漫画『ドラゴンボール』作者で知られる漫画家・鳥山明さんが1日に、死去した。68歳。『ドラゴンボール』の公式サイトで8日に発表された。これを受け、漫画を連載していた集英社『週刊少年ジャンプ』編集部、アニメ『ドラゴンボール』を制作している東映アニメーション、漫画家仲間たちが追悼しながら、鳥山さんが業界に与えた功績を伝えた。
鳥山さんは1978年に『ワンダーアイランド』でデビュー。その後、『週刊少年ジャンプ』で『Dr.スランプ』、『ドラゴンボール』などの人気作品を世に送り出してきた。特に1984年に連載をスタートさせた『ドラゴンボール』は世界的な人気となり、アニメ化、実写化などされ、今もなお愛され続けている。
また、漫画のほか、また、ゲームの『ドラゴンクエスト』シリーズや『クロノ・トリガー』のキャラクターデザインを手掛けた。
■ジャンプ編集部 コメント全文
ジャンプ誌上でたくさんの作品を発表された鳥山明先生が逝去されました。
突然の訃報に、集英社・編集部一同大きな悲しみに包まれております。
『Dr.スランプ』『DRAGON BALL』『SAND LAND』...先生が描かれた漫画は、国境を越え世界中で読まれ、愛されてきました。
また、先生が生み出された魅力あふれるキャラクターたちと、その圧倒的なデザインセンスは、数多くの漫画家・クリエイターに大きな影響を与えてきました。
先生の偉大なご功績を讃え、感謝の意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
週刊少年ジャンプ編集部 Vジャンプ編集部
ジャンプSQ.編集部 最強ジャンプ編集部
少年ジャンプ+編集部
■東映アニメーション コメント全文
鳥山先生のご逝去に接し、誠に残念でなりません。
謹んでお悔やみ申し上げます。
弊社には『Dr.スランプ アラレちゃん』や『ドラゴンボール』シリーズなどの名作に携わった、
鳥山先生を尊敬するスタッフがたくさんおり、製作に関してもご指導いただき、誠に感謝しております。
東映アニメーションは世界中に愛される先生の作品をアニメ化することができ、 大変光栄でございました。
先生のご冥福をお祈り申し上げます。
東映アニメーション
■堀井雄二コメント
本当に、あまりに突然な鳥山さんの訃報で、まだ信じられない気持ちでいっぱいです。
鳥山さんとは、ボクが少年ジャンプのライターをやっていた頃からの知り合いで、担当編集者の鳥嶋さんの勧めもあり、ドラゴンクエストを立ち上げる時に、彼にゲームの絵を頼むことにしました。
あれから37年余り、登場人物のキャラクターデザイン、モンスターデザイン、とても数えきれないほどの魅力的なキャラを描いていただきました。
ドラゴンクエストの歴史は、鳥山さんのキャラデザインとともにありました。
鳥山さん、故すぎやま先生は、ドラゴンクエストを長きに渡って作ってきた仲間でした。
亡くなってしまうなんて‥‥。
これ以上、なんて言えばいいのか言葉になりません。本当に、本当に、残念です。
ドラゴンクエストゲームデザイナー 堀井雄二
■尾田栄一郎コメント
あまりに早すぎます。
空いた穴があまりに大きすぎます。
もう二度と会えないと思うと、悲しみが押し寄せてきます。
子供の頃から憧れすぎていて
初めて名前呼んで貰えた日の事も覚えています。
我々に「友達」という言葉を使ってくれた日の帰り道
岸本さんと盛大にはしゃいだ日も懐かしいです。
最後に交わした会話も覚えています。
漫画なんて読むとバカになるという時代からバトンを受け取り
大人も子供も漫画を読んで楽しむという時代を作った一人でもあり
漫画ってこんな事もできるんだ
世界に行けるんだ、という夢を見せてくれました。
突き進むヒーローを見ているようでした。
漫画家に限らず
あらゆる業界で活躍するクリエイター達の少年時代に
ドラゴンボール連載当時の興奮と感動が根付いているでしょう。
その存在は、大樹です。
同じ舞台に立った僕ら世代の漫画家にとって
鳥山作品は近づく程により大きな存在と気づかされました。
怖いくらいに。
でもまた、飄々としたご本人に会えるとただ嬉しい。
僕らは血液レベルで鳥山先生が大好きだから。
鳥山先生の残された創造性豊かな世界に
敬意と感謝を込めて、心よりご冥福をお祈りいたします。
天国が先生の想い描いた通りの愉快な世界でありますように。
尾田栄一郎
■<岸本斉史先生>
突然のことで何をどう書けばよいのか正直わかりません。
ただ今は鳥山先生にいつか聞いて欲しかった事、想いをお伝えさせて頂きたく思います。
小学生低学年でDr.スランプ、高学年でドラゴンボールとずっと先生の漫画と一緒に育ち、生活の一部で先生の漫画が隣にあるのが当たり前でした。
嫌なことがあっても毎週のドラゴンボールがそれを忘れさせてくれました。何もなかった田舎少年の僕にとってそれは救いでした。
本当にドラゴンボールが楽しすぎたからです!
