2020年は新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響を大きく受けて、10年以上続けていた世界各地での現地取材の機会を失った。情報収集からネットワークの形成まで、その全てがオンライン上に切り替わり、バーチャルの見本市やカンファレンスに積極的に参加した1年になった。当初はオンラインのデメリットを懸念していたものの、これまで築いてきたネットワークを利用することで、ポストコロナ時代を見据えることができるようなイベントに参加することもできた。
■オンライン取材で享受できる価値はリアルとはある意味真逆にある
新型コロナウイルス感染症の広がりを受けて、今年3月のテキサス州オースティンに世界中から約40万人が集うカンファレンス『SXSW(サウスバイサウスウェスト)』を皮切りに、予定していた香港、中国、シンガポール、フランスなど現地取材の予定が軒並みキャンセルとなった。09年から毎年欠かさず取材し続けているフランス・カンヌの世界最大級のテレビコンテンツ見本市『MIPTV/MIPCOM』をはじめ、数々の業界イベントがオンライン開催に踏み切ったことで、手探りながらプレス参加を試みた。
これまで、国際見本市や海外現地開催のイベントに足を運び、世界の番組市場トレンドをレポートするうえで筆者が大切にしてきたのは、取材対象者の熱量や会場の空気感を伝えることだった。現地マーケットでは取材対象者との連携が深まりやすいため、期間中はできる限り出展企業の担当者やバイヤー、プロデューサーに会って生の声を拾って記事に落とし込み、ネットワークづくりに努めてきた。それらをいかにオンラインで実現できるのか、当初はリアルの代替として考えていたため、画面上で参加するイベントはスケジュールを淡々とこなすようで味気なく感じ、レポートとして伝える際の絵作りは単調なものとなった。心のどこかでリアル取材の場が再開されることを願いつつ、オンライン取材一択の現状に不安に駆られることもあった。
そこで気づいたのが、オンライン取材の価値はリアルのそれとはある意味真逆であり、オンラインはリアルの代わりにはならないということだった。単純に考えれば、オンライン取材の場合、移動時間はゼロ、宿泊代も必要なしと、コストや時間が大幅に削減できる。これまで現地取材がかなわなかったヨーロッパ、北米、南米、アジアのあらゆる地域のイベントやセミナーに自宅のデスクからアクセスでき、数をこなせるメリットもある。オンラインがベースになったことでメールやチャット、Zoomの使用頻度が上がり、主催者に質問を投げかけた場合でも以前より早いスピードで返ってくることが増えている。また海外の業界関係の知人と、以前ならば主に業務連絡のツールとして使用していたFacebookやWhatsApp、WeChatが、情報収集のコミュニケーションツールに変化している。
時差の問題はリアルタイムに限定しなければ、不便さはさほど感じない。イギリスは午後の3時、日本では夜11時から始まるセミナーの参加をうっかり見逃すことがあったが、後日、アーカイブ配信の案内が届き、事なきを得ることもあった。総じて、オンライン開催の価値は効率性を高めようと思えばいくらでも高めることができることにある。コロナ禍で新たに学んだことだった。
■作品や企業の宣伝・プロモーションの場としての見本市の優位性
思えば、番組売買の世界では既にコロナ禍の前から変化が起きていた。テレビ局などレガシー勢は、見本市をベースに商談相手と直接会って交渉するのが当たり前であったのに対し、デジタル系の新興勢は見本市に参加はするものの、オンラインで済ませることができる商談はそちらに移行していた。ちょうど1年前、レガシー勢のあるバイヤーが「デジタル系のバイヤーはオンライン上の番組リストだけを見て、相手の人となりも知らずに番組を買うことがある。自分はそんなやり方でタイムテーブルにハマる番組を購入できないけれど、デジタル全盛時代はそれが当たり前になっていくのかもしれない」とこぼしていたのだ。当時、にわかには信じがたかったが、たった1年でそれが常識になりつつあるのだ。
だが、たとえ商談の場に使われないとしても、見本市の優位性が薄まるわけではない。リアルであっても、オンラインであっても、一定期間に集中して集客が見込めるため、見本上映やプレゼンテーションを通じて、作品や企業の宣伝・プロモーションの場としての価値があるのだ。実際にオンライン開催ならではの宣伝方法として注目した例がある。今年10月に数百人の業界関係者が参加したオンライン版の番組見本市『MIPCOM Online+』では、各種セミナーの上映前に必ずスポンサー企業の映像が流れる仕組みとなっており、何度となくセールス中の番組や企業ブランドメッセージを目にして、ある種サブリミナル効果のように印象に残るものになった。他の参加者からもそんな声を数多く聞くことができた。
