五輪3大会連続金メダルを含む世界大会16連覇という前人未到の偉業を成し遂げ、個人戦の連勝も200に伸ばした女子レスリング界のスーパースター・吉田沙保里選手が、石井大裕(TBSアナウンサー)とその兄・大貴からなる兄弟ユニットWell stone bros.とコラボした楽曲「目を覚ませ」で9月2日に配信デビューし、10月14日には同曲のCDが発売される。本業以外の著名人が歌手デビューすると批判対象にもなりうるが、その道を究めた超一流アスリートならば話は別。それを証明するように過去の歴史を振り返ると、CD・レコードデビューしたアスリートは意外と多い。改めてどんな例があるか振り返ってみよう。
◆長嶋茂雄、王貞治ら球界のレジェンドたちも次々と歌手デビュー
CD・レコードデビューするアスリートが多いのは、それなりに理由がある。そこには、(1)トップアスリートの知名度があれば一定以上の売り上げが見込める、という発売元の意向、(2)アスリートをメディア展開する上でCD(レコード)を発売した方が出ていける場所が広がるとするマネジメント側の思惑、(3)その分野の第一人者が歌を歌うことで、その競技に興味を持っていなかった人にも親近感を持ってもらえるのではないかという運営事務局の作戦、(4)アスリート自身がもともと歌にも興味を持っていた、という複合的な理由が存在する。
では、具体的にどのような例があったかのか。日本人にとって最も身近なアスリートといえば、野球選手あるいはサッカー選手であろう。とはいえ、Jリーグの発足以降に人気が急上昇したサッカー界において、それ以前のスター選手(釜本邦茂や奥寺康彦ら)は歌手デビューしていないし、Jリーグの歴代トッププレーヤー(三浦知良、武田修宏、ラモス瑠偉、中田英寿、中村俊輔、本田圭佑、香川真司)も同様だ。数少ない例外のひとつとして、田中マルクス闘莉王が自身選曲のコンピレーションアルバムの中でボーカル参加している曲があるものの、そうしたケースは本当にわずかだ。これは、アスリートのCDデビュー数が近年減少傾向にあることとも無関係ではないのかもしれないが、野球においてはやや様相が異なる。
野球におけるトッププレーヤーのイメージは今やメジャーリーグへの進出だが、その夢を実現した選手の中にもCD発売している例はある。2000年には佐々木主浩が「break new ground」という曲を、その6年前の1994年には新庄剛志が「第II章−True Love−」を発売(どちらも海外に渡る前)。これが、“かつての”スター選手となると、その数は一気に広がる。例えば、プロ野球読売ジャイアンツの監督である原辰徳は、現役選手時代にシングル「どこまでも愛」とアルバム『サムシング』を発売。『サムシング』の作家陣には、吉田拓郎、長渕剛、沢田研二、弾厚作(加山雄三)という錚々たる顔ぶれが並んでいるから驚きだ。その原を育て上げた“ミスタープロ野球”の長嶋茂雄(読売ジャイアンツ終身名誉監督)もまた、第2期監督時代の1993年に『劇空間プロ野球93』(日本テレビ系)のテーマソング「果てしない夢を」のレコーディングにゲスト参加。ZARD、WANDS、ZYYG、REVといった、当時音楽シーンを席巻したビーイング系アーティストと共演を果たしている。そして、長嶋の現役時代のライバルだった王貞治(現・福岡ソフトバンクス会長)は、1976年にセントラル・リーグ連盟25周年記念歌として制作された「六つの星」でメインボーカルの細川たかしのバックコーラスを務めている(因みに同コーラスには、星野仙一も加わっていた)。そのほかにも、野村克也や落合博満、掛布雅之、古田敦也などなど野球ファンならだれもが知る選手が歌手活動を行っていた例は多い。
◆リングをコンサート会場化し、多くのスターを生んだ女子プロレス
この他にCD発売が多い競技はプロレスに代表される格闘技系だ。ジャイアント馬場、アントニオ猪木といったプロレス界の“レジェンド”はもちろん、ジャンボ鶴田、藤波辰爾(発売時の表記は辰巳)、小川直也、K-1でもボブ・サップや角田信朗がレコードやCDで歌声を披露。さらに、具志堅用高やガッツ石松、竹原慎二、内藤大助といったボクシング選手も歌手デビューのリストに名を連ねている。キックボクシングで一世を風靡した沢村忠もシングルを発売した。
しかし、格闘技系で大きな実績を残したといえば、何といっても“女子プロレス”だろう。ジャッキー佐藤とマキ上田からなるビューティ・ペアの人気が爆発したのは、試合内容もさることながら、「かけめぐる青春」などの楽曲をリングの上で披露し、その場をコンサート会場に変えてしまうほどのショーアップされた展開が大きかったといえる(亀田大毅が行うリングでの“ライブ”もこれに準じているのかもしれない)。こうした女子プロレスラーのアイドル路線は長与千種とライオネス飛鳥によるクラッシュギャルズへと継承され、そんな“プロレス宝塚”的展開の中からジャガー横田らもレコードデビューを果たすこととなる。
