スマートフォンなどのデジタル機器で縦にスクロールして読むという新しいスタイルで、発祥地の韓国をはじめ、欧米や東南アジアにも人気が広がり、マーケットが急拡大している電子マンガwebtoon(ウェブトゥーン)。近年では、『今、私たちの学校は...』(2022)、『女神降臨』(2021)など、世界を席巻する韓国ドラマの原作としても存在感を高めていることもあり、国内でも事業として参入する企業が見受けられるようになった。そんななか、今年5月にTBSがwebtoon制作に乗り出すことを発表。電子マンガ・プラットホームシェア韓国1位のNAVER WEBTOON社、webtoon制作会社・SHINE Partners社とともに、3社合弁のwebtoon制作会社「Studio TooN」を韓国に設立したのだ。今後は、日韓のクリエイターと世界を視野にオリジナル作品を開発し、ドラマやアニメなど映像化にもつなげるという。
■韓国に初のグループ企業設立 自社コンテンツのグローバル戦略に挑むTBS
新会社「Studio TooN」の社長に就任し、実務を取り仕切っていくのは、韓国のマンガ編集プロダクションに従事した経歴を持ち、帰国後はwebtoon制作を行うSHINE Partnersを立ち上げた岩本炯沢氏だ。これまでオリジナルマンガの制作はもちろんのこと、海外作品のローカライズや漫画家支援などに携わってきた。そういった経験を見込まれて、今回、TBSとNAVER WEBTOONの両社を引き合わせた岩本氏に白羽の矢が立った。
「TBSは韓国にグループ会社を作るのは初めてで、かつ他社と合弁会社を作ることも初の取り組みということでしたが、合意に至るまでのスピードの速さには大変驚きました。より良い自社コンテンツを開発して、グローバル戦略を進めたいという熱意を感じたことや、自分にとっても魅力的なオファーであったこともありお受けしました」(岩本炯沢氏/以下同)
一方のNAVER WEBTOON社といえば、韓国IT企業NAVERグループに属するwebtoon界の最大手企業で、LINEマンガを運営するLINE Digital Frontierの関連会社である。現在、世界各国のグループ会社によるプラットホームの連合体“WEBTOON Worldwide Service”を通じて、世界10ヶ国語で8200万ユーザーにwebtoonを提供している。前出の『女神降臨』や『今、私たちの学校は…』など、同社のヒットIPであるWebマンガや小説が次々に映像化されて人気を博しており、近年事業領域を着々と拡大している。同社にとって、日本の企業と手を組むことにはどんなメリットがあったのか。
「まず、キム・ジュンク社長が昔から日本のコンテンツが大好きであることが理由の1つに挙げられると思います。加えて、TBSのこれまでの実績や、新しいことにトライしようとする姿勢やそのスピード感はもちろんのこと、自分たちのプラットホームで配信したものを、日本の堅実な大手企業が映像化することなども含めてメリットしか見えなかったのではないでしょうか」
webtoon作品は映像化されることで読者数がさらに大きく伸びる傾向にあるという。映像開発のためのコンテンツ制作に本気で取り組もうとするTBSと手を組むことで、さらに発展できると確信したということだろう。
■ジャンルや制作システムがマンガにどんどん近づくwebtoon
webtoonの黎明期から韓国でその発展を見てきた岩本氏。前出のキム社長のように、韓国には日本のコンテンツファンが多く、webtoonも開始時はそういったマンガ好きな人たちがたくさん投稿していたと振り返る。
「初期の頃は、日本のマンガが好きで自分も真似て描き始めたけれど、プロのレベルではない。でも、気軽にネットに投稿できるので、ちょっと空いた時間に描いてみようかなという人たちがほとんどでした。そのため当時のwebtoonは、日本のマンガで育った自分からすると、正直言ってあまりレベルは高いものではなく、紙芝居をスキャンして縦に並べたような感じ。まさかここまで市場が拡大するとは思いもしませんでした」
