ロックバンド・X JAPANのベーシスト、HEATH(本名:森江博)さんが、大腸がんのため亡くなっていたことが11日、HEATHさんの公式サイトで伝えられた。55歳。訃報を受けXJAPANのリーダーYOSHIKIが追悼コメントを発表した。
「まだ気持ちの整理がつかず、どう言葉にすればいいのかわかりません。YOSHIKIとしてのコメント、そしてXJAPANのリーダーとしてのコメントをどのように区別すれば良いのかもわかりません」と、つらい胸中を明かしたYOSHIKI。続けて、HEATHさんとの数々の思い出を振り返った。
「YOSHIKIとしては、あまりの悲しみで身も心もボロで今ボロで今は言葉が上手くまとまりません。今立ち止まったら、これ以上歩けなくなる気がしてひたすらに、怒涛のスケジュールをこなしています」といい「ただ、バンドのリーダーとしては、最後に果たさなくてはいけない責任が残っています」と伝えた。
「『しんみりしないでください。明るく楽しく見送っていただきたい』『メモリアルコンサートをYOSHIKIさんにやっていただきたい』これは、ご遺族より預かったHEATHからの言葉の一部です」と明かし「これから親族の方たちと話し合い、HEATHの願いを実現させるしかないと思っています」と誓った。
続けて「それを実現させるには、戦わなくてはならないことがいくつかあります。HEATHへの想いは、語ればきりがないです。感謝してもしきれません。心の整理ができたときに、改めて伝えたいと思います。HEATH、今までありがとう。そして、安らかに眠ってね。またいつか、一緒に音楽を奏でようね」と結んだ。
■YOSHIKIコメント全文
まだ気持ちの整理がつかず、どう言葉にすればいいのかわかりません。
YOSHIKIとしてのコメント、そしてX JAPANのリーダーとしてのコメントを
どのように区別すれば良いのかもわかりません。
NYでの公演とイベントを終えた直後に、HEATHの訃報を聞きました。
HEATHに会いに行くため、東京へ飛びました。
HEATHは、HIDEに紹介されて1992年にX JAPANへ加入しました。
ニューヨークのロックフェラー・センターで加入発表の記者会見を行い
最初のコンサートは東京ドーム。
最初のテレビ出演は紅白歌合戦。そんな凄まじい状況の中
計り知れないプレッシャーを感じていたと思いますが
彼はいつも最善を尽くして、X JAPANを支え続けてくれました。
バンドを再結成した後は、アメリカ、ヨーロッパ、南米、アジアと
世界中を一緒に回りました。
TAIJI の最後となったステージで、彼と一緒にベースを演奏することを提案したときもHEATHは快く引き受けてくれました。
彼は、バンドのメンバーとしても、人としても、本当に最高のベーシストでした。
特に、この1年は、今まで以上にHEATHとの距離が近くなってました。
昨年の自分の誕生日、自分の番組に出てくれた時、収録後の控室で
今までにないほど長い時間、色々なことを話しました。
それ以来、明け方まで二人で何時間も電話で語り合ったこともありました。
今年の8月20日には、僕のディナーショーにも来てくれました。
まさかその日が、HEATHと一緒に立つ最後のステージになるとは思ってもいませんでした。
HEATHの望みを叶えられなかったのは、全て自分の責任です。
最後のお別れの場で、HEATHに謝りました。
YOSHIKIとしては、あまりの悲しみで身も心もボロボロで
今は言葉が上手くまとまりません。
今立ち止まったら、これ以上歩けなくなる気がして
ひたすらに、怒涛のスケジュールをこなしています。
ただ、バンドのリーダーとしては、最後に果たさなくてはいけない責任が残っています。
「しんみりしないでください。明るく楽しく見送っていただきたい」
「メモリアルコンサートをYOSHIKIさんにやっていただきたい」
これは、ご遺族より預かったHEATHからの言葉の一部です。
これから親族の方たちと話し合い、HEATHの願いを実現させるしかないと思っています。
そして、それを実現させるには、戦わなくてはならないことがいくつかあります。