大学生のときです。突然、僕の生活に長年当たり前にあったそのドラゴンボールが終わりました。
とてつもない喪失感に襲われ何を楽しみにすればいいのか分からなくなりました。
でもそれは同時にドラゴンボールを生み出してくれた先生の偉大さを心から知る事ができるきっかけでもありました。
僕も先生のような作品を作りたい!
先生のようになりたい!
と、先生の後を追いかけるように漫画家を目指すうちにその喪失感もなくなっていきました。
漫画作りが楽しかったからです。
先生を追いかける事で新しい楽しみを見つける事が出来ました。
先生はいつも僕の指針でした。
憧れでした。
先生にはご迷惑かもしれませんが勝手に感謝しています。
僕にとってはまさに救いの神であり、漫画の神様でした。
初めてお会いした時、緊張し過ぎて一言も喋れませんでした。
ですが手塚賞の審査会で何度もお会いするうち話せるようになりました。
ドラゴンボールチルドレンとして尾田さんと2人して子供に戻りまるで競争するかのようにいかにドラゴンボールが面白かったのかをはしゃいで話した時、まんざらでもない様子で少し恥ずかしそうな笑顔をされていたのが忘れられません。
今、先生のご訃報を受けたばかりです。
ドラゴンボールが終わった時以上のとてつもない喪失感に襲われ...
まだこの心の穴にどう対処すればよいのか分かりません。
今は大好きなドラゴンボールも読めません。
先生へお伝えしたいこの文章もまともに書けている気がしません。
世界中の皆んながまだまだ先生の作品を楽しみにしていました。
もし本当にドラゴンボールの願いが1つ叶うなら...すみません...
それはわがままな事なのかもしれませんが、悲しいです先生。
鳥山明先生、45年もの間たくさんの楽しい作品をありがとうございました。
そして本当にお疲れ様でした。
残された家族のみなさまにおかれましては今はまだ深くご傷心のことと思われます。
ご自愛くださいませ。
鳥山明先生の安らかな眠りをお祈り申し上げます。
岸本斉史
鳥山さんは1978年に『ワンダーアイランド』でデビュー。その後、『週刊少年ジャンプ』で『Dr.スランプ』、『ドラゴンボール』などの人気作品を世に送り出してきた。特に1984年に連載をスタートさせた『ドラゴンボール』は世界的な人気となり、アニメ化、実写化などされ、今もなお愛され続けている。
■ジャンプ編集部 コメント全文
ジャンプ誌上でたくさんの作品を発表された鳥山明先生が逝去されました。
突然の訃報に、集英社・編集部一同大きな悲しみに包まれております。
『Dr.スランプ』『DRAGON BALL』『SAND LAND』...先生が描かれた漫画は、国境を越え世界中で読まれ、愛されてきました。
また、先生が生み出された魅力あふれるキャラクターたちと、その圧倒的なデザインセンスは、数多くの漫画家・クリエイターに大きな影響を与えてきました。
先生の偉大なご功績を讃え、感謝の意を表するとともに、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
週刊少年ジャンプ編集部 Vジャンプ編集部
ジャンプSQ.編集部 最強ジャンプ編集部
少年ジャンプ+編集部
■東映アニメーション コメント全文
鳥山先生のご逝去に接し、誠に残念でなりません。
謹んでお悔やみ申し上げます。
弊社には『Dr.スランプ アラレちゃん』や『ドラゴンボール』シリーズなどの名作に携わった、
鳥山先生を尊敬するスタッフがたくさんおり、製作に関してもご指導いただき、誠に感謝しております。
東映アニメーションは世界中に愛される先生の作品をアニメ化することができ、 大変光栄でございました。
先生のご冥福をお祈り申し上げます。
東映アニメーション
■堀井雄二コメント
本当に、あまりに突然な鳥山さんの訃報で、まだ信じられない気持ちでいっぱいです。
鳥山さんとは、ボクが少年ジャンプのライターをやっていた頃からの知り合いで、担当編集者の鳥嶋さんの勧めもあり、ドラゴンクエストを立ち上げる時に、彼にゲームの絵を頼むことにしました。
あれから37年余り、登場人物のキャラクターデザイン、モンスターデザイン、とても数えきれないほどの魅力的なキャラを描いていただきました。
ドラゴンクエストの歴史は、鳥山さんのキャラデザインとともにありました。
