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霜降り明星、最年少『M-1』王者を生んだ劇場の存在 “仕掛け人”中田カウスが分析

 2日に生放送された漫才日本一を決める『M-1グランプリ2018』(ABC・テレビ朝日系)で優勝し、史上最年少での『M-1』王者となったせいや(26)と粗品(25)によるお笑いコンビ・霜降り明星。優勝後の会見では、新世代の台頭を誓っていたが、最近の賞レースを見ていると、昨年新設された女芸人No.1を決める大会『女芸人No.1決定戦 THE W(ザ ダブリュー)』で初代王者・ゆりやんレトリィバァ(28)、日本一のピン芸人を決める『R-1ぐらんぷり2018』の王者である濱田祐太郎(29)と若手芸人の躍動が目立つ。今挙げた3組に共通するのが、大阪・よしもと漫才劇場に出演しているという点。笑いの新時代を作る場となっている同劇場の立ち上げに関わった中田カウス(69)、霜降りにその魅力を聞いてみた。

■カウスが考える“プロ”の条件 漫才と古典芸能との違いとは?

 2014年12月に「5upよしもと」を引き継ぐ形で、関西の若手芸人たちが活躍する場として『よしもと漫才劇場』と名前を改めてオープン。カウスがその経緯を打ち明ける。「毎年、大阪と東京のNSCに500人ずつ来ていて、飽和状態になっている。そこで、若手のための劇場ということで『5up』があったわけですけど、5階にあるから5upですって言っても、その由来を知らない大阪にお笑いを見に来た人たちにはスルーされてしまう。だったら、よしもとが作った漫才の劇場ということで『よしもと漫才劇場』はどうですかと。これだったら、地方から来た方にもわかりやすいですし、ネットでもすぐヒットしますから。そして、その向かいには聖地のNGKがあるというのは、すごくいい立地ですよね」。

 それと同時に、カウスを会長に据えた上方漫才協会が立ち上がった。「NSCの子たちが迷子にならんように、競い合う、腕をつける場所があったら、まず迷いがとれるという思いから漫才劇場ができました。それと同じくして上方漫才協会を作ったのですが、何でこれが今までなかったのかと思うくらいですよ(笑)。若手の子たちが舞台に出ると同時に、束ねる所ということで上方漫才協会を作って(芸歴が)10年未満の子たちに入ってもらって、10年経ったら卒業してもらおう、ということにしました」。“漫才”という芸を伝承し、新しい才能を伸ばすために、上方漫才協会が機能している。

 漫才劇場の出身芸人たちが、このところ賞レースで勝負強さを発揮しているのはなぜだろうか。「2ヶ月に1回『Kakeru翔GP』というのを行っていて、それが芸人たちが競う場になっているので、いざというところでの勝負強さにつながっているのでしょう。そのペースで勝負ネタを作らないといけないって地獄ですよ(笑)。霜降りだって、これまでにボロボロになったこともあると思いますよ。ただ、そこで全部失うような気持ちを経験するということが大事で、それからどうやって修羅場をくぐっていくかがプロやから。本当のプロは修羅場に強い」。

 中田ダイマル・ラケット一門に入り、漫才一筋に続けてきた芸人人生。出囃子(でばやし)にビートルズの楽曲を使ったり、スーツ姿で漫才をするのが一般的だった時代に一足早くTシャツにジーンズで漫才を行ったりと、自らも漫才の新時代を切り開いてきた。「僕は漫才が好きで吉本に入ったので、若手で漫才が好きな子にはもっと好きになってほしい。古典というのは結果から勉強しますよね。形が決まっていて、様式美を見せる。(市川)海老蔵さんたちが、新しいことをやりたいということで、いろいろと模索されていますけど、まずは結果から覚えていくことが求められる。でも、漫才はその“結果”がないから、永遠やっていかなアカン。だから、続けていけるんです。だから、今は80歳になったらどんな漫才をしようかなと思っていますよ。なんやかんやとネタが待ってくれているから」。

■カウスが霜降りに激励「一生漫才をやっていくために…」 次なる野望は“東京版NGK”

 こうしたカウスの思いは、漫才劇場の若手芸人たちにもしっかりと受け継がれている。霜降りの2人は、劇場の存在が『M-1』王者という結果に大きな影響を与えていると明かす。「去年くらいまでは『M-1』だけでしかウケないようなネタでもいいと思っていたのですが、今回の『M-1』で披露させてもらったネタは、漫才劇場で100回以上やったんです。ずっとやっていて、同じものだと見飽きられてしまうので、少しずつひねりながら大きくなっていったネタだったので、本当に感謝しています」。2人の言葉にやさしくうなずくカウスは、漫才師としての霜降り明星の魅力をこう分析した。

 「せいやの持って生まれているかわいらしさがあって、粗品はそれをえぐるようなツッコミをしないんですよ。それでいてツッコミに無駄なせりふがない。長くしゃべったりやなしに、パチンパチンって決めていく。あれは見事やね。一番根っこのNSCが大事、そこから漫才劇場でみんな力をつけてきてくれて、賞を取りまくってくれて、ゆくゆくはNGKのトリを取る。霜降りの2人も、これからもっと仕事入ってくるわ。やけど、いつも忘れたらいかんのは、育ててくれた親のことを忘れたらいかんように、漫才のことを忘れたらいかん。何がなくなっても僕らには漫才がある。2人で一生漫才をやっていくことが目的であって、『M-1』というのは、その上でのひとつの手段にしか過ぎないから」。

 漫才劇場を基点として、若手芸人たちが次々と結果を出して、スターダムへと駆け上がっている現状に、カウスも手応えを感じている。「300席しかない漫才劇場に、年間30万人来てくれています。漫才劇場でやっているネタはどこでもウケる。NGKとはまた違った魅力が詰まった、この規模感では最高の劇場になりました。吉本興業の幹は何かといったら、芸人と舞台とお客様。この漫才劇場というところを、それぞれのコンビがどういう使い方をするかが大切になってきますね」。

 『M-1』王者になってから2日後の12月4日、よしもと漫才劇場の舞台に立った霜降りの2人。観客から大歓声で迎え入れられると、涙をこらえきれなかった。世代の近い芸人たちと、切磋琢磨しながら作ってきた“新しい笑い”が大きな舞台で実を結んだことを実感した瞬間だった。カウスは、吉本の幹である“劇場”をさらに拡大させていく必要があるのではないかと提案する。「東京版のNGKを作らないといけないですね。例えば、東京のテレビに出る前に大阪の劇場に出て、そこからテレビに出て、時間があったら東京版のNGKに出るということもできます。東京に出ていく以外に、大阪から東京に出向いていくという選択もできるようになりますから」。



関連写真

  • 霜降り明星、最年少『M-1』王者を生んだ劇場の存在 仕掛け人の中田カウスと語る (C)ORICON NewS inc.
  • 霜降り明星 (C)ORICON NewS inc.

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