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森光子さん本葬にマッチ弔辞「ジャニーズのお母さんでした」

 先月10日に肺炎による心不全で亡くなった女優・森光子さん(享年92)の本葬が7日、東京・青山葬儀所にてしめやかに営まれ、近藤真彦黒柳徹子、福岡ソフトバンクホークスの王貞治取締役会長らが弔辞を読んだ。黒柳は森さんと共演した舞台『放浪記』の衣装で向き合い、近藤は「森さん、本当にありがとうございました。日本のお母さんでした。いえ、今でもそうです。そしてジャニーズの僕たちのお母さんでした」と最期のお別れを告げた。

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 以下は3人の弔辞コメント。

 王氏「森光子さん、今、目の前で微笑んでいる森さんの笑顔に、また会えるかと楽しみにしていました。けれど、今日、このような形でお別れしないといけないこと、悔しいです。その一言に尽きます。お元気になられて、舞台の上で凛としたお姿を観るのを心待ちにしてたのがかなわず残念でありません。誰もがお会いすると森光子ファンになってしまう。私もそのうちの1人。穏やかな顔の中には、役者として常にトップに立ち続けるための日頃の努力、健康維持、想像を超える熱いものがあったのでしょう。日頃から私はアスリートとおっしゃってたのは、さもありだと思います。でんぐり返りのこだわりは、役者魂の表れでした。みんながああなりたいという役者。森さんの生き様でどれだけ多くの人が勇気づけられたか計り知れない。森さんの姿は日本の多くの人の心の中にいつまでも生き続けていくでしょう。全力疾走の一生でしたが、ゆっくりお休み下さい」

 黒柳「50年ぐらいの間、優しくしていただきました。生放送のなか、切り抜けてきましたね。その頃の森さんはコピー機と言われるくらいセリフ覚えが早かった。長いこと同じ事務所でした。舞台でもどれだけお世話になったかわかりません。私がニューヨークに留学と称して一年間休養にいた時、森さんからお手紙が着ました。『おこづかい困ってませんか? いつでも言ってね』って。私は泣きました。『放浪記』の最後の頃に出させてもらった時、徹子ちゃん好きなようにやってね、私も変われるかもしれないからって。2000回になろうという時、まだ変わろうとしていた森さん。あなたとお食事に行きたいからリハビリしてますという言葉が最後の言葉になりました。残念です。女学校の上級生と下級生のような関係で50年以上お世話になりました。こんなつらいお別れはありません。森さんの女優魂は私たち後から行くものを導いてくださるものと信じて生きていきます」

 近藤「私をはじめ、一人ひとりに楽しい思い出があります。誕生日やクリスマスプレゼントをいただき、お手紙やFAXで優しいメッセージを添えて下さった。僕の机の引き出しには、森さんの手紙とFAXでいっぱいです。何度と励まされました。つらい時に見直して乗り越えていきたい。先日、森さんのご自宅におじゃましました。御骨入れの角と角を、肩を抱くように触れさせていただいた。『放浪記』でお邪魔させてもらった時に触れさせてもらった時と同じ優しさと温かさを感じました。その時、本当に逝ってしまったんだと気持ちの整理が付きました。そっちには森さんのことを待っている人がたくさんいますよ。当分忙しくなりそう。寂しくなくてよかった。森さん、一段落したら本当にゆっくりお休み下さい」

 そのほか、秋山敏行東京都副知事、山本學が弔辞を読み上げ、舞台出演のために会場に駆けつけることができなかった奈良岡朋子がメッセージを寄せた。

関連写真

  • 森光子さんの遺影が飾られた祭壇の様子 (C)ORICON DD inc.
  • 両脇には2005年の文化勲章親授与式、2009年の国民栄誉賞授与式での着物が飾られた (C)ORICON DD inc.
  • 森光子さんの本葬で展示された若かりし頃のパネル (C)ORICON DD inc.
  • 森光子さんの本葬で展示されたパネル (C)ORICON DD inc.
  • 森光子さんの本葬で展示されたパネル (C)ORICON DD inc.

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