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今月17日に心筋梗塞のため76歳で亡くなった作詞家・吉岡治さんの通夜が24日、東京・築地本願寺にてしめやかに営まれ、およそ500人が参列した。吉岡さんが生前、詞を提供した演歌歌手らも多数焼香に訪れ、「一筋の道」をテーマにした祭壇に飾られた遺影(2006年夏撮影)に手を合わせた。以下は主な参列者のコメント。
「吉岡治」さんのプロフィール、活動経歴一覧表
五木ひろし
「「細雪」という歌を書いてもらって、その歌が僕にとって初めてといってもいいくらいの女性が主人公となる歌だった。先生は、ほとんど女性を主人公にして作り上げるから、それを男が歌うことを演歌界の中で僕は“艶歌”って表現していました。寂しさを感じるのと同時に、確かに歌い続けていくことが先生に対する恩返しかなと思う」
大川栄策
「初めてお会いして『ぜひ僕のために書いてください』と先生を直接口説いた。(その頃は)僕がゴルフを習いたてでずいぶんと先生に教わった。何でも突き詰めてなさる先生で、毎回クラブが違うような。女性(の詞)を書かせたら天下一品。言葉の切れ味というか、歌い手が歌いやすいように書いてくださった」
島倉千代子
「「鳳仙花」という島倉の歌は、(自身が)2度と歌っていけないんじゃないか、島倉千代子は生きていけないんじゃないか、という時に先生に書いてもらいました。「鳳仙花」という歌がなかったら、今島倉千代子はここに立っているのかな・・・色んなことがありましたから。先生には、私にはもう歌しかないので頑張ります、ゆっくり休んで見ててくださいと。大事に歌います」
瀬川瑛子
「公演中に訃報をお聞きしました。私は「命くれない」という曲で皆さんに知ってもらったので・・・ありがとうございますと(伝えた)。もっとお元気でいてもらいたかった。自分の思いも含めて、これからも歌い続けていきたいと思います」
五木ひろし|瀬川瑛子|大川栄策|島倉千代子
今月17日に心筋梗塞のため76歳で亡くなった作詞家・吉岡治さんの通夜が24日、東京・築地本願寺にてしめやかに営まれ、およそ500人が参列した。吉岡さんが生前、詞を提供した演歌歌手らも多数焼香に訪れ、「一筋の道」をテーマにした祭壇に飾られた遺影(2006年夏撮影)に手を合わせた。以下は主な参列者のコメント。
「吉岡治」さんのプロフィール、活動経歴一覧表
五木ひろし
「「細雪」という歌を書いてもらって、その歌が僕にとって初めてといってもいいくらいの女性が主人公となる歌だった。先生は、ほとんど女性を主人公にして作り上げるから、それを男が歌うことを演歌界の中で僕は“艶歌”って表現していました。寂しさを感じるのと同時に、確かに歌い続けていくことが先生に対する恩返しかなと思う」
大川栄策
「初めてお会いして『ぜひ僕のために書いてください』と先生を直接口説いた。(その頃は)僕がゴルフを習いたてでずいぶんと先生に教わった。何でも突き詰めてなさる先生で、毎回クラブが違うような。女性(の詞)を書かせたら天下一品。言葉の切れ味というか、歌い手が歌いやすいように書いてくださった」
島倉千代子
「「鳳仙花」という島倉の歌は、(自身が)2度と歌っていけないんじゃないか、島倉千代子は生きていけないんじゃないか、という時に先生に書いてもらいました。「鳳仙花」という歌がなかったら、今島倉千代子はここに立っているのかな・・・色んなことがありましたから。先生には、私にはもう歌しかないので頑張ります、ゆっくり休んで見ててくださいと。大事に歌います」
瀬川瑛子
「公演中に訃報をお聞きしました。私は「命くれない」という曲で皆さんに知ってもらったので・・・ありがとうございますと(伝えた)。もっとお元気でいてもらいたかった。自分の思いも含めて、これからも歌い続けていきたいと思います」
五木ひろし|瀬川瑛子|大川栄策|島倉千代子
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2010/05/24