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DJの母から受けた英才教育 KEITAのルーツ「ブラックミュージック」3選+α

w-inds.のボーカリストで、ソロアーティストKEITAとしても活動する橘慶太さん。シンガー/パフォーマーとしてはもちろんのこと、作詞、作曲、トラックメイカー、エンジニアとしても才能を発揮するKEITAさんの音楽的ルーツをさかのぼると、地元・福岡では有名なDJのお母さんの影響を強く受けているそうです。そんなお母さんから、幼少期にブラックミュージックのミックステープを渡されたり、レジェンド級アーティストのライブに連れて行ってもらうなど音楽の“英才教育”を受けてきたKEITAさん。自身の体に染み込んでいるという「ブラックミュージック」について、熱く語ってもらいました。

撮影:田中達晃/Pash 取材・文:森朋之

ファルセットが強いのは歌マネのおかげ!?

――音楽的なルーツはブラックミュージックだそうですね。
KEITAはい。母親が地元・福岡のディスコやラジオでDJをやっていたこともあって、1970〜80年代のブラックミュージックやディスコミュージック、たとえばアース・ウインド&ファイアー(Earth, Wind & Fire、以下EW&F)、シック(Chic)、チャカ・カーン、ジャネイ(Zhane)などの曲を入れたミックステープを子どもの頃に渡されまして。今だから正直に言いますけど、強制的に聴かされていました(笑)。「この音楽しか聴いちゃダメ」という感じで。

アース・ウインド&ファイアー『After The Love Has Gone』 1979年

KEITAなんのことかわからないまま聴いているうちに、小学2年くらいで「♪After The Love Has Gone〜」(EW&F『After The Love Has Gone』 1979年)って、ずっとマネして歌っていたんですよね。ずっと聴いていたら、そりゃあ好きになりますよ。

――いちばん好きなのはEW&Fですか?
KEITAそうですね。母がライブにもよく連れて行ってくれて、小学生のときに福岡のブルーノートでフィリップ・ベイリー(EW&Fのボーカル)を観たんです。ずっとアースを聴いていたから、めっちゃ盛り上がって一緒に歌っていたら、ライブが終わった後、僕のところまで来てくれて、サインをくれたんです。「めっちゃいい人!」と思って、そのときからアースがいちばん好きですね。自分のファルセットが強いのは、フィリップ・ベイリーのファルセットのマネをしていたおかげかなと思うほど、ずっとマネしていました。

いま思い出しましたけど、そのときのライブ中、停電したんです。楽器の音が全部止まってしまったんですけど、フィリップがアカペラで歌い始めて、それがもうめちゃくちゃカッコよくて。その後も何回かライブを観ていて、モーリス・ホワイト(EW&Fのボーカル、2016年死去)がEW&Fとして参加した最後の来日公演(2004年9月)は、母親を誘って一緒に観に行きました。

――幼少期に聴いていた音楽やレジェンド級のアーティストのライブはおそらく、アーティストとしてのDNAになっていますよね。
KEITAそうですね。たとえばブラスのアレンジにしても、アースの積み方が染みついています。シックのギタリスト、ナイル・ロジャースのギターのカッティングも大好き。『Good Times』(1979年)は数え切れないほど聴いて、いまでもギターを弾けます。ナイル・ロジャースと同じ白のフェンダーを買って、ギターの練習もやってたんです。まあ、「大事なのはギターじゃなくて、腕だな」と気づきましたけど(笑)。

シック『Good Times』 1979年

KEITAダフト・パンクの『Get Lucky』(2013年)にファレル・ウィリアムスとナイル・ロジャースが参加したときも、めっちゃテンション上がりました。あの曲のギターは、マネしようと思わないくらい難しいんですけどね。

歌に関しては、シェリル・リンの声が大好きです。『Got To Be Real』(1978年)のサビはめちゃくちゃ高いんですけど、それも子どものころに延々とマネして歌っていました。

シェリル・リン『Got to Be Real: Best of インポート』Sony、1996年

シェリル・リン『Got to Be Real: Best of インポート』Sony、1996年

母はしてやったり? アイドル時代もEW&Fをカバー

――ブラックミュージックがシンガーとしての下地になっているんですね。
KEITAホントにそうですね。母はしてやったりと思っているでしょうね(笑)。w-inds.で19年前の2001年にデビューして、2回目のライブでも『After The Love Has Gone』をカバーしたんですよ。当時は16歳でスーパーキラキラした“どアイドル”で、お客さんは同世代の女の子ばかりのなか、アースの曲をカバーするって渋すぎるだろ、と今では思いますけど(笑)。

カバーを1人1曲ずつ歌うとなったときに、ずっと歌ってきた曲だし、ライブでも聴いてもらいたかったので選んだんですよね。スタッフにはアース世代の方が多かったし、「いいセレクトだね」という感じでしたけど、ファンはシーンとしてたかも(笑)。ただ、あの曲も高音がすごいから、「そんな高い声が出せるんだ? すごい!」というところに持っていけて。ずっとマネしていてよかったです。

