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「普通」と「普通じゃない」の境界線は「穴だらけ」 ベルリン国際映画祭金熊賞『アダマン号に乗って』監督インタビュー

 今年2月に開催された「第73回ベルリン国際映画祭」で最高賞の金熊賞を受賞した日仏共同製作によるニコラ・フィリベール監督によるドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』。パリのセーヌ川に浮かぶ精神疾患者のためのデイケアセンター「アダマン」を利用する人たちの日常を淡々と優しいまなざしで見つめていく。この映画は、深刻な心の問題やトラウマを抱えた人々も差別されずにありのままの自分でいられる場所が実在することを世に知らしめるものだ。

ニコラ・フィリベール監督=ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中) (C)ORICON NewS inc.

ニコラ・フィリベール監督=ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中) (C)ORICON NewS inc.

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 4月28日に日本で公開されることにあわせてフィリベール監督が4年ぶりに来日し、ORICON NEWSのインタビューに応じた。

 フィリベール監督は、1978年『指導者の声』でデビュー。自然や人物を題材にした作品を次々に発表し、『パリ・ルーヴル美術館の秘密』(90年)、『音のない世界で』(92年)で国際的な名声を獲得。『ぼくの好きな先生』(2002年)が、カンヌ国際映画祭ヨーロピアン・フィルム・アワード最優秀ドキュメンタリー賞をはじめ、多くの賞に輝き、興行的にも大ヒットを記録して世界的な地位を確立する。多様性が叫ばれるずっと以前から、社会的マイノリティーとされる存在や価値が共存することを捉え続けてきた。

■ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞

ベルリン国際映画祭授賞式にて=ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中)

ベルリン国際映画祭授賞式にて=ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中)

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 本作を制作するきっかけは、1996年公開の『すべての些細な事柄』で撮影した、フランスにある独特の治療法で知られる精神科クリニックの臨床心理学者で精神分析医のリンダ・ドゥ・ジッテールさんが「アダマン」創設に携わっていた縁で、その存在を知ったことから始まる。

 「アダマン」は、パリ中央精神科医療グループの一部として、2010年7月にオープン。音楽、絵画、ダンスなど創造的な活動を通じて社会と再びつながりを持てるようサポートしていく施設だ。毎日通う患者もいれば、時々、定期的あるいは不定期にしか来ない患者もいる。年代も社会的背景もさまざまだ。決まったルールは特になく、毎週月曜の朝にスタッフと患者たちの間で行われるミーティングによって、さまざまな活動が決められる。スタッフも私服なので、ぱっと見た印象では患者たちと区別がつかないところもユニーク。

 そんな「アダマン」の日常を捉えた本作が、ベルリン国際映画祭で最高賞を受賞。ドキュメンタリー映画が金熊賞を受賞するのは、同映画祭の長い歴史においても2度目という快挙だ。

 受賞時、フィリベール監督は「受賞以前に作品がノミネートされたことがうれしかったです。今まで参加はしていても、ノミネートされたことはありませんでした。金熊賞受賞は予期していなかったので、本当に驚きました。自分にとっても、作品にとってもいいことだと思っています。作品が今後、精神医療に与える影響にも期待しています。精神医療の世界は今、苦しみの中にあるので、少しでも人間的な精神医療にスポットライトが当たってくれればうれしいです」と、語っていた。

 今回、ベルリン国際映画祭のコンペティション部門の審査員長を務めたのは、映画『スペンサー ダイアナの決意』(2021年)でダイアナ元皇太子妃を演じたクリステン・スチュワート。彼女が授賞式で「本年度の金熊賞をこの作品に贈るのは光栄です」とコメントしていたことについて、フィリベール監督は次のように受け取ったという。

 「僕は審査員じゃないから、彼らの気持ちを代弁することはできないけれど、クリステン・スチュワートさんのスピーチを聞いて思ったのは、きっと審査員全員が、この作品に強い衝撃を受けたんじゃないか、と。ドキュメンタリーとはこういうものだという皆さんの固定観念を根底から覆すような衝撃。ほかのフィクション作品とは違う、何か特別な個性というか、独創性といったものも感じ取ってくれたのではないでしょうか。

