直木賞作家・朝井リョウの小説を原作に『あゝ、荒野』などを手掛けた岸善幸監督が実写化した映画『正欲』。“大多数との自身との違い”から生きづらさを感じる人物を描くことで、“気づき”を与えてくれる作品だ。息子の不登校に悩むものの、自分の信じる“正しさ”を貫く検事・寺井啓喜を演じた稲垣吾郎、自身の指向を隠しながら生きる女・桐生夏月に扮する新垣結衣が、初共演を果たした感想や、作品に込められたメッセージ性について語り合った。
■喜怒哀楽では表せないような表情を見せた新垣結衣
――“多様性”が大きなテーマになっており、観た方によってさまざまな解釈ができる作品に感じられたのですが、オファーを受けたときどんなことを思いましたか?
稲垣:まず原作を読ませていただいて、「これを映像化するのか」と驚きました。これまでも朝井さんの作品が映像化されてきましたが、群像劇が徐々に交差していくところがすごいなと感じていたので、今回もどんな形になるんだろうという興味がありましたし、ぜひ挑戦したいと思いオファーを受けました。
新垣:オファーをいただいたときは、まだ脚本がなくプロットの段階だったんですが、その時点で、とても惹かれるものがありました。その後、原作を読んで、私自身が世の中に漠然と感じていたものを可視化してもらったような気がしましたし、今だからこそ、こうした題材を映画化するのは、とても意味があることだなと感じました。岸監督とじっくりお話させていただき、しっかりと意思疎通ができたので「お願いします」という思いで参加しました。
――常識という曖昧なものに対して正反対の立場をとるふたりですが、どんなところから役にアプローチしていったのでしょうか?
稲垣:僕が演じた啓喜は、どちらかというとマジョリティー側の人間。“普通”という言葉が正しいか分かりませんが、物語のスタートとして、観客の多くが持つ視点というのは意識しました。そこから自分の考える常識が、徐々に揺れ動いていくさまを、しっかりグラデーションをつけて演じようと思っていました。
新垣:夏月が抱えている、とある指向に関しては、私もスタッフさんも参考になるものを探していたのですが、具体的にヒントになるようなものはなかったんですよね。ひたすら考え想像して、監督やスタッフさんなど、いろいろな方の意見を聞き、相談しながら、この映画ではこういう表現をしましょうとひとつずつ決めていきました。
――かなりディスカッションされたのですね。
新垣:しましたね。現場に入ってからも、シーンを撮影する前にも相談することは多かったです。本番では、それまでに考え尽くしたからこそ、逆に感覚で芝居ができました。岸監督も撮影が始まってからは俳優に委ねてくださいました。気をつけたのは、映画で描かれたとある指向を抱えた夏月という人間も、あれがすべてではなく、たくさんある気持ちのなかのひとつなんだということです。
――しっかり用意したからこそ、本番では考えず感じるままにお芝居ができたのですね。稲垣さんは、劇中の新垣さんの表情に驚きを感じたと話されていました。
稲垣:本当にびっくりしました。特にショッピングセンターで沙保里(徳永えり)から話しかけられるシーンで見せた新垣さんの表情に注目してほしいです。喜怒哀楽では分けられないような、なんとも表現しにくい表情で。お芝居で演じようと思ってすぐにできるものじゃないように感じました。
新垣:ありがとうございます。カメラにどう映るかということも意識せずに演じられたと思うので、夏月のそのときの感情が伝わっていたのだとしたらうれしいです。
稲垣:確かに。俳優ってカメラの位置や見え方など、頭で考えて少しデフォルメして“演技”をしちゃうものなのですが、今回の新垣さんは、心から動いてお芝居をしているという風に感じました。
■互いに“怖い”と思ったクライマックス
――長いキャリアをお持ちのおふたりですが、本作が初共演だったのですね。
稲垣:そうですね。しかも一緒のシーンが多かったわけじゃないので、こうしたプロモーションの場の方が長く一緒にいますね(笑)。初めてご一緒したシーンの時は、新垣さんはすでに1ヶ月ぐらい撮影をされていた時だったので、完全に夏月を背負っていました。緊張感もあり、声を掛けにくい感じでしたよ。
新垣:ご一緒したシーンでは、前半と後半でまったく違う関係性で対峙したんです。状況や立場が変わると、こんなに人って違って見えるんだなと思いました。
稲垣:後半のシーンは本当に怖かった。
新垣:私も怖かったです(笑)。
――お芝居で対峙してみていかがでしたか?
