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『渡辺篤史の建もの探訪』2・2に放送1500回突破

 テレビ朝日で平成元年(1989年)4月1日にスタートした『渡辺篤史の建もの探訪』(毎週土曜 前4:30〜4:55※関東ローカル/BS朝日:毎週日曜 前8:30〜8:55)が、2月2日に放送1500回を突破し、4月には30周年を迎える。当初13回で終了予定だったのが、年号をまたぐ長寿番組に。これまでに探訪した家は1500軒以上、取材した家族はのべ6000人超。毎回、リハーサルや下見は一切せず、その住宅の魅力を見たまま、感じたままに伝え続けてきた俳優・渡辺篤史が、番組への思いを語った。

『渡辺篤史の建もの探訪』2月2日の放送で1500回突破へ。「絶対に否定しない」が人気の理由の一つ(C)テレビ朝日

『渡辺篤史の建もの探訪』2月2日の放送で1500回突破へ。「絶対に否定しない」が人気の理由の一つ(C)テレビ朝日

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 1989年春、同番組は沖縄を皮切りに桜前線と共に北上しつつ、日本全国の名建築を訪ねる旅番組として企画された。第1回は、沖縄・那覇の城西小学校(※京都駅を設計した原広司氏のデザイン)を取り上げた。番組は3ヶ月間、計13回で終了する予定だったが、いつしか評判を呼び、気づけば日本有数の長寿番組に…。取材対象も公共建築から徐々に住宅へとシフトし、今日では住宅専門番組となっていった。そこには、渡辺本人の“個人住宅好き”が大きく関わっていたという。

 「沖縄からはじまったロケが熊本あたりまで来たところで、僕は飛行機で取材に通うことに疲れてきて…(笑)。それでプロデューサーに(近郊でロケができるし自分がいちばん興味を持っている)個人住宅の取材にしましょうよ、と提案したんです」。

 放送記録によれば、開始5回目にして早くも個人宅が登場。終了予定の13回を超えて1年が経過した頃には、番組で取り上げる家のほとんどが個人住宅になっていた。

 同番組は、建築専門誌ではありえない、渡辺の取材スタイルが人気を支える一つとなっている。台本、現場下見、打ち合わせは一切ナシ。番組冒頭の家族とのあいさつシーンが、まさにその家との初対面。渡辺の新鮮な驚きこそが、“探訪”の神髄であり、30年間一貫して変わらないところだ。

 さらに、建築雑誌では絶対に見ることができない、“家中の扉”を開けまくるところも好評。渡辺は、トイレや風呂はもちろん、キッチンの収納までも遠慮なくオープン。番組プロデューサーの山澤達義氏によれば、「当初、建築家にはそういう取材はやめてくれ、と拒否されたんです。ところが、箸も食器もきちんと収まるように設計しているところを紹介すると、視聴者は“建築家はこんなことまでやってくれるんだ!”とビックリ。そうやって渡辺さんは、建築家に対する印象のハードルを下げてくれたんです」と、その取材方法が、昨今の建築ブームを作り上げたと分析する。

 また、窓をほめ、イスをほめ、手すりをほめ…と、渡辺が毎回、住宅のあちこちを「いいですね〜!」とほめ倒す、その温かいリポートはネット上でも度々話題になり、いまや“ほめ芸”と称賛されるまでに…。

 渡辺が住まいを褒めまくる背景には、「僕は日本の住宅がもっともっとよくなればいいと思ってこの番組をやっています。施主に選ばれた設計家が一生懸命考えて建てた家なのだから、僕はうまく仕上がっている部分をほめて、それが放送されて評判になればいい。そうすることでその建築家を育て、ひいては住宅事情がよくなっていけばいいと思っています。だから絶対に否定しない」という、熱い思いを明かす。

 平成の30年間、“狭小住宅”や“屋上庭園”、“省エネスタイル”“スキップフロア”“アイランドキッチン”など、新しい建築=様式が続々と登場し、番組も多様なライフスタイルを紹介してきた。さらに、ここ数年は世代交代&建て替え周期に入った家が増え、土地が細分化されたことによって、若い家族が都心の狭く不規則な形の土地に建てた家を紹介する機会が多くなっている。そんな家には「現代の建築家のセンスが光っている」と、渡辺は言う。

 「この30年間で家が使いやすくなりました。長屋から団地への間取りの変化=食寝分離がエポックメイキングな出来事だったことを考えたら、今の進歩はすごい。変形した土地にも創意工夫次第で居心地のいい空間を作ることができる。そういう建築家の感性や工夫の数々をあげたらきりがないですね」。

 番組で紹介した建築家は、およそ1000人。著名な建築家による家も多数、取り上げた。世界的建築家の安藤忠雄氏、隈研吾氏。若手の谷尻誠氏、藤本壮介氏。そして、大塚泰子氏をはじめとする、多くの女性建築家の住宅も。若手建築家にとっては、自分の作品をアピールできる晴れ舞台となり、毎週30分間、巨匠の作も新鋭の作も同じボリュームで紹介されるのは、若い建築家にはとても刺激的だ。

 30年の歴史を持つ番組ならではの出会いもあった。「『建もの探訪』を見てくれていた子どもが番組の影響で建築家を目指し、やがて成長して夢をかなえた彼が設計した家を取材に行ったことがあります。彼はロケ現場の隅のほうに立って感激、緊張していた。この番組が育てた青年たちとのこうした出会いは、涙が出るほどうれしいです」と渡辺。

 家を見れば、家族の生き方がわかる――。30年、家を建てたい人、暮らし方やデザインを楽しみたい人が抱く理想や憧れを紹介し、平成とともに歩んできた同番組は、新年号に変わってからも、家を探訪し続ける予定だ。

■渡辺篤史が語る、この番組が果たしてきた役割とは?

 僕は、『建もの探訪』に関わる以前、20代半ばごろから建築雑誌の『新建築』や『住宅建築』、『GA JAPAN』などを読みふけり、本棚にずらっと並べていたんです。自分が将来、家を建てられるチャンスがあれば、建築家にお願いしたいとも思っていた。そんなときにテレビ朝日からこの番組をやらないかと声がかかったのですが、初代のプロデューサーは僕が建築好きなことはまったく知らなかったんです(笑)。

 この番組がはじまるまでは、一般の人が建築家に家を発注することは珍しいことでした。建築家は“先生”というか格式があるような印象で相談しにくかったんです。でも、実は個人で発注しても設計料が特段高くなるわけではないし、誰でも建築家に設計を依頼できることを知ってもらうことができた。画一的でない個性的な建物、身の丈にあった住宅。自分なりの自由な空間創り。『建もの探訪』がそのきっかけを作ったのだと思います。

 そして、一般の人が建築家に建ててもらうようになると、次第に家の中からインテリアのデザインにも強い興味を持つようになっていった…。有名デザイナーの家具や照明を積極的に取り入れたインテリアを紹介したのも、この番組が初めてだったのではないでしょうか…!

関連写真

  • 『渡辺篤史の建もの探訪』2月2日の放送で1500回突破へ。「絶対に否定しない」が人気の理由の一つ(C)テレビ朝日
  • 『渡辺篤史の建もの探訪』記念すべき第1回は沖縄だった(C)テレビ朝日
  • 『渡辺篤史の建もの探訪』1999年、10周年の頃(C)テレビ朝日
  • 『渡辺篤史の建もの探訪』2009年、20周年の頃(C)テレビ朝日

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