作家の阿川佐和子(64)、歌手のクミコ(63)、プロデューサーの残間里江子(68)がこのほど、残間の設立した会員制コミュニティ「クラブ・ウィルビー」で、介護をテーマに鼎談(ていだん)を実施。介護を経験し終えた者、現在進行形の者、それぞれの角度で介護の捉え方を本音で語り、自身の「老い」にも触れながら、生きていくコツを話し合った。
◆阿川佐和子
「日本って同世代を友達にするでしょ。私はいろんな人に会う仕事をしているせいか、歳を取った人と親しくなることもありますが、若い人とご飯を食べる機会もあるんですね。『え、今の若い子たちはこんなこと考えてるのか。けしからん!』って思ったりしますけど、学ぶこともあったり、なるほどと刺激されることある。やっぱり多世代と仲良くしてると、一人欠けてもまだこっちいるぞと。
日本人は「孤独死」というのを、いかにも子供が親を放置したように言いますけど、孤独死はヨーロッパでは「はい、オッケー!」なんですって。広島にもう100歳を超えた伯母がいるんですが、97を越してから入退院や施設への引っ越しを繰り返したことで、一時精神的におかしくなった時があったんですね。伯母は精神病院に入れられちゃったんです。もう杖をついていた父や母を連れて、また広島に行ったんです。
伯母に会うと、今度はすっきりとした顔をしていて、父を見ると「あらヒロちゃん、何しに来たん(広島弁)」とか言うわけです。これはどうしたことかと思いました。実は新しい主治医が50代から60代ぐらいの男性でして、伯母はミツコというんですが、その先生が「ミツコさんは僕よりしっかりしてらっしゃるからねー」とか声をかけると、伯母は「ウフッ(ハート)」みたいなウブな女の子の表情つくったりして。「女じゃん!」と思いました。要するにホルモンはすごく大事だということ。」
◆クミコ
「数年前から高齢者の施設で歌う機会があるんですが、最初に歌った時はものすごく緊張しましたね。歌って基本は希望を歌うじゃないですか。愛とか未来のこととか。それで『この人たちの前で私は何が歌えるの?』っていう気がしたんですね。今ならそんなこと思う必要ないよってことなんですが、私はどうしていいかわからなくて、歌詞に『明日』とかあると歌っていいんだろかとか、『最後』なんてことを歌ってはいけないんじゃないかとか。
結局その時は、『愛の讃歌』(亡くなった恋人を思う歌)を歌ってみたんです。すると女の人のほぼ全員が、ダーっと号泣したんですね。みんないろんなことを抱えてる中で、感情をシャットアウトしていくのが“老い”なのではと。何かを我慢したり、何かを考えないようにしたり。それで歌は感情の発露の引き金になるのではと。
自分の若き頃のこととか、死んだ夫のこととか、初恋の人だとか、今まで思ってたいろんなことが溢れ出す。歌って浄化作用というか薬なのかもしれません。」
◆残間里江子
「母が死んで2年になりますが、一周忌を過ぎたあたりから鬱病みたいになりましたね。別に喪ったことの悲しみはないんですよ。99歳9ヶ月まで生きましたから。なんかこう、ある種の空の巣症候群ですよね。新宿の有料老人ホームで最期を迎えましたが、自分が東京にいる時は毎日会いに行きましたし、その前の2年間は一緒に暮らしていました。当然、最期は私が看取らないとという気負いもありました。
一方で母にちょっと声を荒げては自己嫌悪の繰り返しで。それで一周忌が済んだので『よし、これからは私の人生を頑張ろう!』と思ったんですが、その途端、鬱っぽくなりましたね。何でもキッチリ決め込みたがる性格が災いしたんでしょう。
クラブ・ウィルビーも50代以上のメンバーが多いので、介護をしている方が多いんですよ。それで話を聞いていてわかったんですが、男性って介護の話はしづらいんですって。特に男同士ってしないみたいですね。女同士はこうやって話ができるのにね。それでウィルビーで『介護カフェ』という介護中や介護経験のある人が話をする場を作ったんですが、男の介護は真面目なんですよね。味噌汁の出汁を鰹節から取ったりする人がいました。あんまり真面目過ぎてパニックになることもあるみたいで。
男性の場合、親の介護が始まったと同時に、ヘルパーの資格を取る人もけっこういます。介護の知識を身につけるには資格を取るのが早道だろうと。このあたりが、また男性らしいですが。」
◆
三者三様の「介護」と「老い」を2時間にわたり語り尽くし、「介護離職」なども社会問題となっている現代を生き抜くヒントが提示された特別鼎談。
クラブ・ウィルビーのサイト(https://www.club-willbe.jp/teidan/)で詳細を公開している。