鳥山さん、故すぎやま先生は、ドラゴンクエストを長きに渡って作ってきた仲間でした。
亡くなってしまうなんて‥‥。
これ以上、なんて言えばいいのか言葉になりません。本当に、本当に、残念です。
ドラゴンクエストゲームデザイナー 堀井雄二
■尾田栄一郎コメント
あまりに早すぎます。
空いた穴があまりに大きすぎます。
もう二度と会えないと思うと、悲しみが押し寄せてきます。
子供の頃から憧れすぎていて
初めて名前呼んで貰えた日の事も覚えています。
我々に「友達」という言葉を使ってくれた日の帰り道
岸本さんと盛大にはしゃいだ日も懐かしいです。
最後に交わした会話も覚えています。
漫画なんて読むとバカになるという時代からバトンを受け取り
大人も子供も漫画を読んで楽しむという時代を作った一人でもあり
漫画ってこんな事もできるんだ
世界に行けるんだ、という夢を見せてくれました。
突き進むヒーローを見ているようでした。
漫画家に限らず
あらゆる業界で活躍するクリエイター達の少年時代に
ドラゴンボール連載当時の興奮と感動が根付いているでしょう。
その存在は、大樹です。
同じ舞台に立った僕ら世代の漫画家にとって
鳥山作品は近づく程により大きな存在と気づかされました。
怖いくらいに。
でもまた、飄々としたご本人に会えるとただ嬉しい。
僕らは血液レベルで鳥山先生が大好きだから。
鳥山先生の残された創造性豊かな世界に
敬意と感謝を込めて、心よりご冥福をお祈りいたします。
天国が先生の想い描いた通りの愉快な世界でありますように。
尾田栄一郎
■<岸本斉史先生>
突然のことで何をどう書けばよいのか正直わかりません。
ただ今は鳥山先生にいつか聞いて欲しかった事、想いをお伝えさせて頂きたく思います。
小学生低学年でDr.スランプ、高学年でドラゴンボールとずっと先生の漫画と一緒に育ち、生活の一部で先生の漫画が隣にあるのが当たり前でした。
嫌なことがあっても毎週のドラゴンボールがそれを忘れさせてくれました。何もなかった田舎少年の僕にとってそれは救いでした。
本当にドラゴンボールが楽しすぎたからです!
大学生のときです。突然、僕の生活に長年当たり前にあったそのドラゴンボールが終わりました。
とてつもない喪失感に襲われ何を楽しみにすればいいのか分からなくなりました。
でもそれは同時にドラゴンボールを生み出してくれた先生の偉大さを心から知る事ができるきっかけでもありました。
僕も先生のような作品を作りたい!
先生のようになりたい!
と、先生の後を追いかけるように漫画家を目指すうちにその喪失感もなくなっていきました。
漫画作りが楽しかったからです。
先生を追いかける事で新しい楽しみを見つける事が出来ました。
先生はいつも僕の指針でした。
憧れでした。
先生にはご迷惑かもしれませんが勝手に感謝しています。
僕にとってはまさに救いの神であり、漫画の神様でした。
初めてお会いした時、緊張し過ぎて一言も喋れませんでした。
ですが手塚賞の審査会で何度もお会いするうち話せるようになりました。
ドラゴンボールチルドレンとして尾田さんと2人して子供に戻りまるで競争するかのようにいかにドラゴンボールが面白かったのかをはしゃいで話した時、まんざらでもない様子で少し恥ずかしそうな笑顔をされていたのが忘れられません。
今、先生のご訃報を受けたばかりです。
ドラゴンボールが終わった時以上のとてつもない喪失感に襲われ...
まだこの心の穴にどう対処すればよいのか分かりません。
今は大好きなドラゴンボールも読めません。
先生へお伝えしたいこの文章もまともに書けている気がしません。
世界中の皆んながまだまだ先生の作品を楽しみにしていました。
もし本当にドラゴンボールの願いが1つ叶うなら...すみません...
それはわがままな事なのかもしれませんが、悲しいです先生。
鳥山明先生、45年もの間たくさんの楽しい作品をありがとうございました。
そして本当にお疲れ様でした。
残された家族のみなさまにおかれましては今はまだ深くご傷心のことと思われます。
ご自愛くださいませ。
鳥山明先生の安らかな眠りをお祈り申し上げます。
岸本斉史
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2024/03/08