稲垣:楽しかったですよ。さきほど新垣さんがおっしゃったように、前半と後半でまったく違う関係性だったので、表情も全然違うんです。とてもエキサイティングで素晴らしい経験をさせていただきました。
新垣:長くこのお仕事をされている方なので当然かもしれませんが、お芝居をするということが本当にご自身の一部のよう。すごくナチュラルに向き合っていらっしゃるんだなと感じて、本当に素敵で憧れるなと思いながらお芝居をしていました。
――現場とこうしたプロモーションの場ではまた違った顔が?
稲垣:新垣さんは自然体だよね。スタッフの方と話しているときや、いまこうしてインタビューを受けている時も、カメラが回っていても、あまり変わらない印象です。
新垣:稲垣さんはサービス精神が旺盛な方だなと改めて感じています。よく「スタッフが喜ぶから」と言っていますよね。番組として良くなるにはどうしたらいいか…という意識が常にあるんです。私に対しても、とても気を使ってくださり、助けてくださいます。
■僕は鈍感力に長けている(稲垣)
――原作にあるように“人は多面的である”というメッセージがうまく描かれている作品ですが、撮影に入る前と終わってから、なにか意識の変化はありましたか?
稲垣:もともと僕は、人それぞれの個性というものを認め合うことに喜びを感じています。人と違うことを良いものとして見ているし、自分もそうありたいと思う。だから作品に入って変化したことはないのですが、これでいいのかなと考えることは増えました。それが恩着せがましくなく、岸監督がとても美しく優しく仕上げてくださったので、映画を観たときにすっと入ってくる感覚がありました。
新垣:原作を読ませていただいたとき、「正しい」「間違っている」という結論を導くのではなく、「どう思いましたか?」ということを問われた気がしたんです。映画を観たときも、そういった気持ちが湧いてきました。これは私の解釈ですが、「夏月たちのような人たちが必ずどこかにいて、それがどういうことなのかを考え続けることが大切」と、改めて感じました。意識の変化というよりは、その思いを広げてもらえたような感覚になりました。
――「ひとりじゃないと思えることが大きな救いになる」という気付きのある映画でした。おふたりのとってそういう出会いはありましたか?
稲垣:僕はこれまで息が苦しくなって、誰かに助けを求めなければ……という経験があまりなくて。ひょうひょうと生きてきてしまったんです(笑)。
新垣:いいことですね。
稲垣:鈍感力に長けているというか。
新垣:必要です。
稲垣:ありがとうございます(笑)。でも人とつながっていると実感できるから生きていけるという感覚はわかります。この映画でも公開して観に来てくださるというのも、ひとつの繋がりですし。SNSでいろいろな方からご意見をいただける。そうしたつながりが励みにもなっています。一方で、この年齢になると自分のペースが出来上がってしまっているので、ひとりで静かに過ごしたいという思いもある。そのメリハリが大切なのかなと。
新垣:私はもともとネガティブなタイプで、思い詰めることも多かったです。でもつらいことがあっても、その時その時で手を差し伸べてくださる方がいたので、どうにかやってこられたと思っています。
――ネガティブな気持ちは経験や年月を重ねるごとにクリアされてきたのですか?