日本のマンガと比較して「読む気はしなかった」ものの、読者層は岩本氏のようなマンガ好きばかりではなかったことや、その手軽に読める内容が読者のニーズにフィットしたことが、急速に人気を獲得していった理由と分析する。
「普段はマンガを読まない層が、空いた時間にパソコンでゲームなどをするような感覚で楽しむスナックコンテンツとして受け入れられるようになり、一気に広がっていったように記憶しています」
フルカラーで表現されることが多く、モノクロ作品と比べて臨場感と迫力が味わえ、スマートフォンの小さな画面でもリッチな読書体験ができることも追い風となり、以降、その普及とともに「新しいマンガの形」として広がりを見せていった。作り手が増加し制作本数が増えれば、当然のことながらクオリティも上がっていく。当時は「webtoonを日本のマンガと比較したこと自体が間違っていた」と考えていた岩本氏だが、近年の発展の様子を見て、状況が大きく変化したことを実感している。
「webtoonは今後、どんどんマンガに近づいていくのではないかと予想しています。読者が増えれば、好みも細分化されていきます。引き続き、ラフにスナックコンテンツとして読みたい人もいれば、もう少し、濃い内容の作品を深く読み込みたい人も出てきます。そのため、ストーリーの作り方もトリックを入れた複雑なものになっていくでしょうし、コマ割りもただ並べていくという形から、日本のマンガで大事にされている読者の視線誘導も意識されるようになっていくと思います」
そう考える理由は、この5年のジャンルの拡張である。かつては、恋愛や学園、復讐ものばかりで、ある意味わかりやすい、映像化しやすいものが多かったが、webtoon史上最も稼いだと言われる『俺だけレベルアップな件』(REDICE スタジオ)のような異世界ファンタジーや転生ものなども加わっている。その流れがさらに加速するのではないかと感じたのが、昨年Netflixで配信されるや、世界を席巻した『イカゲーム』の大ヒットだった。
「今後、ドラマはいっそう凝った設定のものも求められるようになると思います。そうなると、webtoonのジャンルもますます多様化していくのではないでしょうか」
さらに制作システムにも変化がみられるという。
「15年前には存在しなかったプロデューサーが各編集プロダクションにいるようにもなってきましたので、そういう意味では作り方も日本のマンガの編集システムに近づいてきていると言えるかもしれません」
これまでは、日本のマンガとは異なる需要によって、大きく発展を遂げてきたwebtoonだが、近い将来に重なる部分が増えていくというのは、なんとも興味深い話だ。
■日本のノウハウを活かしたクオリティの高いコンテンツを世界に発信
そんなwebtoonが見据えているのは、国内ではなく世界市場だ。岩本氏も韓国のマンガ制作プロダクションに勤務していた時代に、日本のマンガには根強い人気があるものの、海外展開するうえでアピール不足ではないかと思うことが度々あった。それは、何もマンガに限ったことではないという。その経験から、「日本で学んだコンテンツの作り方をwebtoonに活かして完成度を上げ、日本のコンテンツを世界に発信していきたい」という思いを源にwebtoonに特化した日本で唯一のマンガ制作会社・SHINE Partners社を日本に設立したわけだが、新会社のStudio Toonでもその想いは同じだ。
「右から左に読む日本のマンガは、異国の人には読み方がわからないという難点がありましたが、縦スクロールという形は世界のどこに持って行っても通用しますので、世界に大きな可能性を感じています。海外の方たちで、日本を好きになってくれるきっかけがマンガやアニメであったというケースは本当に多いです。日本の存在を世界の中でしっかり確立させるために、コンテンツは重要な役割を果たします。だからこそ、日本のコンテンツの作り方をwebtoonに活かして、もっともっと完成度の高い良質なコンテンツを作り続けていく必要があると思っています」
