熱き血潮を取り戻せ
新生「アルファ・ロメオ・ジュリア」がデビューしてからはや7年。ファンの期待を一身に集めて登場したFRのスポーツセダンは、いまいち下馬評どおりの人気を得ていないようだ。味わい深く走りもいいこのクルマのなにが問題なのか? 古参のアルフィスタが試した。
そんな時代もあったねと
アルファ・ロメオといえば、かつては胸躍るスポーティーカーの代名詞だった。今流に言えば、ちむどんどん。大げさな話ではない。セダンにしろクーペにしろスパイダーにしろ、「アルファ」や「ロメオ」と呼ぶだけでちょっとうれしくなり、一度でもそのステアリングを握った者同士であれば、オーナーでなくとも走りやデザインの魅力について語り合ったものである。………なっつかしーなー!
筆者は1996年、この業界に某自動車雑誌の編集部員として入り込み、クルマ好きとしてちょうど多感な時期に、こうしたアルファの洗礼を受けた。ドイツのツーリングカーレース、DTMに外国勢として単身「155 V6 Ti」で乗り込み、「メルセデス・ベンツ190E 2.5-16 Evo2」をブチ負かして一気に名を上げた、ちょっと後の話である。DTMはFIA格式のITC(国際ツーリングカー選手権)に統合され、それもコストの高騰から程なく終了してしまったが、日本ではまだその余波が残っていたうえ、市販モデルとしては155の後継となる「156」がデビューして大ヒット。さらにはCセグメントでも「145」が「147」に代替わりして、むしろ一般的な人気は加速した。
ちなみに筆者は『GTロマン』(西風著)の影響をモロに受けており、所属編集部の「エンスーさんいらっしゃい!」的な性格もあって、「GT1300ジュニア」という1968年式のクーペを怖いもの知らずで手に入れた。それこそが、“段付き”と呼ばれた初代ジュリアだった。いや正確には、廉価版の“ジュニア”だったけど。そして「やっぱアルファ・ロメオはFRっしょ!」なんて当時のアルフィスタたちに軽くケンカを売りながらも、最終的には肩を組みながらドイツ車をさかなにして、盛り上がっていた。
そんな、本当にマンガみたいな時代があったのだ。だから、今ジュリアを取り巻く状況は、正直かなり物足りない。当のジュリアだって、じくじたる思いだろう。
前作「159」の失敗から旧フィアット(現ステランティス)は一念発起して、アルファ・ロメオの再興を目指した。フェラーリ株を売り、マセラティとの共用パーツを増やし、あの手この手で金策をしてこのジュリアを仕立て上げた。新規で「ジョルジョプラットフォーム」をこしらえて、執念で後輪駆動への回帰を果たしたわけだから。...