今は大人気だが、昔は当然、苦しい下積みがあった漫画家・声優たち。そんな彼らが昔住んでいた自宅を紹介してもらう連載企画『思い出の間取り図』第7弾目は、『ギルティサークル』作者の山本やみー氏(漫画担当)で、10年以上住んだ部屋を紹介してもらった。
『ギルティサークル』は、マガジンポケットで連載中の大学を舞台にした快楽と戦慄のサークルサスペンス。憧れの青応大学へと入学した大学1年生・沢屋童二は、サークル勧誘期に美少女・星見楓と出会う。「東京に行けば…大学に入れば…サークルに入れば、彼女ができる!」と信じる沢屋は星見楓とともに派手目なサークルの新勧コンパへと参加するが…。沢屋が足を踏み入れたサークルの罪深き実態、その秘密が描かれ、現在コミックスが9巻まで発売中。
山本氏の思い出の部屋は、漫画家になる前から10年以上住んでいた福岡市のアパートで「福岡市東区の1DKアパートで家賃は3万4000円。漫画家になる前も漫画家になった後もしばらく、住居兼仕事場として10年以上住んでいました」と住み心地がよかったと告白。
「当時で築30年以上。エレベーターも無く老朽化が進んでおり過去の地震で出来たひび割れが至る所に。部屋は6畳の和室に3畳のキッチン。2面窓があるので採光は良いものの北向き。ユニットバスでトイレと一体の浴槽。給湯器も古くお湯が勢いよく出ない。バルコニーは40センチ程度の奥行しかなく小型の洗濯機しか置けないうえにエアコンの室外機とでいっぱいいっぱい」と設備はボロボロだったと説明した。
また、「極めつけに窓の外すぐ傍に消防のサイレンが鎮座しており、どんなに深い眠りでも飛び起きるほどの大音量で夜中でも早朝でもお構いなしに鳴りまくる…と散々な物件でしたが、ここに住む前は風呂トイレ共同の家賃2万4000円の物件に住んでいたので、当初はいつでも好きな時にお風呂に入れるというだけで満足していたのです」と10年以上住んでいた理由を明かした。
そこから引っ越しした経緯は「連載を持ってからもしばらく住み続けておりましたが、当時雇っていたスタッフ全員が私の住むアパートの倍近い家賃の好物件に住んでいることが発覚し、何だかやるせない気持ちになって引っ越すことを決意したのでした。いつか連載を勝ち取ってこんな部屋とおさらばしてやる!と意気込んでいた漫画家の卵だった私に連載が決まってからもここで培ったハングリーさを忘れるなと諭してくれるような思い出の間取りでした」とボロボロなアパートに改めて感謝した。
住んでいた場所の思い出は「住み始めた当初の周囲の環境は、交通の便が良く、安くて量の多い定食屋、24時間営業のスーパー、24時間開いてるラーメン屋、本屋にたくさんの古本屋(ほぼそれでこの地域に決めた)などあり、夜中でも外にでればどこかしらのお店は開いていてお腹を満たせたり、古本屋をハシゴして大量の本を買い込んだりと、楽しく便利な地域でした」とにっこり。
「住んでいた10年の間にそのすべては無くなり、懐かしい思い出となってしまいましたが歩いているだけで何かしらの発見があり、居るだけでワクワクするような町でした。当時のことは貧しくも楽しい思い出として記憶に残り続けています」と振り返った。
『ギルティサークル』は、マガジンポケットで連載中の大学を舞台にした快楽と戦慄のサークルサスペンス。憧れの青応大学へと入学した大学1年生・沢屋童二は、サークル勧誘期に美少女・星見楓と出会う。「東京に行けば…大学に入れば…サークルに入れば、彼女ができる!」と信じる沢屋は星見楓とともに派手目なサークルの新勧コンパへと参加するが…。沢屋が足を踏み入れたサークルの罪深き実態、その秘密が描かれ、現在コミックスが9巻まで発売中。
山本氏の思い出の部屋は、漫画家になる前から10年以上住んでいた福岡市のアパートで「福岡市東区の1DKアパートで家賃は3万4000円。漫画家になる前も漫画家になった後もしばらく、住居兼仕事場として10年以上住んでいました」と住み心地がよかったと告白。
「当時で築30年以上。エレベーターも無く老朽化が進んでおり過去の地震で出来たひび割れが至る所に。部屋は6畳の和室に3畳のキッチン。2面窓があるので採光は良いものの北向き。ユニットバスでトイレと一体の浴槽。給湯器も古くお湯が勢いよく出ない。バルコニーは40センチ程度の奥行しかなく小型の洗濯機しか置けないうえにエアコンの室外機とでいっぱいいっぱい」と設備はボロボロだったと説明した。
また、「極めつけに窓の外すぐ傍に消防のサイレンが鎮座しており、どんなに深い眠りでも飛び起きるほどの大音量で夜中でも早朝でもお構いなしに鳴りまくる…と散々な物件でしたが、ここに住む前は風呂トイレ共同の家賃2万4000円の物件に住んでいたので、当初はいつでも好きな時にお風呂に入れるというだけで満足していたのです」と10年以上住んでいた理由を明かした。
そこから引っ越しした経緯は「連載を持ってからもしばらく住み続けておりましたが、当時雇っていたスタッフ全員が私の住むアパートの倍近い家賃の好物件に住んでいることが発覚し、何だかやるせない気持ちになって引っ越すことを決意したのでした。いつか連載を勝ち取ってこんな部屋とおさらばしてやる!と意気込んでいた漫画家の卵だった私に連載が決まってからもここで培ったハングリーさを忘れるなと諭してくれるような思い出の間取りでした」とボロボロなアパートに改めて感謝した。
住んでいた場所の思い出は「住み始めた当初の周囲の環境は、交通の便が良く、安くて量の多い定食屋、24時間営業のスーパー、24時間開いてるラーメン屋、本屋にたくさんの古本屋(ほぼそれでこの地域に決めた)などあり、夜中でも外にでればどこかしらのお店は開いていてお腹を満たせたり、古本屋をハシゴして大量の本を買い込んだりと、楽しく便利な地域でした」とにっこり。
「住んでいた10年の間にそのすべては無くなり、懐かしい思い出となってしまいましたが歩いているだけで何かしらの発見があり、居るだけでワクワクするような町でした。当時のことは貧しくも楽しい思い出として記憶に残り続けています」と振り返った。
このニュースの流れをチェック
コメントする・見る
2023/11/11