“ヤラレ役”の量産機が「戦争の趨勢を決める決定的な役割を持つ」ことを教えてくれた『機動戦士ガンダム』。一方で、個性派揃いの主役たちが搭乗する“ワンオフ機”のカッコよさもガンダムシリーズの魅力だ。そこで今回、一年戦争最終決戦仕様のジムを制作したモデラー・スギ氏と、小説『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン』に登場するHi-ν(ハイニュー)ガンダムを制作したアナベル・サトー氏に取材を敢行。量産機とワンオフ機、それぞれの魅力について聞いた。
■妄想改造しやすい量産型はモデラーにとって「想像力の源泉」(スギ)
『機動戦士ガンダム』シリーズの中で一番好きな作品は、1988年に公開された劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(逆シャア)』と語るスギ氏。アムロとシャアの因縁の対決に終止符が打たれた本作は、ファーストから始まったガンダムワールドの集大成と銘打たれていた。公開当時、スギ氏は中学生で、ガンダム映画は初鑑賞。81年に公開されたファーストガンダム劇場版三部作の時は小学生だったため、「ドラえもんの映画を見に行っていました(笑)」と当時を笑顔で振り返った。
当然、思い入れの強いキャラはアムロやシャアとなる。特にファースト、Zガンダムを経て逆シャアでは大人になったアムロの立ち居振る舞いが感慨深く、その成長度合いに感動したとも。
「劇中、アクシズの落下を阻止しようとするアムロと、立ちはだかるシャアが口論をするシーンは、ファーストの頃にサイド6でシャアと初対面してオドオドしていたアムロとはまるっきり違い、逞しさを感じました。視聴者と一緒にヒーローたちの時間が経過している点が印象的でした」
では、ガンプラにハマったタイミングはどこだったのか。
「まず、プラモデルの原体験は駄菓子屋で買えた『ロボダッチ』や『宇宙戦艦ヤマト』のメカコレになります。ガンプラに関しては『コミックボンボン』の影響でハマりました」と当時を述懐したスギ氏。漫画『プラモ狂四郎』や『MS戦記』をはじめ、プロモデラーのガンプラ作品…毎月ボンボンのガンプラ情報に釘付けだったのだそう。
そんな、濃いガンプラ体験を経たスギ氏はジム作品で有名。ジムに魅力を感じたアニメシーンを聞いた。
「色々あって悩みますが、ファーストガンダムの第30話『小さな防衛線』に登場する工場に並ぶ沢山のジムでしょうか。これまでのアニメでは描かれなかった“量産型”にはじめて触れ、『量産型スゲー!』って子ども心に思いました。最近のジムに関しては、懐の広いバリエーション展開に魅力を感じています」
実際、ドズル・ザビが語った名セリフ「戦いは数だよ兄貴!」に象徴される通り、ガンダムにおける“量産機”はすなわち“力”を意味している。
「私もドズル・ザビと同様の考えで、量産型は“ヤラレ役”ではなく戦いの趨勢を決定づける存在だと思っています。あと、モデラー視点でいうと量産型にはバリエーションが多く妄想改造がしやすいため、『量産型=想像力の源泉』だと思っています。今後も、そんな魅力イッパイのジムを制作し続けていきたいです」
■妄想した機体のシルエットに近づいたときに“喜び”を感じる(アナベル・サトー)
今回紹介しているハイニューガンダムへの思い入れをアナベル・サトー氏に聞くと、「僕のガンプラ人生で、『うお〜、カッコいい!』って思ったのが、出渕裕さんデザインによるハイニューガンダムでした。それと、アムロが最後に搭乗した“ワンオフ機”だという点も重要です」と教えてくれた。そんなサトー氏は、最近になってたまたまシナンジュ・スタインのキットを目にした際、『膝がハイニューに似てるな』と感じ、これをベースに“自分にとって一番カッコいいハイニュー”を制作したのだという。
このハイニューガンダムに代表されるように、ミキシングによるガンプラ作品が多いサトー氏。その理由について聞くと意外な回答があった。
「正直に言いますと、僕はプラ板やパテでのスクラッチが苦手です。子どもの頃より父親の影響でバイクモデルを作っていましたが、当時もキットをそのまま作るのではなく、他のレーサーのキットから足回りを移植して自分の好きな形(スタイル)にすることが多かったんです」
父親の影響で制作したプラモデルの原体験が、ミキシング主体の今の制作スタイルになった要因だという。そして今では、サトー氏の制作したガンプラは、SNSで話題になるほどだ。
「シナンジュ・スタインをベースに作ったこのハイニューが、僕の中で満足いく形にできた作品」と充実の表情を見せるサトー氏。ベースキット(スタイン)の素晴らしさをひしひしと感じ、他にも作れるMSはないかと考えるようになり、それ以来はシナンジュ・スタインをベースにミキシングをすることが多くなったと説明してくれた。