現在は、来春から来夏あたりの掲載スタートを目指して、Studio TooNの社員となるクリエイター募集や原作探しのため、日韓を往復する忙しい日々を送っている。クリエイターの雇用体制をどのように整えていくのかなど、課題は山積みだが、「韓国の数々の老舗webtoon企業も黒字化までにはかなりの時間を要しましたから、粘り強く進めていきたい」と決意をにじませる。急成長の新市場において、日本のwebtoonがどんなプレゼンスを世界に示していけるのだろうか。その後のTBSの映像化とともに大いに期待したい。
文・河上いつ子
■韓国に初のグループ企業設立 自社コンテンツのグローバル戦略に挑むTBS
新会社「Studio TooN」の社長に就任し、実務を取り仕切っていくのは、韓国のマンガ編集プロダクションに従事した経歴を持ち、帰国後はwebtoon制作を行うSHINE Partnersを立ち上げた岩本炯沢氏だ。これまでオリジナルマンガの制作はもちろんのこと、海外作品のローカライズや漫画家支援などに携わってきた。そういった経験を見込まれて、今回、TBSとNAVER WEBTOONの両社を引き合わせた岩本氏に白羽の矢が立った。
「TBSは韓国にグループ会社を作るのは初めてで、かつ他社と合弁会社を作ることも初の取り組みということでしたが、合意に至るまでのスピードの速さには大変驚きました。より良い自社コンテンツを開発して、グローバル戦略を進めたいという熱意を感じたことや、自分にとっても魅力的なオファーであったこともありお受けしました」(岩本炯沢氏/以下同)
一方のNAVER WEBTOON社といえば、韓国IT企業NAVERグループに属するwebtoon界の最大手企業で、LINEマンガを運営するLINE Digital Frontierの関連会社である。現在、世界各国のグループ会社によるプラットホームの連合体“WEBTOON Worldwide Service”を通じて、世界10ヶ国語で8200万ユーザーにwebtoonを提供している。前出の『女神降臨』や『今、私たちの学校は…』など、同社のヒットIPであるWebマンガや小説が次々に映像化されて人気を博しており、近年事業領域を着々と拡大している。同社にとって、日本の企業と手を組むことにはどんなメリットがあったのか。
「まず、キム・ジュンク社長が昔から日本のコンテンツが大好きであることが理由の1つに挙げられると思います。加えて、TBSのこれまでの実績や、新しいことにトライしようとする姿勢やそのスピード感はもちろんのこと、自分たちのプラットホームで配信したものを、日本の堅実な大手企業が映像化することなども含めてメリットしか見えなかったのではないでしょうか」
webtoon作品は映像化されることで読者数がさらに大きく伸びる傾向にあるという。映像開発のためのコンテンツ制作に本気で取り組もうとするTBSと手を組むことで、さらに発展できると確信したということだろう。
■ジャンルや制作システムがマンガにどんどん近づくwebtoon
webtoonの黎明期から韓国でその発展を見てきた岩本氏。前出のキム社長のように、韓国には日本のコンテンツファンが多く、webtoonも開始時はそういったマンガ好きな人たちがたくさん投稿していたと振り返る。
「初期の頃は、日本のマンガが好きで自分も真似て描き始めたけれど、プロのレベルではない。でも、気軽にネットに投稿できるので、ちょっと空いた時間に描いてみようかなという人たちがほとんどでした。そのため当時のwebtoonは、日本のマンガで育った自分からすると、正直言ってあまりレベルは高いものではなく、紙芝居をスキャンして縦に並べたような感じ。まさかここまで市場が拡大するとは思いもしませんでした」
日本のマンガと比較して「読む気はしなかった」ものの、読者層は岩本氏のようなマンガ好きばかりではなかったことや、その手軽に読める内容が読者のニーズにフィットしたことが、急速に人気を獲得していった理由と分析する。
「普段はマンガを読まない層が、空いた時間にパソコンでゲームなどをするような感覚で楽しむスナックコンテンツとして受け入れられるようになり、一気に広がっていったように記憶しています」