そのスポンサー企業には韓国の政府機関である放送通信委員会(KCC)をはじめ欧州連合のCreative Europe MEDIAといった業界団体から、イギリスのグローバルコンテンツ企業・BBCスタジオズやアメリカの放送局・A+E Network、メキシコのメディア企業・Televisa Internacionalなど各国の大手スタジオが並ぶなか、日本からは日本テレビとソニーが名を連ねた。
■オンライン開催で実現した14年以来のNetflixトップ登壇
今回の『MIPCOM Online+』では業界の大物キーノートも大きな注目を集めた。これまでのリアル開催でも旬な人物をキャスティングし続けていたが、今年は近年の動画配信サービスの急成長を語る上で欠かせないNetflixのキーノートが実現したのだ。登壇したのは先ごろ共同CEOに就任したばかりのテッド・サランドス氏。ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の成功によって、14年にコンテンツ総責任者として初登壇して以来となる。これが実現できたのはオンライン開催だったからなのかもしれない。というのも、初登壇して以来、参加者から「話の中心はNetflixなれど、Netflixは不在」と揶揄されるほど、Netflixが『MIPTV/MIPCOM』の公式の場で語ることはなかったからだ。
オンライン上であるため、以前のような会場の熱気は伝わらなかったものの、予定時間の30分からプラス約10分超過された映像がノーカットで配信された。世界最大手のエンターテインメント専門紙『Variety(バラエティ)』から投げかけられる鋭い質問にも真摯に応え、共同CEOに就任した個人的な感想も聞くことができた。1000人以上収容の大会場では見えにくかった表情の変化に気づくこともできた。こうした体験から、オンラインキーノートの需要はリアルに戻ったとしても残り続け、発展していくのではないかとみている。
また、オンラインによる情報収集が増えるなかで、以前よりも重要視されているように感じるのが、マーケティング情報である。イベント開催時以外にも個別でマーケティング情報を扱ったセミナーが増えている。筆者自身、以前は数社の海外リサーチ会社の情報に頼るのみだったが、今ではその数は倍以上に増えた。これまで培ってきた知見をもとに解説を加えることが新たな価値になると思ったからだ。こうした気づきによって、課題があると思っていたオンライン上での新規ネットワーク作りなども攻略していけるのかもしれないと思っている。
今は、既成概念のままでは通用しない世界にある。この先、リアルに戻るのか、オンラインが続いていくのか、デュアルの時代が来るのか想定しにくいが、約1年にわたってオンライン取材を体験した今、オンラインのメリットはもう手放せないものになっていることは確かだ。日常である程度使いこなしていたデジタルツールが、ビジネスの場でもこれまで以上に活用されていく。それがポストコロナ時代のあるべき姿であることは否定できない。
(文・長谷川朋子)
■オンライン取材で享受できる価値はリアルとはある意味真逆にある
新型コロナウイルス感染症の広がりを受けて、今年3月のテキサス州オースティンに世界中から約40万人が集うカンファレンス『SXSW(サウスバイサウスウェスト)』を皮切りに、予定していた香港、中国、シンガポール、フランスなど現地取材の予定が軒並みキャンセルとなった。09年から毎年欠かさず取材し続けているフランス・カンヌの世界最大級のテレビコンテンツ見本市『MIPTV/MIPCOM』をはじめ、数々の業界イベントがオンライン開催に踏み切ったことで、手探りながらプレス参加を試みた。
これまで、国際見本市や海外現地開催のイベントに足を運び、世界の番組市場トレンドをレポートするうえで筆者が大切にしてきたのは、取材対象者の熱量や会場の空気感を伝えることだった。現地マーケットでは取材対象者との連携が深まりやすいため、期間中はできる限り出展企業の担当者やバイヤー、プロデューサーに会って生の声を拾って記事に落とし込み、ネットワークづくりに努めてきた。それらをいかにオンラインで実現できるのか、当初はリアルの代替として考えていたため、画面上で参加するイベントはスケジュールを淡々とこなすようで味気なく感じ、レポートとして伝える際の絵作りは単調なものとなった。心のどこかでリアル取材の場が再開されることを願いつつ、オンライン取材一択の現状に不安に駆られることもあった。
時差の問題はリアルタイムに限定しなければ、不便さはさほど感じない。イギリスは午後の3時、日本では夜11時から始まるセミナーの参加をうっかり見逃すことがあったが、後日、アーカイブ配信の案内が届き、事なきを得ることもあった。総じて、オンライン開催の価値は効率性を高めようと思えばいくらでも高めることができることにある。コロナ禍で新たに学んだことだった。
