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プロフリークライマー野口啓代が語る、次世代のクライミングシーンにかける思い。『AKIYO's DREAM with RYUGASAKI』開催前特別インタビュー | FINEPLAY


オリンピックやワールドカップでの日本人選手勢の大活躍から日本が世界に誇るスポーツのひとつとしても知られ、現在国内で人気が急上昇している「スポーツクライミング」。クライミングシーンの拡大と共に世界最高峰の舞台で活躍する日本人トップクライマーが増えている傍ら、セカンドキャリアという次のステップで次世代のためにクライマーの新たな可能性を体現しながら、先陣を切って国内のクライミングシーン拡大に貢献し続けるプロフリークライマーがいる。

それが長年世界トップの日本人選手として前人未到の快挙の数々を成し遂げ、2021年に開催された東京オリンピックでは銅メダルを獲得し競技を引退したプロフリークライマーの野口啓代(のぐち・あきよ)さんだ。今回は現役時代の活躍に止まらずセカンドキャリアにおいてもパイオニアとして活躍されている野口さんにインタビューを敢行。
本人が地元龍ケ崎市で開催するボルダーユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』を来月に控えた今、現在の活動をはじめ、自身の長い競技経験を振り返ってユースクライマーたちに伝えたいことや今後の展望まで、未来を担う次世代の若手選手たちに是非聞いてもらいたい話を様々な角度から伺った。

10年以上トップ選手としてコンペティションシーンを牽引してきた野口啓代。競技引退後の現在地について。

― 長年トップ選手として活動してきた競技を引退してから、現在はどのような活動をしていますか?

そうですね。現役中は競技に集中していたので、自分の行きたい自然の岩場に行って高難度ルートを登るような自由な時間はそこまでありませんでした。でも今は主人のパリオリンピックのサポートもひと段落ついて、子どもが保育園に通い始めたので、自分のクライミングの時間も取れるようになってきました。
そして昨年の12月には10年ぶりにスペインにあるシウラナというエリアに岩登りに行ったのですが、やっぱりもっともっと自分の限界に挑戦するような、現役時代には登れなかったグレードの高い岩場を登る活動もしたいなと改めて感じました。

― 競技を終えても自分の限界に挑戦することには変わりないということですね。

はい。クライミングの本質は競技の順位や岩場のグレードだけではないので、何歳になっても自分自身クライミングを通じて成長していきたいと思っていますし、本当に努力をすればした分だけ自分の限界が突破できるのを感じたので、今まで以上の活躍が岩場でもできると嬉しいです。

これまでは本当に自分中心で、全ての時間を自分のクライミングのために費やして生きてきましたし、私の目標に向かって協力してくれる家族やスポンサー、トレーナー、コーチなど周りの方々も私のために時間を使ってくれました。でも今は自分よりも主人の競技や育児が中心の生活に変わったので、クライミングも含めて自分の時間に対して優先順位が本当に大きく変わりましたね。
その中で主人を支える妻の立場、子どもを育てる母親の立場、クライミングを普及する立場、そして自分のクライミングもやりたいというプロフリークライマーとしてのアスリートの部分のバランスを取ることは、決して簡単なことではないのですが、私自身にとってこのバランスを取ることがすごく大切だな感じています。

― また引退後はメディア出演などさらに活動の幅が広がったと思いますが、その中で新たに感じたことはありますか?

メディアのお仕事をさせていただく中でも、現役時代の捉え方と競技を引退した今では本当に感じ方とか見え方が変わってきました。特に強く感じているのはメディア出演を含めてクライミング以外の色々なお仕事を通じて出会った人とのご縁であったり、これまでも現役中からお世話になった方と一緒に取り組んできたことが今の活動にすごく繋がっていると感じているので、人とのご縁にとても感謝しています。

― ちなみにクライミングシーン内外で色々な仕事をしている野口さんですが、一息つけるオフの最近の楽しみはありますか?

私と主人も含めて、最近の一番の楽しみは子どもと一緒に旅行に行くことです。私たちは仕事柄、週末の土日に大会やイベントがあることが多いので、なかなか平日も休日も子どもと一緒にいることが難しいんです。
そのため旅行もそこまで頻繁には行けないのですが、年間を通じて夏と冬の2回くらいは「家族旅行に行きたいね」と主人とも話しています。今年の冬はまだ旅行に行けていませんが、子どもに雪を見せてあげたいと思っているので、主人が3週間後に控えている大会が終わったら旅行に行きたいと思っています。でも子どもがまだ1歳8か月なので、遠出ではなく車で行けるスキー場などに1泊2日で行けたらいいなと考えています。

競技生活を振り返って伝えたいのは、時代に合わせて自分がクライミングで勝ちたい理由と向き合うことの大切さ

― トップ選手として長年強さを示し続けられたその秘訣は何だと思いますか?