――先ほど話に出ていた『Get Lucky』もそうですし、『Uptown Funk』(マーク・ロンソンfeat.ブルーノ・マーズ 2014年)もそうですが、2010年代には1970〜80年代のブラックミュージックのテイストを取り入れた曲が次々とヒットしています。この状況についてはどう感じますか?
KEITAうれしいですね。僕は「懐かしい」と思っちゃうんですけど、僕と同世代やもっと若い世代には新しく感じるだろうし、当時の音楽が戻ってきているのはすごくいいなって。タキシード(Tuxedo)もそういうテイストを感じるし、ザ・チェインスモーカーズ(The Chainsmokers)やディアブロ(Don Diablo)にも、昔のブラックミュージックっぽいベースラインの曲があるんですよ。

ただ、全体的にはトラップミュージック(1990年代からアメリカ南部で成長し始めた音楽ジャンルの一種。連続するスネアと電子音、重低音のベースが特徴で、ヒップホップのトラックで流行するようになった)が根強いですけどね。アリアナ・グランデやジャスティン・ビーバーはトラップのトラックを使ったポップスをやっているし、流行りを超えてスタンダードなスタイルになりつつあると思います。

――さすが、めちゃくちゃ分析してますね。いろいろな音楽を聴いていると思いますが、アナログレコードを集めたりもしているんですか?
KEITA実家にあった母のレコードをもらったので、レコードはたくさん持っているんですが、自分では集めていないですね。曲を作ったり、チャレンジしたいことがあふれているので、なるべく制作に使える時間を増やしたくて。普段はサブスクなどで聴くことが多いですが、スピーカーにはこだわっているので、わりと良い音ですよ(笑)。

いつかお礼を……山下達郎の“金言”

  • 山下達郎『LOVE CAN GO THE DISTANCE』ワーナーミュージック・ジャパン、1999年

    山下達郎『LOVE CAN GO THE DISTANCE』ワーナーミュージック・ジャパン、1999年

――ちなみに、日本のアーティストの楽曲は聴いてなかったんですか?
KEITA母は「J-POPは聴かないで。アニメソングもダメ」という人だったんです(笑)。小学校では『ドラゴンボール』の主題歌を歌ったほうが人気者になれるから、聴きたかったんですけどね。

ただ、聴くのを許してくれた日本のアーティストが何人かいて、その一人が山下達郎さんだったんです。『LOVE CAN GO THE DISTANCE』(1999年)はめちゃくちゃよく聴きましたし、歌いました。

僕は記憶がないんですけど、3〜4歳の頃に達郎さんのライブに連れて行ってもらったとき、MCで僕が泣きわめいてしまったらしいんです。警備員が連れ出そうとしたら、達郎さんが「連れ出さなくていい。こういう子どもが僕の音楽を聴いて、未来の音楽を作っていくんだから」と母に言ってくれたそうなんです。

いつかそのお礼を言えたらと思っているんですけど、一度だけお見かけしたときも緊張のあまり言えなかったですね。

――お母さんとは今でも音楽の話をするんですか?
KEITAしますね。昔の曲の話もするし、母は新しい音楽も聴いてるので。子どもの頃からいい音楽を聴かせてもらったことには、本当に感謝ですね。僕はリズムオタクなんですけど、当時のブラックミュージックは歌のグルーヴがすごいし、リズムのアレンジ、楽器の音作りなど、学んだことがたくさんあって。そういう音楽を小さい頃から聴いて、体に染みついているのはすごく大きいです。

全工程1人で完成させた4年ぶりソロアルバム

  • KEITA『inK(初回盤)』ポニーキャニオン、発売中

    KEITA『inK(初回盤)』ポニーキャニオン、発売中

――そうしたルーツを経て、4年ぶりとなるKEITA名義のソロアルバム『inK』(3月25日発売)は、2019年に発表された配信シングル12曲、新曲2曲という構成ですね。
KEITAはい。2019年の1月から12月にかけて「新曲を毎月リリースしよう」と思い立って、2018年12月に最初の曲を作って翌月に出して、それを12ヶ月続けたんです。

他のアーティストへの提供曲やw-inds.の曲を作るときは緻密に考えるんですよ。たとえば「ライブでこういうパフォーマンスをしたいから、それに合う曲を作ろう」とか、w-inds.の場合はメンバーの声に合うトラックも意識します。でも、今回のアルバムに入ってる曲は“無”で、パソコンに向かって、そのときに出てきたものを形にしたんです。自分から染み出たインクみたいなイメージもあったので、このタイトルにしました。

――リスナーに求められていることや音楽シーンのトレンドなども考えず?
KEITAそうですね。しかもストック曲は使っていなくて、すべてそのときに作った曲ばかり。そのほうが面白いものができるかなと思って始めたんですが、w-inds.の曲作りと並行していたので、きつすぎて去年の5月くらいでやめたくなりましたけどね(笑)。その分、12曲やり切ったときは達成感があったし、スキルアップにもつながったと思います。