 映画というのは、タイミングに左右されることもあります。時代の要請に合致して大成功することもあれば、6ヶ月時期がずれただけで興行的に苦戦するということは往々にしてあることです。そういう意味では、今回は幸運だったんじゃないかと思います。世界がコロナ禍からようやく脱しようとしている今だから、ということも大きいかもしれないです。世界中の人たちが人と会えない、触れ合えないという苦しい経験を共にして、実は心を病む人もかなり増加したんですよね。そういった背景からもこの映画から何か感じてもらえたのかもしれない」

■男性患者が歌う「人間爆弾」のインパクト

ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中)メイキング写真 (C)Jean-Michel Sicot

ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中)メイキング写真 (C)Jean-Michel Sicot

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 本作の撮影もコロナの影響を受け、結果的に2021年5月から11月までの7ヶ月間と、22年初頭の数日間で行った。患者たちの邪魔にならないように最大で監督を含めて4人(サウンドエンジニア、カメラアシスタント、インターン)、半分は監督1人で撮影を行ったという。集めた映像素材は100時間強。その中から冒頭に持ってきたのは、1人の男性患者が歌を披露する映像だった。

 歌うのは、フランスで1976年から1986年に活動していた人気ロックバンド・テレフォンの最大のヒット曲「La bombe humaine(人間爆弾)」。「自分を手放すべきじゃない、絶対にダメだ」。魂が込められた力強い歌声に、その場にいる人々だけでなく、映画を観ている者も引き込まれる。本作を象徴するような、アダマンに集まる人々の気持ちを代弁しているかのようなこのシーンはどのように撮影されたのか。

左が「人間爆弾」を歌ったフランソワ=ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中) (C)TS Productions, France 3 Cinema, Longride - 2022

左が「人間爆弾」を歌ったフランソワ=ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中) (C)TS Productions, France 3 Cinema, Longride - 2022

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 「アダマンでは、いろいろな活動を自分たちで相談して決めていくのですが、ピアノが置いてあるカフェで、月に1回、誰か1人あるいはグループでライブを開こうということになったんです。その催しの第1回の出演者が彼。名前はフランソワ。ロックが大好きだと言っていました。病院を退院したばかりでしたが、トップバッターということで、ギターを弾くケアスタッフの人とリハーサルもして、とても気合が入っていました。そして、僕は、彼の歌を聞いて、本当に圧倒され、映画の冒頭にしようと決めました。

 まず、『人間爆弾』の歌詞が精神科医療とすごく共鳴し合うものだと思ったんです。さらに、フランソワの歌詞を体現するような歌い方に感動しました。その場には『人間爆弾』を知ってる人もいたけれど、こんなにも身につまされる形で聞いたのは初めてだ、と。アダマンにふさわしい歌だったことに気づいて驚いた、と言ってました」

ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中) (C)TS Productions, France 3 Cinema, Longride - 2022

ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中) (C)TS Productions, France 3 Cinema, Longride - 2022

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 「アダマン」のそれぞれの違いを認めて、自分にも他人にも何も押し付けず、自由な気持ちでいられる場所づくりが成功している姿は、まさに「奇跡」。入院や通院が必要なほどの症状ではないにしても、心の問題やトラウマと折り合いをつけながらなんとか“普通”に暮らしている人の方が世の中には多くいる。そういった人たちにも“希望”をもたらしてくれるのではないだろうか。

 「この映画はまさにそのことを語ってます。いわゆるですよ、いわゆる普通の人、いわゆる普通でない人の、いわゆる境界線というのは、これは境界線があると我々は一応言っていますが、それが本当にあるのかさえも怪しい。その境界線は固い壁のようなものでできているのではなく、穴だらけで、その穴から今日はこちら側にいるけど、ちょっとしたことであちら側に行くこともある。そういうあいまいなものなのではないか、ということに気づいてもらえたらうれしいです」

ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』(公開中) (C)TS Productions, France 3 Cinema, Longride - 2022

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 ドキュメンタリー映画『アダマン号に乗って』は、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開中。

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