ありがたいことに競技を引退してからも、現役選手からメンタル面について相談や質問を受けることは結構多いのですが、最近もモチベーションの維持の仕方について聞かれて私も改めて考える機会がありました。
モチベーションってすごく流動的なものなので、なかなかモチベーションだけでは5〜6年は競技を続けられても、10年〜20年と長年続けるのは厳しいと思っています。私は11歳の頃にクライミングを始めて、16歳から世界大会に出場するようになり、最後に東京オリンピックに出たのが32歳の時でした。
なので競技生活は約20年とすごく長かったのですが、自分の年齢やその時の目標、時代の変化に合わせてその都度自分がクライミングをする目的や勝ちたい理由に常に向き合ってきました。そのおかげでどうして頑張りたいのか、どうして勝ちたいのかが自分の中ですごく明確に分かっていたと思います。
そのおかげでワールドカップで優勝したり年間チャンピオンになった時も、そこで満足せずに次のさらに高い目標設定ができましたし、あとおそらく自分の性格的な部分も大きいのですが、大会だけではなく日頃の練習から負けず嫌いだったので、成績が出ても気を緩めるのではなく、さらに自分にプレッシャーをかけてずっと貪欲にいられたと振り返ってみて感じます。

― 負けず嫌いという性格もあるとのことですが、自分に満足せず高い目標を立てて結果を残し続けられたのはどのような思いが背景にあったのでしょうか?

私自身、目標に向かってトレーニングしている時間が好きだったこともあります。でもアスリートであれば皆さん同じだと思いますが、勝っている時の自分や頑張っている時の自分が私は一番好きだったので、その一番好きな自分でいられる努力をすることはずっと意識していました。あと個人的に泥臭く日々努力していながらも謙虚でいる選手がすごく好きだったので、そのような自分が理想とする選手像でいたいという思いもずっとありました。

― そうだったのですね。そのような熱い思いを持って日々挑戦していた中で、結果が出ない葛藤もあったかと思いますが、どのように乗り越えましたか?

もちろん勝てなかった試合は全て苦しかったのですが、どうして勝てなかったのか分からなかった時が1番苦しかったです。自分のスキル不足や努力が足りない負け方であればまだ受け入れられたのですが、やれるだけのことを全てやり切ったのに勝てなかった時にはなかなか受け入れることができず、自分の中で葛藤もありました。
また私はコーチがいないような時代から独学で工夫しながら競技をしてきたのですが、それだけだと苦手な部分や改善方法が分からない部分など、自分の力だけでは埋められない部分がありました。そんな中で若手の追い上げやルール変更など時代の変化を経験して、自分1人で解決できない時にはコーチをお願いしたり、クライミング以外の身体作りのトレーニングを始めたりなど、そういった時期だからこそ自分の考え方や価値観を変えないといけないと強く思うようになりましたね。

― 長く競技をしてきて、シーンの色々な移り変わりも経験されているからこそ、その時の自分に必要なことを冷静に捉えて取り入れてきたんですね。

そうですね。柔軟に時代に合わせて自分も変化し続けることが1番大切だったり、逆に1番受け入れたくない部分でもあると思うのですが、私の場合は自分が大きく変わらないと厳しいと感じた時期があったので、そこに対応できて本当に良かったと思います。
私自身15〜16年近くずっとワールドカップや世界選手権に出場してきた中で、時代によって正解が変わってしまうようなことを経験してきました。自分の成功体験や当時1番良いとされていた正解が次の時代へ変化した時には真逆になっていたり、既に古い考えになってしまっていたこともあったんです。
そのような時代の変化の中で、いかに新しい時代や若手の成長に対して自分自身がさらに1歩先を見越して、10代の若い選手が3歩進むところを、自分が30代になっても4歩進めるような努力や工夫をしたり、そういったマインドセットを持っていないと勝ち続けることは厳しいとずっと心に留めて頑張っていました。

自身初開催のボルダーユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』にかける思い

― 野口さんが今大会の主催に至った経緯について聞かせてください。

私が現役の時から応援していただいている私の地元の茨城県龍ケ崎市と一緒に今年度から「スポーツクライミングのまち龍ケ崎」という取り組みが始まったのですが、その第1回のキックオフイベントとして開催するのが今回のユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』になります。今後は何年もかけて毎年大会を開催していきたいと思っていて、来年にはジャパンカップという日本で一番大きな大会を、そして再来年には世界大会の開催を目指しています。
その中でまずは自分の大好きなクライミングを広めていくためにも、後進の選手を育成したいという思いと、自分の好きな地元龍ケ崎市にたくさんの人を呼び込みたいという思いの2つが重なった結果が今回の大会開催に結びついた形です。

― 世界のトップを経験してきた野口さんがプロデュースする大会だからこそ、こだわっているポイントはありますか?