――海外シーンのテイストも感じさせつつ、KEITAとしての個性も色濃く出ていて。ミックス、マスタリングまで手がけていますが、すべて1人で完結させたのはなぜですか?
KEITAとにかく1回やってみたいと思って。自分のパソコンだけでアルバムを作るのは現代っぽいし、それをメジャーレーベルから出せるのは、今後の音楽業界にとってもいいことではないかなと。

――今年のグラミー賞でフィネアス・オコネル(主要4部門を独占したビリー・アイリッシュの共同制作者で実兄)のスピーチ「僕たちはベッドルームで曲を作っています。今もそこで作っていてそれが許されているんだけど、ベッドルームで曲を作っている子どもたち、あなたも夢が叶いますよ」にも通じる話ですね。
KEITA正にそうですね。あの2人がベッドルームで曲を作っている動画を観たんですが、スピーカーの位置や家具の配置を見ると、「これは絶対、音が良くないだろうな」って思うんですよ。でも、作っている音楽はめちゃくちゃいい。要はセンスなんだなって、ちょっとイヤになりますよね(笑)。

年間300日一緒に遊ぶゲーム仲間・岡崎体育と念願のコラボ

――新曲についても聞かせてください。まずは岡崎体育さんをフィーチャーした『Tokyo Night Fighter feat. 岡崎体育』。
KEITA岡ちゃんとは一昨年に対バンして、それ以来、オンラインゲームをする仲なんです。365日のうち300日くらいは一緒にやってますけど、ゲーム上で「いつか音楽もやりたいね」って話していて。

この曲のトラックができたときに、「自分だけで完成させるのは何か違うな」と思ったんですよね。僕はスタイリッシュな音楽を追求してきたんですけど、この曲には岡ちゃんのエンターテインメント性が合うと思ったし、その二軸があってこの楽曲が成立するというイメージがわいてきたので、速攻で連絡しました。

岡ちゃんはライブの準備で忙しい時期だったんですけど、快く引き受けてくれて、すごくおもしろい歌詞を書いてくれました。もともと音楽IQが高い人だし、歌の実力もあるんですけど、僕と一緒にやることで新しい岡崎体育の一面を引き出せたんじゃないかなって思います。

――岡崎体育さんも宅録から始まって、いまも基本的に一人で制作していて。KEITAさんと似ているところもありそうですね。
KEITAそうですね。僕が行きつけの機材屋さんを紹介して一緒にパソコンを買いに行ったこともありました。速攻でいろいろ買っていましたよ(笑)

母への感謝の想いを歌に

――そして、もう1曲『Someday』は鍵盤と歌を軸にしたバラード。
KEITAこの曲はテーマを募集して作ったんです。インスタライブをやったときに「アルバムを作ってるんだけど、どんな曲を歌ってほしい?」と、その場で募集して。その中で「バラード」「お母さんへの感謝の歌」というリクエストがあったんです。
――母親への感謝を綴った歌詞はレアですね。
KEITA恥ずかしくて自分から思いついて書いたりはできないですからね。母も音楽の道を目指していたから、僕に対していろいろなものを“かけて”くれたんですよね。いろんな音楽を聴かせてくれて、練習もさせてくれて、僕がすねないように好きなゲームも買ってくれて。

それほど裕福ではなかったし、今は「無理して買ってくれたんだろうな」とわかるけど、当時は全然わかっていなくて。自分のつまらない欲望やわがままで両親に大変な思いをさせてしまったなって……。いつか謝りたかったので、こういう曲ができてよかったです。

――お母さんには聴いてもらったんですか?
KEITA曲を作っていることは伝えたんですが、渡すのは恥ずかしくて。アルバムがリリースされてから聴いてもらえたらなと。「新曲」としか伝えてないから、『Tokyo Night Fighter』を聴いて、「これが母親に向けた曲?」と思われたら困りますけどね(笑)。

――最後に。慶太さんにとって、ブラックミュージックとは?
KEITA“心が躍る音楽”ですね。身体が動いてなかったとしても、胸が高鳴って、心拍数が上がって、高揚する。ブラックミュージックはそういう音楽だと思います。

プロフィール
KEITA/橘慶太(たちばな・けいた)
1985年12月16日生まれ、福岡県出身。w-inds.のメインボーカリストとして、2001年にシングル『Forever Memories』でデビュー。日本のみならず、アジア各国で数々の賞を受賞してきた。KEITAソロ名義では、13年に1stシングル『Slide'n'Step』をリリースし、アルバム『SIDE BY SIDE』(13年)、『FRAGMENTS』(15年)を発表。自身の作品のセルフプロデュース以外にも、エンジニアとしてコラボレーションするなど活動は多岐に渡っている。3月25日には4年3ヶ月ぶりとなるKEITA名義のソロアルバム『inK』をリリース。
KEITA MUSIC SERVICE / OFFICIAL SNS(外部サイト)
この記事について
この記事は、LINE初の総合エンタメメディア「Fanthology!」とオリコンNewSの共同企画です。(3月24日掲載
俳優・歌手・芸人・タレントらの趣味嗜好を深堀りしつつ、ファンの「好き」を応援。今後、さらに気になる人の「これまで」と「これから」をお届けしていきます。

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