「僕は子どもの頃から図画工作が大好きなんです。だから、思いついた作品を作っている瞬間や、工作して、思い描いていたシルエットに近づいたときは最高の気分です。これからも、展示会等で皆さんに楽しんでもらえる作品作りをしたいと思います」
(C)創通・サンライズ
■妄想改造しやすい量産型はモデラーにとって「想像力の源泉」(スギ)
『機動戦士ガンダム』シリーズの中で一番好きな作品は、1988年に公開された劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(逆シャア)』と語るスギ氏。アムロとシャアの因縁の対決に終止符が打たれた本作は、ファーストから始まったガンダムワールドの集大成と銘打たれていた。公開当時、スギ氏は中学生で、ガンダム映画は初鑑賞。81年に公開されたファーストガンダム劇場版三部作の時は小学生だったため、「ドラえもんの映画を見に行っていました(笑)」と当時を笑顔で振り返った。
「劇中、アクシズの落下を阻止しようとするアムロと、立ちはだかるシャアが口論をするシーンは、ファーストの頃にサイド6でシャアと初対面してオドオドしていたアムロとはまるっきり違い、逞しさを感じました。視聴者と一緒にヒーローたちの時間が経過している点が印象的でした」
では、ガンプラにハマったタイミングはどこだったのか。
「まず、プラモデルの原体験は駄菓子屋で買えた『ロボダッチ』や『宇宙戦艦ヤマト』のメカコレになります。ガンプラに関しては『コミックボンボン』の影響でハマりました」と当時を述懐したスギ氏。漫画『プラモ狂四郎』や『MS戦記』をはじめ、プロモデラーのガンプラ作品…毎月ボンボンのガンプラ情報に釘付けだったのだそう。
そんな、濃いガンプラ体験を経たスギ氏はジム作品で有名。ジムに魅力を感じたアニメシーンを聞いた。
「色々あって悩みますが、ファーストガンダムの第30話『小さな防衛線』に登場する工場に並ぶ沢山のジムでしょうか。これまでのアニメでは描かれなかった“量産型”にはじめて触れ、『量産型スゲー!』って子ども心に思いました。最近のジムに関しては、懐の広いバリエーション展開に魅力を感じています」
実際、ドズル・ザビが語った名セリフ「戦いは数だよ兄貴!」に象徴される通り、ガンダムにおける“量産機”はすなわち“力”を意味している。
「私もドズル・ザビと同様の考えで、量産型は“ヤラレ役”ではなく戦いの趨勢を決定づける存在だと思っています。あと、モデラー視点でいうと量産型にはバリエーションが多く妄想改造がしやすいため、『量産型=想像力の源泉』だと思っています。今後も、そんな魅力イッパイのジムを制作し続けていきたいです」
■妄想した機体のシルエットに近づいたときに“喜び”を感じる(アナベル・サトー)
今回紹介しているハイニューガンダムへの思い入れをアナベル・サトー氏に聞くと、「僕のガンプラ人生で、『うお〜、カッコいい!』って思ったのが、出渕裕さんデザインによるハイニューガンダムでした。それと、アムロが最後に搭乗した“ワンオフ機”だという点も重要です」と教えてくれた。そんなサトー氏は、最近になってたまたまシナンジュ・スタインのキットを目にした際、『膝がハイニューに似てるな』と感じ、これをベースに“自分にとって一番カッコいいハイニュー”を制作したのだという。
このハイニューガンダムに代表されるように、ミキシングによるガンプラ作品が多いサトー氏。その理由について聞くと意外な回答があった。
「正直に言いますと、僕はプラ板やパテでのスクラッチが苦手です。子どもの頃より父親の影響でバイクモデルを作っていましたが、当時もキットをそのまま作るのではなく、他のレーサーのキットから足回りを移植して自分の好きな形(スタイル)にすることが多かったんです」
父親の影響で制作したプラモデルの原体験が、ミキシング主体の今の制作スタイルになった要因だという。そして今では、サトー氏の制作したガンプラは、SNSで話題になるほどだ。
「シナンジュ・スタインをベースに作ったこのハイニューが、僕の中で満足いく形にできた作品」と充実の表情を見せるサトー氏。ベースキット(スタイン)の素晴らしさをひしひしと感じ、他にも作れるMSはないかと考えるようになり、それ以来はシナンジュ・スタインをベースにミキシングをすることが多くなったと説明してくれた。
「僕は子どもの頃から図画工作が大好きなんです。だから、思いついた作品を作っている瞬間や、工作して、思い描いていたシルエットに近づいたときは最高の気分です。これからも、展示会等で皆さんに楽しんでもらえる作品作りをしたいと思います」
(C)創通・サンライズ
2020/04/05