お笑いコンビ・ニューヨーク(嶋佐和也、屋敷裕政)が、3月5日放送の読売テレビ『八方・陣内・方正の黄金列伝!』(後1:57 ※関西ローカル)に出演。「好きな芸人ランキング」1位となった2人が、長かった本格ブレイクまでに起こった解散寸前の“修羅場”を告白する。
NSCで出会い、コンビ結成当初から追っかけがいるほど人気だっだという2人は、先日週刊誌WEB媒体が発表した「好きな芸人ランキング」で1位まで上り詰めた。一方、ネクストブレイクと目された時間が長く、コンビ仲が悪化した時期もあったという。
屋敷は、同志社大学を卒業後にテレビ制作会社に入社するも、芸人への夢を諦めきれず、対して嶋佐は第一志望の音楽系企業に入れず、第二志望だったお笑いの道を進み、出会った。NSCでの成績もよく、2010年にデビューすると「ルミネtheよしもと」の出番もすぐ決まり、2人が「芸能界チョロいな〜」と思ったという当時の様子を同期の鬼越トマホークらが明かす。
2013年には、フジテレビで『めちゃイケ』の後継的番組と目されていた『バチバチエレキテる』のレギュラーに抜てきされ、本格的ブレイクが期待されたが、番組が半年で終了する憂き目に。しかし、『THE MANZAI』で認定漫才師になり、『オールナイトニッポン0』のレギュラーも決まり、着実に実績を重ね「ネクストブレイク」間違いなしと思われた。
ところが、2018年に幸せ度がマイナス100に転落する。レギュラーの仕事が相次いで終了し、『M-1グランプリ』や『キングオブコント』では後輩のハナコや霜降り明星が優勝。嶋佐は「完全に優勝のタイミングを逃した」と絶望して、その不満は合コンに明け暮れ、少しふくよかになっていたという屋敷へと向かったという。
コンビ仲は日に日に悪化し解散寸前まで行き、居酒屋で大げんかに発展。嶋佐が屋敷に「やせろ」「服ダサい」と我慢していたすべてをぶちまけ、嶋佐は「あの時の屋敷の顔は一生忘れない」と振り返る。同席していたダイタクが修羅場を証言する。
嶋佐の大爆発に奮起した屋敷は「自給自足で稼げるようになろう」とYouTubeでラジオを始めようと提案。このYouTube進出がカンフル剤となり、次第に賞レースやライブでの手ごたえも上昇。2020年に『キングオブコント』で準優勝を果たし、長きにわたったネクストブレイク時代を完全に脱した。
「テレビ、ライブ、YouTubeの三角形を大事にしていきたい」と語る2人。売れても“らしさ”を失わないニューヨークの未来に迫る。
NSCで出会い、コンビ結成当初から追っかけがいるほど人気だっだという2人は、先日週刊誌WEB媒体が発表した「好きな芸人ランキング」で1位まで上り詰めた。一方、ネクストブレイクと目された時間が長く、コンビ仲が悪化した時期もあったという。
2013年には、フジテレビで『めちゃイケ』の後継的番組と目されていた『バチバチエレキテる』のレギュラーに抜てきされ、本格的ブレイクが期待されたが、番組が半年で終了する憂き目に。しかし、『THE MANZAI』で認定漫才師になり、『オールナイトニッポン0』のレギュラーも決まり、着実に実績を重ね「ネクストブレイク」間違いなしと思われた。
ところが、2018年に幸せ度がマイナス100に転落する。レギュラーの仕事が相次いで終了し、『M-1グランプリ』や『キングオブコント』では後輩のハナコや霜降り明星が優勝。嶋佐は「完全に優勝のタイミングを逃した」と絶望して、その不満は合コンに明け暮れ、少しふくよかになっていたという屋敷へと向かったという。
コンビ仲は日に日に悪化し解散寸前まで行き、居酒屋で大げんかに発展。嶋佐が屋敷に「やせろ」「服ダサい」と我慢していたすべてをぶちまけ、嶋佐は「あの時の屋敷の顔は一生忘れない」と振り返る。同席していたダイタクが修羅場を証言する。
嶋佐の大爆発に奮起した屋敷は「自給自足で稼げるようになろう」とYouTubeでラジオを始めようと提案。このYouTube進出がカンフル剤となり、次第に賞レースやライブでの手ごたえも上昇。2020年に『キングオブコント』で準優勝を果たし、長きにわたったネクストブレイク時代を完全に脱した。
「テレビ、ライブ、YouTubeの三角形を大事にしていきたい」と語る2人。売れても“らしさ”を失わないニューヨークの未来に迫る。
2022/03/01