はい。世間的にユースの大会は会場演出や大会規模も含めて、大人の大会よりもレベルが低いものと思われがちなので、これまでのユース大会のイメージを変えられるような世界大会クラスのものにしたいと思って現在準備を進めています。
これまでの日本のユース大会はクライミングジムにある常設の壁で行われるなど公共の施設で既に壁がある場所で開催されることがほとんどだったのですが、今回は龍ケ崎市にあるニューライフアリーナという会場に仮設で一から壁を建てて大会を開催します。
このような形でユースの大会を開催するのは前例がないことですし、この大会から世界に羽ばたくような子が誕生してほしいという願いも込めて、今大会の壁は昨年行われたワールドカップの壁をモチーフに製作し、ワールドカップと同じ環境を再現して開催します。あとは地元の龍ケ崎市や茨城県内の子どもたちがこの大会を見たり出場したことがきっかけで、自分の人生が変わるような出会いになってくれたら嬉しいです。
そして今大会は日本山岳・スポーツクライミング協会の公認大会ではありますが、ユースの世界大会の選考には関わらないので私が思い描いたような自由度の高い大会になっていると思いますし、いずれはユースクライマーの中でも有名で人気のある格式高い大会になって、子どもたちがこの大会を目指して1年間頑張ってくれるような彼らの目標となる大会になったら嬉しいなと思っています。

― それでは来年以降もこのユース大会を続けていくのでしょうか?

この大会の第2回目を開催することはもちろん前向きに考えていますし、ユースの大会を経て大人向けの大会に変えていくのもありだと思っています。また大会開催と並行して、私と龍ケ崎市の大きな目標の一つに大型クライミング施設を市内に建設するということがあります。今はまだ市内にクライミングジムがないので今大会もアリーナ内に仮設で壁を建てるのですが、いずれは世界中から選手を呼んだり、どのような大会でも開催できるようなクライミング施設を龍ケ崎市内に作れたら良いなと思っています。

― どのような方にこの大会に参加してもらいたいですか?

この大会には自分でクライミングの道具を持っていれば誰でも参加できるので、世界大会に出るようなレベルの高いユース選手はもちろんですが、クライミングを始めたばかりでこの大会がデビュー戦という子も既に申し込んでくれているので、クライミングが大好きなユースクライマーはどなたでも気軽に参加してもらいたいです。

クライミングシーンを大きくしていきながら体現するのはクライマーの新たな可能性

― これからのクライミングシーンを背負う次世代のために行っていきたいことはありますか?

私が現役を引退してからやらせていただいているセカンドキャリアの部分って、これまでクライミング選手のセカンドキャリアとしてはあまり馴染みがなかったり、イメージできなかったお仕事もあるので、私が色々な活動をすることで今後現役選手がセカンドキャリアを考える時に選択肢が増えてくれたら嬉しいです。そのためにこれからも私自身がクライマーの新たな可能性を体現していきたいと思っています。

― ご自身の活動としては具体的にどのようなことをしていきたいと考えていますか?

今回の規模のユース大会を開催することは私自身初めての試みなので、まずはこの大会を成功させて次回へ良い形で繋いでいきたいです。そしてこのような大会の開催はもちろんですが、後進の育成や施設の建設など私がこれからやりたいことは、これまで選手としてやってきたこととは違って私1人では達成できないことがほとんどなので、市や県の方、県内の企業さん、クライミング関係者などたくさんの方に協力していただきながら、もっとたくさんの人々を巻き込んで成功できたらいいなと思っています。

― そういった活動の中で、今後の「AKIYO’s DREAM」の展望についても聞かせてください。

大会開催だけに関わらず、今後やっていきたいことはクライミングシーンをもっと大きくしていくことなので、そこは自分が中心になって進めていきたいですし、その活動を自分の大好きな地元で行うことは私が特にこだわっている部分なので、ここ龍ケ崎をクライミングの聖地にすることが今後「AKIYO’s DREAM」を通じて力を入れてやっていきたいことです。

― また今大会の開催も含めて、特にユース世代に向けて行っていきたい活動もありますか?