◆阿川佐和子
「日本って同世代を友達にするでしょ。私はいろんな人に会う仕事をしているせいか、歳を取った人と親しくなることもありますが、若い人とご飯を食べる機会もあるんですね。『え、今の若い子たちはこんなこと考えてるのか。けしからん!』って思ったりしますけど、学ぶこともあったり、なるほどと刺激されることある。やっぱり多世代と仲良くしてると、一人欠けてもまだこっちいるぞと。
日本人は「孤独死」というのを、いかにも子供が親を放置したように言いますけど、孤独死はヨーロッパでは「はい、オッケー!」なんですって。広島にもう100歳を超えた伯母がいるんですが、97を越してから入退院や施設への引っ越しを繰り返したことで、一時精神的におかしくなった時があったんですね。伯母は精神病院に入れられちゃったんです。もう杖をついていた父や母を連れて、また広島に行ったんです。
伯母に会うと、今度はすっきりとした顔をしていて、父を見ると「あらヒロちゃん、何しに来たん(広島弁)」とか言うわけです。これはどうしたことかと思いました。実は新しい主治医が50代から60代ぐらいの男性でして、伯母はミツコというんですが、その先生が「ミツコさんは僕よりしっかりしてらっしゃるからねー」とか声をかけると、伯母は「ウフッ(ハート)」みたいなウブな女の子の表情つくったりして。「女じゃん!」と思いました。要するにホルモンはすごく大事だということ。」
◆クミコ
「数年前から高齢者の施設で歌う機会があるんですが、最初に歌った時はものすごく緊張しましたね。歌って基本は希望を歌うじゃないですか。愛とか未来のこととか。それで『この人たちの前で私は何が歌えるの?』っていう気がしたんですね。今ならそんなこと思う必要ないよってことなんですが、私はどうしていいかわからなくて、歌詞に『明日』とかあると歌っていいんだろかとか、『最後』なんてことを歌ってはいけないんじゃないかとか。
結局その時は、『愛の讃歌』(亡くなった恋人を思う歌)を歌ってみたんです。すると女の人のほぼ全員が、ダーっと号泣したんですね。みんないろんなことを抱えてる中で、感情をシャットアウトしていくのが“老い”なのではと。何かを我慢したり、何かを考えないようにしたり。それで歌は感情の発露の引き金になるのではと。
自分の若き頃のこととか、死んだ夫のこととか、初恋の人だとか、今まで思ってたいろんなことが溢れ出す。歌って浄化作用というか薬なのかもしれません。」
◆残間里江子
「母が死んで2年になりますが、一周忌を過ぎたあたりから鬱病みたいになりましたね。別に喪ったことの悲しみはないんですよ。99歳9ヶ月まで生きましたから。なんかこう、ある種の空の巣症候群ですよね。新宿の有料老人ホームで最期を迎えましたが、自分が東京にいる時は毎日会いに行きましたし、その前の2年間は一緒に暮らしていました。当然、最期は私が看取らないとという気負いもありました。
一方で母にちょっと声を荒げては自己嫌悪の繰り返しで。それで一周忌が済んだので『よし、これからは私の人生を頑張ろう!』と思ったんですが、その途端、鬱っぽくなりましたね。何でもキッチリ決め込みたがる性格が災いしたんでしょう。
クラブ・ウィルビーも50代以上のメンバーが多いので、介護をしている方が多いんですよ。それで話を聞いていてわかったんですが、男性って介護の話はしづらいんですって。特に男同士ってしないみたいですね。女同士はこうやって話ができるのにね。それでウィルビーで『介護カフェ』という介護中や介護経験のある人が話をする場を作ったんですが、男の介護は真面目なんですよね。味噌汁の出汁を鰹節から取ったりする人がいました。あんまり真面目過ぎてパニックになることもあるみたいで。
男性の場合、親の介護が始まったと同時に、ヘルパーの資格を取る人もけっこういます。介護の知識を身につけるには資格を取るのが早道だろうと。このあたりが、また男性らしいですが。」
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三者三様の「介護」と「老い」を2時間にわたり語り尽くし、「介護離職」なども社会問題となっている現代を生き抜くヒントが提示された特別鼎談。
クラブ・ウィルビーのサイト(https://www.club-willbe.jp/teidan/)で詳細を公開している。
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2018/06/18