他の競技に目を向けると、元バレーボール選手の大林素子が、2001年につんく♂プロデュースの「デカモニ。」名義でシングル「大きな私の小さな恋」を発売。なでしこジャパンの“世界一”メンバーでもあった、女子サッカー選手の丸山桂里奈は2011年に「Happy Birthday to You」を配信で発売。ゴルフ界では、“ジャンボ”こと尾崎将司の歌手活動が最も知られている。さらに、変わり種を挙げると、80年代後半から90年代にかけて一大ブームを巻き起こした“F1”から中嶋悟が「悲しき水中翼船」を発売し、最高20位を記録した。
◆“力士=歌が上手い” 歌と相性のいい相撲界
さらに“歌と相性のいい”競技として挙げられるのが相撲だ。代表的な例は現在も“現役”演歌歌手として活動している増位山太志郎。「そんな夕子にほれました」「そんな女のひとりごと」の2曲はいずれも現役力士時代のヒット曲で、カラオケなどではスタンダード化しているナンバー。琴風豪規の「まわり道」も彼が現役時代の曲だが、こちらは驚異的なロングセラーとなった。他にもレコードやCDを発表した力士は数多い。何故か。まず、恰幅の良さが生み出す豊かな声量と甘い歌声も持っていること。次に観客の年齢層が他の競技よりも上に広がっており、音楽を購入しやすい世代であるということ。そして、かつては「慈善大相撲」などの中継では力士が歌を披露する機会が多く、“力士=歌が上手い”というイメージが定着していた……など、広がりを見せる要素が多々あったからだ。しかし、近年は大相撲の国際化とともに「力士=歌」というイメージは希薄になり、CDを発売するお相撲さんもすっかり影を潜めてしまっているのが残念だ。
むしろ近年は、試合前に気持ちを集中させるために音楽を聴くアスリートへの注目度が高まり、シドニー五輪で高橋尚子がレース前に聴いていたhitomiの「LOVE2000」が話題になったり、浅田真央が元気の秘訣は浜崎あゆみのライブだと言い、羽生結弦が耳にしているThe Sketchbookが注目されたりと、スポーツ界と音楽の結びつきが異なる形で広がっている。今回の“吉田沙保里CDデビュー”のような例が、再びアスリートの歌手活動活性化に結びつくのかどうか、興味を持って見守りたい。
(文:田井裕規)
◆長嶋茂雄、王貞治ら球界のレジェンドたちも次々と歌手デビュー
CD・レコードデビューするアスリートが多いのは、それなりに理由がある。そこには、(1)トップアスリートの知名度があれば一定以上の売り上げが見込める、という発売元の意向、(2)アスリートをメディア展開する上でCD(レコード)を発売した方が出ていける場所が広がるとするマネジメント側の思惑、(3)その分野の第一人者が歌を歌うことで、その競技に興味を持っていなかった人にも親近感を持ってもらえるのではないかという運営事務局の作戦、(4)アスリート自身がもともと歌にも興味を持っていた、という複合的な理由が存在する。
では、具体的にどのような例があったかのか。日本人にとって最も身近なアスリートといえば、野球選手あるいはサッカー選手であろう。とはいえ、Jリーグの発足以降に人気が急上昇したサッカー界において、それ以前のスター選手(釜本邦茂や奥寺康彦ら)は歌手デビューしていないし、Jリーグの歴代トッププレーヤー(三浦知良、武田修宏、ラモス瑠偉、中田英寿、中村俊輔、本田圭佑、香川真司)も同様だ。数少ない例外のひとつとして、田中マルクス闘莉王が自身選曲のコンピレーションアルバムの中でボーカル参加している曲があるものの、そうしたケースは本当にわずかだ。これは、アスリートのCDデビュー数が近年減少傾向にあることとも無関係ではないのかもしれないが、野球においてはやや様相が異なる。