新垣:そうですね。背負っているものは減っていないと思いますが、自分の気持ちをコントロールできるようになってきた気がします。自分で自分を客観視したり、切り替える方法を見つけることができたり。助言もたくさんいただきました。これからはそういった経験を還元していければと思っています。
取材・文/磯部正和
写真/筒井翼
スタイリング:黒澤彰乃(稲垣吾郎)、浜田英枝(新垣結衣)
メイク:漢字表記:金田順子(稲垣吾郎)、藤尾明日香(新垣結衣)
■喜怒哀楽では表せないような表情を見せた新垣結衣
――“多様性”が大きなテーマになっており、観た方によってさまざまな解釈ができる作品に感じられたのですが、オファーを受けたときどんなことを思いましたか?
稲垣:まず原作を読ませていただいて、「これを映像化するのか」と驚きました。これまでも朝井さんの作品が映像化されてきましたが、群像劇が徐々に交差していくところがすごいなと感じていたので、今回もどんな形になるんだろうという興味がありましたし、ぜひ挑戦したいと思いオファーを受けました。
新垣:オファーをいただいたときは、まだ脚本がなくプロットの段階だったんですが、その時点で、とても惹かれるものがありました。その後、原作を読んで、私自身が世の中に漠然と感じていたものを可視化してもらったような気がしましたし、今だからこそ、こうした題材を映画化するのは、とても意味があることだなと感じました。岸監督とじっくりお話させていただき、しっかりと意思疎通ができたので「お願いします」という思いで参加しました。
――常識という曖昧なものに対して正反対の立場をとるふたりですが、どんなところから役にアプローチしていったのでしょうか?
稲垣:僕が演じた啓喜は、どちらかというとマジョリティー側の人間。“普通”という言葉が正しいか分かりませんが、物語のスタートとして、観客の多くが持つ視点というのは意識しました。そこから自分の考える常識が、徐々に揺れ動いていくさまを、しっかりグラデーションをつけて演じようと思っていました。
新垣:夏月が抱えている、とある指向に関しては、私もスタッフさんも参考になるものを探していたのですが、具体的にヒントになるようなものはなかったんですよね。ひたすら考え想像して、監督やスタッフさんなど、いろいろな方の意見を聞き、相談しながら、この映画ではこういう表現をしましょうとひとつずつ決めていきました。
――かなりディスカッションされたのですね。
新垣:しましたね。現場に入ってからも、シーンを撮影する前にも相談することは多かったです。本番では、それまでに考え尽くしたからこそ、逆に感覚で芝居ができました。岸監督も撮影が始まってからは俳優に委ねてくださいました。気をつけたのは、映画で描かれたとある指向を抱えた夏月という人間も、あれがすべてではなく、たくさんある気持ちのなかのひとつなんだということです。
――しっかり用意したからこそ、本番では考えず感じるままにお芝居ができたのですね。稲垣さんは、劇中の新垣さんの表情に驚きを感じたと話されていました。
稲垣:本当にびっくりしました。特にショッピングセンターで沙保里(徳永えり)から話しかけられるシーンで見せた新垣さんの表情に注目してほしいです。喜怒哀楽では分けられないような、なんとも表現しにくい表情で。お芝居で演じようと思ってすぐにできるものじゃないように感じました。
新垣:ありがとうございます。カメラにどう映るかということも意識せずに演じられたと思うので、夏月のそのときの感情が伝わっていたのだとしたらうれしいです。
稲垣:確かに。俳優ってカメラの位置や見え方など、頭で考えて少しデフォルメして“演技”をしちゃうものなのですが、今回の新垣さんは、心から動いてお芝居をしているという風に感じました。
■互いに“怖い”と思ったクライマックス
――長いキャリアをお持ちのおふたりですが、本作が初共演だったのですね。
稲垣:そうですね。しかも一緒のシーンが多かったわけじゃないので、こうしたプロモーションの場の方が長く一緒にいますね(笑)。初めてご一緒したシーンの時は、新垣さんはすでに1ヶ月ぐらい撮影をされていた時だったので、完全に夏月を背負っていました。緊張感もあり、声を掛けにくい感じでしたよ。
新垣:ご一緒したシーンでは、前半と後半でまったく違う関係性で対峙したんです。状況や立場が変わると、こんなに人って違って見えるんだなと思いました。
稲垣:後半のシーンは本当に怖かった。
新垣:私も怖かったです(笑)。
――お芝居で対峙してみていかがでしたか?
