素直に思えるようになったからかな。だけど少し前、それこそ『デイジー・ラック』の主人公たちと同世代の20代終わり頃はいっぱい悩んでいました。結婚、出産はいつするの?とか、そうしたらキャリアはどうなるんだろうとか。周りに聞くとフィールドは違っても、この世代って似たような不安を抱えていると思います」
リード曲「幸せって。」は、女性の共感を多く得そうだ。
「この曲の世代は、周りがどんどん変化していくから、他人と自分を比べてしまいがちじゃないですか。無理して自分も幸せを演出して、だけどそれが結局、ストレスを募らせることにもなってしまう─」
自分もその世代を経験したからこそ理解できるヒリヒリした痛み。そしてそこを通過した今、伝えられること。誰もが迷いがちな時代に優しい説得力がある。
「20代終わりに2年間、ニューヨークに腰を据えた経験も大きかったです。現地での活動は日本とは比べものにならないほどハードで、凹むこともたくさんありました。だけどその分、精一杯やって掴んだ小さな成功が大きな誇りに繋がって。それも歌が好きだから感じられた幸せだったんです。それと同じことで、好きでもないのにSNS 映えするからって頑張って載せてもそんな気持ちにはなれない─ということが、いろんな意味で30 代になるとわかるなって思います(笑)」
メッセージソングも押し付けがましくなく響くのは、同性に親しまれる彼女のフレンドリーな人柄ゆえもある。しかしそれ以上に、アップデートされた歌唱法は聴きどころだ。
「今、追求しているのはいかにフェイクやビブラートといったワザを使わずに、芯の深い歌を歌うかということ。若い頃はとにかくテクニックを駆使してキレイにカッコよく歌おうと頑張っていたところがありました。でも、何も飾りを付けずまっすぐに歌って伝わったら最強じゃないですか。最近、アメリカのランキング上位にまっすぐな歌い方をする曲が増えているのも、実は皆がそういうことを求めていたのかなと。飾らなくていいんだということに気付けたのも、年齢を重ねたおかげでした」
リドリー・スコット製作総指揮の映画出演も決定
「実際、パッケージの音源であまりにもフェイクが入っていると、聴いているほうが疲れてしまうと思います。ビヨンセやテイラー・スウィフトも昔みたいにあまりフェイクを入れなくなって。むしろ歌っているほうの自己満足なんじゃないかって。でもあるときから、私は自分のためじゃなくて誰かのために歌いたいと思うようになったんです。それはやっぱり、ずっと付いてきてくれるお客さんの存在を知っているから」
来年活動20周年を迎える彼女のストレートな実感と言えるだろう。
「これは皆のためのアルバムだよという意味で、タイトルもシンプルに『For You』。自信をなくしそうなときにセルフチェックできるような、ラッキーチャーム(お守り)みたいなアルバムになれたらいいなと思っています」
また、リドリー・スコット製作総指揮の映画『アースクエイク・バード(原題)』にも出演することが決定した。
「映画はずっとやりたいことだったので、本当にうれしかったです。子供の頃の夢が歌手か女優になることでした。両方極められたら本当にすごいことだけど、とにかく今後も機会があったら演技にも挑戦させていただきたいです」
パーティーチューンやラブバラードなど多彩な楽曲群ながら、そこに貫かれているのは掛け値なしの励ましのメッセージ。マウンティング等といった振る舞いに疲れた現代の女性が、本当にそばにいてほしいのはこんなアルバムかもしれない。
(文/児玉澄子 写真/鈴木かずなり)