野球におけるトッププレーヤーのイメージは今やメジャーリーグへの進出だが、その夢を実現した選手の中にもCD発売している例はある。2000年には佐々木主浩が「break new ground」という曲を、その6年前の1994年には新庄剛志が「第II章−True Love−」を発売(どちらも海外に渡る前)。これが、“かつての”スター選手となると、その数は一気に広がる。例えば、プロ野球読売ジャイアンツの監督である原辰徳は、現役選手時代にシングル「どこまでも愛」とアルバム『サムシング』を発売。『サムシング』の作家陣には、吉田拓郎、長渕剛、沢田研二、弾厚作(加山雄三)という錚々たる顔ぶれが並んでいるから驚きだ。その原を育て上げた“ミスタープロ野球”の長嶋茂雄(読売ジャイアンツ終身名誉監督)もまた、第2期監督時代の1993年に『劇空間プロ野球93』(日本テレビ系)のテーマソング「果てしない夢を」のレコーディングにゲスト参加。ZARD、WANDS、ZYYG、REVといった、当時音楽シーンを席巻したビーイング系アーティストと共演を果たしている。そして、長嶋の現役時代のライバルだった王貞治(現・福岡ソフトバンクス会長)は、1976年にセントラル・リーグ連盟25周年記念歌として制作された「六つの星」でメインボーカルの細川たかしのバックコーラスを務めている(因みに同コーラスには、星野仙一も加わっていた)。そのほかにも、野村克也や落合博満、掛布雅之、古田敦也などなど野球ファンならだれもが知る選手が歌手活動を行っていた例は多い。
◆リングをコンサート会場化し、多くのスターを生んだ女子プロレス
この他にCD発売が多い競技はプロレスに代表される格闘技系だ。ジャイアント馬場、アントニオ猪木といったプロレス界の“レジェンド”はもちろん、ジャンボ鶴田、藤波辰爾(発売時の表記は辰巳)、小川直也、K-1でもボブ・サップや角田信朗がレコードやCDで歌声を披露。さらに、具志堅用高やガッツ石松、竹原慎二、内藤大助といったボクシング選手も歌手デビューのリストに名を連ねている。キックボクシングで一世を風靡した沢村忠もシングルを発売した。
しかし、格闘技系で大きな実績を残したといえば、何といっても“女子プロレス”だろう。ジャッキー佐藤とマキ上田からなるビューティ・ペアの人気が爆発したのは、試合内容もさることながら、「かけめぐる青春」などの楽曲をリングの上で披露し、その場をコンサート会場に変えてしまうほどのショーアップされた展開が大きかったといえる(亀田大毅が行うリングでの“ライブ”もこれに準じているのかもしれない)。こうした女子プロレスラーのアイドル路線は長与千種とライオネス飛鳥によるクラッシュギャルズへと継承され、そんな“プロレス宝塚”的展開の中からジャガー横田らもレコードデビューを果たすこととなる。
他の競技に目を向けると、元バレーボール選手の大林素子が、2001年につんく♂プロデュースの「デカモニ。」名義でシングル「大きな私の小さな恋」を発売。なでしこジャパンの“世界一”メンバーでもあった、女子サッカー選手の丸山桂里奈は2011年に「Happy Birthday to You」を配信で発売。ゴルフ界では、“ジャンボ”こと尾崎将司の歌手活動が最も知られている。さらに、変わり種を挙げると、80年代後半から90年代にかけて一大ブームを巻き起こした“F1”から中嶋悟が「悲しき水中翼船」を発売し、最高20位を記録した。
◆“力士=歌が上手い” 歌と相性のいい相撲界
さらに“歌と相性のいい”競技として挙げられるのが相撲だ。代表的な例は現在も“現役”演歌歌手として活動している増位山太志郎。「そんな夕子にほれました」「そんな女のひとりごと」の2曲はいずれも現役力士時代のヒット曲で、カラオケなどではスタンダード化しているナンバー。琴風豪規の「まわり道」も彼が現役時代の曲だが、こちらは驚異的なロングセラーとなった。他にもレコードやCDを発表した力士は数多い。何故か。まず、恰幅の良さが生み出す豊かな声量と甘い歌声も持っていること。次に観客の年齢層が他の競技よりも上に広がっており、音楽を購入しやすい世代であるということ。そして、かつては「慈善大相撲」などの中継では力士が歌を披露する機会が多く、“力士=歌が上手い”というイメージが定着していた……など、広がりを見せる要素が多々あったからだ。しかし、近年は大相撲の国際化とともに「力士=歌」というイメージは希薄になり、CDを発売するお相撲さんもすっかり影を潜めてしまっているのが残念だ。
むしろ近年は、試合前に気持ちを集中させるために音楽を聴くアスリートへの注目度が高まり、シドニー五輪で高橋尚子がレース前に聴いていたhitomiの「LOVE2000」が話題になったり、浅田真央が元気の秘訣は浜崎あゆみのライブだと言い、羽生結弦が耳にしているThe Sketchbookが注目されたりと、スポーツ界と音楽の結びつきが異なる形で広がっている。今回の“吉田沙保里CDデビュー”のような例が、再びアスリートの歌手活動活性化に結びつくのかどうか、興味を持って見守りたい。
(文:田井裕規)
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2015/09/11