稲垣:楽しかったですよ。さきほど新垣さんがおっしゃったように、前半と後半でまったく違う関係性だったので、表情も全然違うんです。とてもエキサイティングで素晴らしい経験をさせていただきました。
新垣:長くこのお仕事をされている方なので当然かもしれませんが、お芝居をするということが本当にご自身の一部のよう。すごくナチュラルに向き合っていらっしゃるんだなと感じて、本当に素敵で憧れるなと思いながらお芝居をしていました。
――現場とこうしたプロモーションの場ではまた違った顔が?
稲垣:新垣さんは自然体だよね。スタッフの方と話しているときや、いまこうしてインタビューを受けている時も、カメラが回っていても、あまり変わらない印象です。
新垣:稲垣さんはサービス精神が旺盛な方だなと改めて感じています。よく「スタッフが喜ぶから」と言っていますよね。番組として良くなるにはどうしたらいいか…という意識が常にあるんです。私に対しても、とても気を使ってくださり、助けてくださいます。
■僕は鈍感力に長けている(稲垣)
――原作にあるように“人は多面的である”というメッセージがうまく描かれている作品ですが、撮影に入る前と終わってから、なにか意識の変化はありましたか?
稲垣:もともと僕は、人それぞれの個性というものを認め合うことに喜びを感じています。人と違うことを良いものとして見ているし、自分もそうありたいと思う。だから作品に入って変化したことはないのですが、これでいいのかなと考えることは増えました。それが恩着せがましくなく、岸監督がとても美しく優しく仕上げてくださったので、映画を観たときにすっと入ってくる感覚がありました。
新垣:原作を読ませていただいたとき、「正しい」「間違っている」という結論を導くのではなく、「どう思いましたか?」ということを問われた気がしたんです。映画を観たときも、そういった気持ちが湧いてきました。これは私の解釈ですが、「夏月たちのような人たちが必ずどこかにいて、それがどういうことなのかを考え続けることが大切」と、改めて感じました。意識の変化というよりは、その思いを広げてもらえたような感覚になりました。
――「ひとりじゃないと思えることが大きな救いになる」という気付きのある映画でした。おふたりのとってそういう出会いはありましたか?
稲垣:僕はこれまで息が苦しくなって、誰かに助けを求めなければ……という経験があまりなくて。ひょうひょうと生きてきてしまったんです(笑)。
新垣:いいことですね。
稲垣:鈍感力に長けているというか。
新垣:必要です。
稲垣:ありがとうございます(笑)。でも人とつながっていると実感できるから生きていけるという感覚はわかります。この映画でも公開して観に来てくださるというのも、ひとつの繋がりですし。SNSでいろいろな方からご意見をいただける。そうしたつながりが励みにもなっています。一方で、この年齢になると自分のペースが出来上がってしまっているので、ひとりで静かに過ごしたいという思いもある。そのメリハリが大切なのかなと。
新垣:私はもともとネガティブなタイプで、思い詰めることも多かったです。でもつらいことがあっても、その時その時で手を差し伸べてくださる方がいたので、どうにかやってこられたと思っています。
――ネガティブな気持ちは経験や年月を重ねるごとにクリアされてきたのですか?
新垣:そうですね。背負っているものは減っていないと思いますが、自分の気持ちをコントロールできるようになってきた気がします。自分で自分を客観視したり、切り替える方法を見つけることができたり。助言もたくさんいただきました。これからはそういった経験を還元していければと思っています。
取材・文/磯部正和
写真/筒井翼
スタイリング:黒澤彰乃(稲垣吾郎)、浜田英枝(新垣結衣)
メイク:漢字表記:金田順子(稲垣吾郎)、藤尾明日香(新垣結衣)
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2023/11/11