■作品や企業の宣伝・プロモーションの場としての見本市の優位性
思えば、番組売買の世界では既にコロナ禍の前から変化が起きていた。テレビ局などレガシー勢は、見本市をベースに商談相手と直接会って交渉するのが当たり前であったのに対し、デジタル系の新興勢は見本市に参加はするものの、オンラインで済ませることができる商談はそちらに移行していた。ちょうど1年前、レガシー勢のあるバイヤーが「デジタル系のバイヤーはオンライン上の番組リストだけを見て、相手の人となりも知らずに番組を買うことがある。自分はそんなやり方でタイムテーブルにハマる番組を購入できないけれど、デジタル全盛時代はそれが当たり前になっていくのかもしれない」とこぼしていたのだ。当時、にわかには信じがたかったが、たった1年でそれが常識になりつつあるのだ。
だが、たとえ商談の場に使われないとしても、見本市の優位性が薄まるわけではない。リアルであっても、オンラインであっても、一定期間に集中して集客が見込めるため、見本上映やプレゼンテーションを通じて、作品や企業の宣伝・プロモーションの場としての価値があるのだ。実際にオンライン開催ならではの宣伝方法として注目した例がある。今年10月に数百人の業界関係者が参加したオンライン版の番組見本市『MIPCOM Online+』では、各種セミナーの上映前に必ずスポンサー企業の映像が流れる仕組みとなっており、何度となくセールス中の番組や企業ブランドメッセージを目にして、ある種サブリミナル効果のように印象に残るものになった。他の参加者からもそんな声を数多く聞くことができた。
そのスポンサー企業には韓国の政府機関である放送通信委員会(KCC)をはじめ欧州連合のCreative Europe MEDIAといった業界団体から、イギリスのグローバルコンテンツ企業・BBCスタジオズやアメリカの放送局・A+E Network、メキシコのメディア企業・Televisa Internacionalなど各国の大手スタジオが並ぶなか、日本からは日本テレビとソニーが名を連ねた。
■オンライン開催で実現した14年以来のNetflixトップ登壇
今回の『MIPCOM Online+』では業界の大物キーノートも大きな注目を集めた。これまでのリアル開催でも旬な人物をキャスティングし続けていたが、今年は近年の動画配信サービスの急成長を語る上で欠かせないNetflixのキーノートが実現したのだ。登壇したのは先ごろ共同CEOに就任したばかりのテッド・サランドス氏。ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の成功によって、14年にコンテンツ総責任者として初登壇して以来となる。これが実現できたのはオンライン開催だったからなのかもしれない。というのも、初登壇して以来、参加者から「話の中心はNetflixなれど、Netflixは不在」と揶揄されるほど、Netflixが『MIPTV/MIPCOM』の公式の場で語ることはなかったからだ。
オンライン上であるため、以前のような会場の熱気は伝わらなかったものの、予定時間の30分からプラス約10分超過された映像がノーカットで配信された。世界最大手のエンターテインメント専門紙『Variety(バラエティ)』から投げかけられる鋭い質問にも真摯に応え、共同CEOに就任した個人的な感想も聞くことができた。1000人以上収容の大会場では見えにくかった表情の変化に気づくこともできた。こうした体験から、オンラインキーノートの需要はリアルに戻ったとしても残り続け、発展していくのではないかとみている。
また、オンラインによる情報収集が増えるなかで、以前よりも重要視されているように感じるのが、マーケティング情報である。イベント開催時以外にも個別でマーケティング情報を扱ったセミナーが増えている。筆者自身、以前は数社の海外リサーチ会社の情報に頼るのみだったが、今ではその数は倍以上に増えた。これまで培ってきた知見をもとに解説を加えることが新たな価値になると思ったからだ。こうした気づきによって、課題があると思っていたオンライン上での新規ネットワーク作りなども攻略していけるのかもしれないと思っている。
今は、既成概念のままでは通用しない世界にある。この先、リアルに戻るのか、オンラインが続いていくのか、デュアルの時代が来るのか想定しにくいが、約1年にわたってオンライン取材を体験した今、オンラインのメリットはもう手放せないものになっていることは確かだ。日常である程度使いこなしていたデジタルツールが、ビジネスの場でもこれまで以上に活用されていく。それがポストコロナ時代のあるべき姿であることは否定できない。
(文・長谷川朋子)
2020/12/10