HEATHへの想いは、語ればきりがないです。感謝してもしきれません。
心の整理ができたときに、改めて伝えたいと思います。
HEATH、今までありがとう。そして、安らかに眠ってね。
またいつか、一緒に音楽を奏でようね。
「まだ気持ちの整理がつかず、どう言葉にすればいいのかわかりません。YOSHIKIとしてのコメント、そしてXJAPANのリーダーとしてのコメントをどのように区別すれば良いのかもわかりません」と、つらい胸中を明かしたYOSHIKI。続けて、HEATHさんとの数々の思い出を振り返った。
「『しんみりしないでください。明るく楽しく見送っていただきたい』『メモリアルコンサートをYOSHIKIさんにやっていただきたい』これは、ご遺族より預かったHEATHからの言葉の一部です」と明かし「これから親族の方たちと話し合い、HEATHの願いを実現させるしかないと思っています」と誓った。
続けて「それを実現させるには、戦わなくてはならないことがいくつかあります。HEATHへの想いは、語ればきりがないです。感謝してもしきれません。心の整理ができたときに、改めて伝えたいと思います。HEATH、今までありがとう。そして、安らかに眠ってね。またいつか、一緒に音楽を奏でようね」と結んだ。
■YOSHIKIコメント全文
まだ気持ちの整理がつかず、どう言葉にすればいいのかわかりません。
YOSHIKIとしてのコメント、そしてX JAPANのリーダーとしてのコメントを
どのように区別すれば良いのかもわかりません。
NYでの公演とイベントを終えた直後に、HEATHの訃報を聞きました。
HEATHに会いに行くため、東京へ飛びました。
HEATHは、HIDEに紹介されて1992年にX JAPANへ加入しました。
ニューヨークのロックフェラー・センターで加入発表の記者会見を行い
最初のコンサートは東京ドーム。
最初のテレビ出演は紅白歌合戦。そんな凄まじい状況の中
計り知れないプレッシャーを感じていたと思いますが
彼はいつも最善を尽くして、X JAPANを支え続けてくれました。
バンドを再結成した後は、アメリカ、ヨーロッパ、南米、アジアと
世界中を一緒に回りました。
TAIJI の最後となったステージで、彼と一緒にベースを演奏することを提案したときもHEATHは快く引き受けてくれました。
彼は、バンドのメンバーとしても、人としても、本当に最高のベーシストでした。
特に、この1年は、今まで以上にHEATHとの距離が近くなってました。
昨年の自分の誕生日、自分の番組に出てくれた時、収録後の控室で
今までにないほど長い時間、色々なことを話しました。
それ以来、明け方まで二人で何時間も電話で語り合ったこともありました。
今年の8月20日には、僕のディナーショーにも来てくれました。
まさかその日が、HEATHと一緒に立つ最後のステージになるとは思ってもいませんでした。
HEATHの望みを叶えられなかったのは、全て自分の責任です。
最後のお別れの場で、HEATHに謝りました。
YOSHIKIとしては、あまりの悲しみで身も心もボロボロで
今は言葉が上手くまとまりません。
今立ち止まったら、これ以上歩けなくなる気がして
ひたすらに、怒涛のスケジュールをこなしています。
ただ、バンドのリーダーとしては、最後に果たさなくてはいけない責任が残っています。
「しんみりしないでください。明るく楽しく見送っていただきたい」
「メモリアルコンサートをYOSHIKIさんにやっていただきたい」
これは、ご遺族より預かったHEATHからの言葉の一部です。
これから親族の方たちと話し合い、HEATHの願いを実現させるしかないと思っています。
そして、それを実現させるには、戦わなくてはならないことがいくつかあります。
HEATHへの想いは、語ればきりがないです。感謝してもしきれません。
心の整理ができたときに、改めて伝えたいと思います。
HEATH、今までありがとう。そして、安らかに眠ってね。
またいつか、一緒に音楽を奏でようね。
2023/11/11


