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加瀬亮、激変するエンタメ業界でも貫く“映画役者”としてのリアル「お芝居は“ウソ”を付くことではない」

“悲しかったら悲しい顔で「悲しい」”記号的で説明的な芝居に「乗っかれなかった」そのワケ

――ところで、2011年のインタビューでは「映画の仕事を続けていくことが目標です。10 年以上続けているものが、僕には映画しかないので」とおっしゃっていました。現在では 海外製作の作品にも数多く出演され、順調にキャリアを重ねている印象ですが、映画俳優としてご自身のスタンスに葛藤や壁を感じたことはありましたか?

加瀬亮それは何度もありますね。その中でも一つ大きな混乱が起きたのは、韓国のホン・サンス監督と仕事をした後です(『自由が丘で』/2014年)。ホン・サンス監督とは演技や映画に対する考え方がすごく一致したんです。なので驚くくらい気持ちの良い現場でした。だからなのか、その当時、共演者の方々から「気をつけろよ」と言われていました。要するにホン監督の独自の現場のやり方が自身のスタンダードになってしまうと、他の現場ができなくなるぞ、やりにくくなるぞ、と。見事にそれに陥りまして。現場が変われば監督も変わるわけですから、映画や演技への捉え方も変わるわけですが、他の現場へ行っても違和感が何年も抜けませんでした。

――何年も!? ちなみに、その加瀬さんの「演技に対する考え方」とはどのようなものだったのでしょうか。

加瀬亮簡単に言えば、嘘がないようにということですかね。とても正直にやることといいますか。別の言い方をすれば、演技しないでどう演技をするのか、そんなようなことを今でもずっと模索してるのかもしれません。もちろんこれはそれぞれが画面を通して人の何を見ているのか、または見たいのか、または感じているのか、という感性の話なのでこちらの一意見に過ぎないのですが、自分はきっとその人の内側が何と繋がって、どういうことが滲み出てくるのか、そういうことにすごく興味ひかれるのだと思います。

――日本は割とテンションを上げて「よーい、はい!」と入る感じはあります。

加瀬亮緊張や気合を入れていくやり方ですよね。それはそれで一つのやり方なのだと思うのですが、ただ、その場合演じる方は、綱の上を渡る時のような、緊張=リラックスという状態が作れないと、とは思いますね。そうしないと、内面から無意識に立ち上がってくるものはとても繊細なので、緊張だけだとそれがブロックされてしまったり消えたりしてしまうと思うんですよね。または内面からは何も立ち上がっていなのに、そう見せるような無理な嘘をつくようになってしまいますね。
――確かに記号的なお芝居はよく見られますね。そうした中ではお芝居がしづらい?

加瀬亮いえ、そんなことはないです。ただ演技って一人でやるものじゃないですし、脚本家、監督、スタッフ、共演者がいて、皆で何をカメラで捉えようとしているか、何を観客に見てもらおうとしているのか、その共有意識や信頼関係がないと、心に触れていくようなものは生まれにくいとは思うんですよね。僕自身は記号的で、ただ意味だけ分かればいいんだ、というような、そういう乱暴なところはあまり目指したくないと思ってしまいますね。でも興行収入を上げたいという大人の事情もわかりますが...。

――急に俗な話に(笑)。

加瀬亮どんどんコンテンツを作り続けなければならないこともわかりますし、それぞれの立場や事情について理解はしているんです。スマホやサブスクなどの発展で、メディアやコンテンツが増えたことで、相対的にドラマや映画自体の価値が落ちた、集中してみなくなった、という観られ方をされることもあるのかもしれませんが、ただわかりやすければいいという記号的で説明的な演技はどうなのでしょうね。悲しかったら悲しい顔でセリフまで「悲しい」というような。それにはあまり乗っかれないところがありますね。

――それはなぜでしょうか。

加瀬亮わかりやすい説明で済むのなら特に映像にする必要も芝居にする必要もないですよね? それだけですと何かとても大事なところが欠けてしまっているような気がします。理屈だけで身体や心の自然がないような感じといいますか。有機的なところが欠落しているような。ここ何年かそのように加速していく時代に対し、自分はどこか減速して少し静観していたいという思いがありました。もう少しだけ丁寧にやりたいと言いますか。またSNS社会になったこともあると思うのですが、何か計算に基づいた建前のようなものばかりが横行して、みんな本音や自然を隠すようになっていったように思うんです。本当はもっと正直でそのままでいたいけどこっちの方が社会に受け入れられる、または受けるからと。人の「本音」がますます見えにくくなった気がします。そして、そういう中で周りに合わせてばかりいくと自分が本当に何を好きなのか、何をしたいのか、どう生きたいのかとか、そういうことまでも見失ってしまうんじゃないかという危惧はありますね。

――なるほど。「本音」と「正直」。加瀬さんがスクリーンでありのまま立たれているその印象の理由がわかった気がします。

加瀬亮映画の宣伝に話を戻しますが(笑)、戦国武将たちも時代を経て、尾ひれがついてどんどんヒーロー化していきました。本来、裏切りと暴力の世界の人々がすごく優しい人になっちゃって、ついには「仲間」とか言い出したりする(笑)。そういうのももちろんあっていいのですが、自分は今、もう少し人の本音を感じられるものが観たい気分でした。たまたま今回はそれが残虐さや愚かさということになってしまいましたが(笑)。北野武監督の最新作、映画『首』、楽しんでいただけたらと願っています。
(取材・文/衣輪晋一)

映画『首』

 天下統一を掲げる織田信長(加瀬亮)は、毛利軍、武田軍、上杉軍、京都の寺社勢力と激しい戦いを繰り広げていたが、その最中、信長の家臣・荒木村重(遠藤憲一)が反乱を起こし、姿を消す。信長は明智光秀(西島秀俊)、羽柴秀吉(ビートたけし)ら家臣を一堂に集め、自身の跡目相続を餌に村重の捜索を命じる。

「働き次第で俺の跡目を指名する。いいか、荒木一族全員の首を斬ってしまえ!ただし、村重だけは殺すな。俺の前に必ず連れてこい!」

 信長への愛憎入り乱れた感情を抱きながら、ついに信長の“首”を獲る決意を固めた光秀。
一方、秀吉は家康を巻き込みながら天下取りのために奔走する。

 武将たちの野望、芸人と百姓の野望、それぞれの野望が“本能寺”に向かって動き出す。
果たして、この“首”の価値は如何に?

【監督・脚本・編集】北野武
【出演】ビートたけし、西島秀俊、加瀬亮、中村獅童、木村祐一、遠藤憲一、勝村政信、寺島進、桐谷健太、浅野忠信、大森南朋、六平直政、大竹まこと、津田寛治、荒川良々、寛一郎、副島淳、小林薫、岸部一徳
【原作】北野武『首』(角川文庫/KADOKAWA刊)
公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/kubi/

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