元参院議員でお笑いコンビ・浅草キッドの水道橋博士(60)が10日、自身のYouTubeチャンネルを更新。昨年10月に休養して以降、初となるメディア出演で、自らの肉声で復帰を伝え、参議院議員の辞職にいたった経緯の説明と謝罪を行った。
博士は昨年7月『第26回参議院選挙』比例区に出馬し、初当選。しかし同年11月に山本太郎代表が国会内の会見で、博士がうつ病と診断され自宅療養中だと明らかにしていた。その後休職。今年1月16日、博士が提出した議員辞職願が許可され、議員辞職した。
今回の動画は6月28日に撮影されたもので、町山智浩氏との対談形式。博士は「元気は元気なんですけど、人としゃべり慣れていないんですよね。YouTubeが11ヶ月ぶりくらいで、基本的には人と会ってない。家にいて、夕方プールに行って。メディアずっと出ていないですね」と近況を伝えた。
その上で「本当に合わせる顔もないくらい、申し訳なくて。というのも、有権者のみなさま、れいわ新撰組に投票してくださった方もそうですし。病気とはいえ、申し訳ないことになり、選挙に関わってくださった方もそうですし。特にれいわのボランティアの方、僕は心を打たれていたので、本当に申し訳なく思っております」と謝罪。
続けて「事務所、相方、家族などにも迷惑をかけ、大きな参議院議員になるというのは大きなことなので、それを自分の都合でやめざるを得なくなるのは申し訳なかった。病気でやめることになったので、公式に発言ができていなく、さまざまな説明ができておらず、僕自身には説明責任があると思っているんですね。その分、病気ということで、割とアンタッチャブルになっていくので、みなさんも声をかけにくい状況があるので、ぜひ町山さんにそういうところも聞いてもらって。新たなスタートを切りたいと思って、お願いしました。本当にみなさん、申し訳ありませんでした」と何度も謝意を伝えていった。
議員辞職にいたるまでについて「各委員会が始まるんですけど、僕も質問の時間をとられていったのですが、その時に割と精神的に追い詰められて、脳の容量オーバーになったみたいな感じで。以前にもなったことがあるので、これはもうこれ以上できないなと思ったのは、死んでわびたいくらいの気持ちになったんですね。うつ病って、希死念慮(自らの命を断つことについての考えや反すうのこと)っていうのが一番怖いので。今回はそういう気持ちになっていったので、僕から山本太郎代表に電話して、これ以上続けるのは難しいと思うのですが…と相談をして。病院にも行きました」と回顧。
さらに「うつ病の時に人生の最大の決定はしてはいけないって言われるんですよ。そこで説得されて、山本代表とも話し合って、しばらく経過観察になり、その間も僕自身がやめたい理由というのは、歳費が僕自身にかかっていくというのは、それには耐えられないから、今すぐやめさせてくださいと言っていたのですが、1月から国会が始まる前にやめさせていただきたいと。理解を得て、1月16日に辞職にいたった」と話していた。
博士は昨年7月『第26回参議院選挙』比例区に出馬し、初当選。しかし同年11月に山本太郎代表が国会内の会見で、博士がうつ病と診断され自宅療養中だと明らかにしていた。その後休職。今年1月16日、博士が提出した議員辞職願が許可され、議員辞職した。
今回の動画は6月28日に撮影されたもので、町山智浩氏との対談形式。博士は「元気は元気なんですけど、人としゃべり慣れていないんですよね。YouTubeが11ヶ月ぶりくらいで、基本的には人と会ってない。家にいて、夕方プールに行って。メディアずっと出ていないですね」と近況を伝えた。
その上で「本当に合わせる顔もないくらい、申し訳なくて。というのも、有権者のみなさま、れいわ新撰組に投票してくださった方もそうですし。病気とはいえ、申し訳ないことになり、選挙に関わってくださった方もそうですし。特にれいわのボランティアの方、僕は心を打たれていたので、本当に申し訳なく思っております」と謝罪。
続けて「事務所、相方、家族などにも迷惑をかけ、大きな参議院議員になるというのは大きなことなので、それを自分の都合でやめざるを得なくなるのは申し訳なかった。病気でやめることになったので、公式に発言ができていなく、さまざまな説明ができておらず、僕自身には説明責任があると思っているんですね。その分、病気ということで、割とアンタッチャブルになっていくので、みなさんも声をかけにくい状況があるので、ぜひ町山さんにそういうところも聞いてもらって。新たなスタートを切りたいと思って、お願いしました。本当にみなさん、申し訳ありませんでした」と何度も謝意を伝えていった。
議員辞職にいたるまでについて「各委員会が始まるんですけど、僕も質問の時間をとられていったのですが、その時に割と精神的に追い詰められて、脳の容量オーバーになったみたいな感じで。以前にもなったことがあるので、これはもうこれ以上できないなと思ったのは、死んでわびたいくらいの気持ちになったんですね。うつ病って、希死念慮(自らの命を断つことについての考えや反すうのこと)っていうのが一番怖いので。今回はそういう気持ちになっていったので、僕から山本太郎代表に電話して、これ以上続けるのは難しいと思うのですが…と相談をして。病院にも行きました」と回顧。
さらに「うつ病の時に人生の最大の決定はしてはいけないって言われるんですよ。そこで説得されて、山本代表とも話し合って、しばらく経過観察になり、その間も僕自身がやめたい理由というのは、歳費が僕自身にかかっていくというのは、それには耐えられないから、今すぐやめさせてくださいと言っていたのですが、1月から国会が始まる前にやめさせていただきたいと。理解を得て、1月16日に辞職にいたった」と話していた。
2023/07/10