長く現役選手をやってきた私だからこそ伝えられる部分や失敗体験もあると思っているので、もっとクライミングで頑張りたいっていうユース選手だったり、そういった子どもたちの育成も今までの自分の経験を活かしながらやっていけたらと思っています。

「野口啓代のようなアスリートやクライマーになりたい」と思ってもらえるような人間像を目指して

― 最終的に人生を通して成し遂げたいことについて聞かせてください。

最終的に自分の人生やこれまでの活動を振り返った時に、自分がやってきたこととその選択に納得できて自分を誇れるような活動をこれからも続けていきたいと思っています。また現役時代の側面だけではなくセカンドキャリアとしても、多くのクライマーやクライミング以外のアスリートの方から「野口啓代のようなアスリートやクライマーになりたい」と言ってもらえる存在になりたいです。

― そんな野口さんが「野口啓代」として目指している人間像はどのような姿でしょうか?

そうですね。。なかなか答えるのが難しい質問ではありますが、人に尊敬してもらえるような人間でありたいですし、1人の母としても子どもに自分の母親が私でよかったって思ってもらえるようになりたいと思っています。そしてもちろん主人にとっても、私と結婚して、また私にサポートしてもらえてよかったと思ってもらえるような人間になれたらそれが本当に一番嬉しいです。

― 改めて今回のユース大会『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』についての思いを聞かせてもらえますか?

私自身が「この大会から世界へ!」って大きく謳っている部分もありますが、それはハードルが高い大会というような捉え方ではなくて、本当に誰にでもチャンスがあるという意味です。まだまだクライミング歴が長くなくても、大会に出たことがなくても、本当にクライミングが好きで大会に興味がある方全員に出てほしいと思っています。
また今大会は現時点で茨城県をはじめ日本全国からだけでなく、中国やアメリカからも既にエントリーがある状況です。そして今回は第1回目ですが、大会が終わった時に「また是非来年もやってほしい!」とか「これからも継続して出場したい!」って日本人だけじゃなく世界中のユースクライマーに思ってもらえるような大会にしたいです。
そして今大会は3月15日と16日で開催されますが両日とも誰でも無料で観戦できるので、まだクライミングを見たことがない方でも、クライミングをやったことがない方でも、是非会場に足を運んでもらって一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。

― 最後に今大会に出場する選手を含めたユースクライマーに伝えたいことがあればお願いいたします。

誰にでもユース時代は初めての大会だったり成績が出ない時期が絶対あると思いますが、その目標や夢に向かって一歩踏み出して頑張っている姿を、自分の家族や身近な人たちは見てくれていてその努力を全部分かってくれていると思います。その中で長年頑張り続けていくうちにどんどん応援してくれる人が多くなって、またその人たちが自分の頑張りや活躍をすごく喜んでくれるようになるので、諦めずに挑戦し続けて欲しいです。

これはクライミングだけに関わらず、どのスポーツでも一緒で自分が頑張ったら頑張った分、本当に自分の世界と可能性が広がると思うので、たくさんのことに挑戦してほしいと思っていますし、そんな自分の可能性をこの「AKIYO’s DREAM」で感じてくれる子が1人でも多くいてくれたら良いなと心から願っています。

野口啓代プロフィール

小学5年生の時に家族旅行先のグアムでフリークライミングに出会う。クライミングを初めて1年で全日本ユースを制覇。その後数々の国内外の大会で実績を重ね、2008年ボルダリング ワールドカップで日本人初の優勝。通算4度(2009年、2010年、2014年、2015年)の年間総合優勝という快挙を果たし、ワールドカップ優勝も通算21勝を数える。
自身の集大成、そして競技人生の最後の舞台となった東京2020オリンピックでは銅メダルを獲得。その後、現役を引退しプロフリークライマーとなる。現在は、自身の経験をもとにクライミングの普及に尽力。

『AKIYO’s DREAM with RYUGASAKI』について

応募要項

■エントリー期間:2024年12月25日10:00〜2025年2月28日23:59
(エントリーページは記事最下部に)
※定員になり次第エントリーは終了します。
■エントリー費
11,000円(税込/エントリー時 事前支払い)※スポーツ保険料含む
参加賞:THE NORTH FACE製品を予定

提供元:FINEPLAY

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