フルカラーで表現されることが多く、モノクロ作品と比べて臨場感と迫力が味わえ、スマートフォンの小さな画面でもリッチな読書体験ができることも追い風となり、以降、その普及とともに「新しいマンガの形」として広がりを見せていった。作り手が増加し制作本数が増えれば、当然のことながらクオリティも上がっていく。当時は「webtoonを日本のマンガと比較したこと自体が間違っていた」と考えていた岩本氏だが、近年の発展の様子を見て、状況が大きく変化したことを実感している。
「webtoonは今後、どんどんマンガに近づいていくのではないかと予想しています。読者が増えれば、好みも細分化されていきます。引き続き、ラフにスナックコンテンツとして読みたい人もいれば、もう少し、濃い内容の作品を深く読み込みたい人も出てきます。そのため、ストーリーの作り方もトリックを入れた複雑なものになっていくでしょうし、コマ割りもただ並べていくという形から、日本のマンガで大事にされている読者の視線誘導も意識されるようになっていくと思います」
そう考える理由は、この5年のジャンルの拡張である。かつては、恋愛や学園、復讐ものばかりで、ある意味わかりやすい、映像化しやすいものが多かったが、webtoon史上最も稼いだと言われる『俺だけレベルアップな件』(REDICE スタジオ)のような異世界ファンタジーや転生ものなども加わっている。その流れがさらに加速するのではないかと感じたのが、昨年Netflixで配信されるや、世界を席巻した『イカゲーム』の大ヒットだった。
「今後、ドラマはいっそう凝った設定のものも求められるようになると思います。そうなると、webtoonのジャンルもますます多様化していくのではないでしょうか」
さらに制作システムにも変化がみられるという。
「15年前には存在しなかったプロデューサーが各編集プロダクションにいるようにもなってきましたので、そういう意味では作り方も日本のマンガの編集システムに近づいてきていると言えるかもしれません」
これまでは、日本のマンガとは異なる需要によって、大きく発展を遂げてきたwebtoonだが、近い将来に重なる部分が増えていくというのは、なんとも興味深い話だ。
■日本のノウハウを活かしたクオリティの高いコンテンツを世界に発信
そんなwebtoonが見据えているのは、国内ではなく世界市場だ。岩本氏も韓国のマンガ制作プロダクションに勤務していた時代に、日本のマンガには根強い人気があるものの、海外展開するうえでアピール不足ではないかと思うことが度々あった。それは、何もマンガに限ったことではないという。その経験から、「日本で学んだコンテンツの作り方をwebtoonに活かして完成度を上げ、日本のコンテンツを世界に発信していきたい」という思いを源にwebtoonに特化した日本で唯一のマンガ制作会社・SHINE Partners社を日本に設立したわけだが、新会社のStudio Toonでもその想いは同じだ。
「右から左に読む日本のマンガは、異国の人には読み方がわからないという難点がありましたが、縦スクロールという形は世界のどこに持って行っても通用しますので、世界に大きな可能性を感じています。海外の方たちで、日本を好きになってくれるきっかけがマンガやアニメであったというケースは本当に多いです。日本の存在を世界の中でしっかり確立させるために、コンテンツは重要な役割を果たします。だからこそ、日本のコンテンツの作り方をwebtoonに活かして、もっともっと完成度の高い良質なコンテンツを作り続けていく必要があると思っています」
現在は、来春から来夏あたりの掲載スタートを目指して、Studio TooNの社員となるクリエイター募集や原作探しのため、日韓を往復する忙しい日々を送っている。クリエイターの雇用体制をどのように整えていくのかなど、課題は山積みだが、「韓国の数々の老舗webtoon企業も黒字化までにはかなりの時間を要しましたから、粘り強く進めていきたい」と決意をにじませる。急成長の新市場において、日本のwebtoonがどんなプレゼンスを世界に示していけるのだろうか。その後のTBSの映像化とともに大いに期待したい。
文・河上いつ子

2022/08/01