今月7日に亡くなったロック歌手のジョー山中さん(享年64)の前夜式が11日、東京・品川のキリスト品川教会にて営まれ、兄貴分のロック歌手・内田裕也やミッキー・カーチスなどの著名人ら約800人が参列した。内田は「64歳の若さで、悔しい。せめて69、ロックまで生きてほしかった」と悔しさをにじませ、カーチスは「ジョーの声を聞いてる間は、みんな幸せだった」と偲んだ。
下記は会見に応じた参列者の主なコメント。
内田裕也
「正直、亡くなった実感がない。45年の付き合いだったけど、彼にはまだやることがあったと思う。震災後に渋谷のハチ公前で、被災地に愛を届けようと声をかけたら、参加してくれた。ちょっとやつれてたけど、(歌声は)素晴らしかった。長い間おつかれさま。決して忘れません。ロックンロール!」
ミッキー・カーチス
「肺がんになったと去年から聞いてて、早めに退院したから良かったと思ってたんだけどね。ジョーとは40年ぐらいの付き合い。彼の魅力はやっぱりあの声だよ。人間じゃないぐらいすごい。やっぱり人間がいいんだろうね。ストレートでやんちゃで、みんなに優しかった。俺の中で素晴らしいシンガーの1人です」
ミッキー吉野
「(式で演奏を行い)ジョーさんの歌が遠くから聞こえてくるように演奏してた。彼ほどの声をもったシンガーはいない。永遠に彼の音楽は残ると思う。1ヶ月前にお見舞いに行った。彼は寝てたから聞こえてなかったかもしれないけど、『See you next life』って言いました」
ラモス瑠偉
「兄弟のようにかわいがってもらった。いろんなパーティーで一緒に歌ったりしてた。スタンド・バイ・ミーを歌って、こんなにうまい人がいるのかと思った。亡くなって残念で仕方ない。死ほど辛いものはない。世の中、不公平だよね。いい人が亡くなる。すごい兄貴を失った。近いうちに会おうな」
鮎川誠(シーナ&ザ・ロケッツ)
「最高の声を持つ最高のお手本。ロック仲間たちと裕也さん主催のロックフェスティバルで集まって、すぐ傍で(歌声に)聴き惚れてた。そばにいるだけで夢のようだったけど、今日、本当にお別れになったんだと思った。全速力で飛ばしてきて、最後まですごい男でした。(遺影には)ありがとうと言いました」
シーナ(シーナ&ザ・ロケッツ)
「体調不良のことは知っていた。昔から本当にやさしくて、お兄さんのような存在だった。子どもたちにも、こんな野性的な人なのに近所のおじさんみたいに声をかけていた。これからも、ずっとありがとう」
下記は会見に応じた参列者の主なコメント。
内田裕也
「正直、亡くなった実感がない。45年の付き合いだったけど、彼にはまだやることがあったと思う。震災後に渋谷のハチ公前で、被災地に愛を届けようと声をかけたら、参加してくれた。ちょっとやつれてたけど、(歌声は)素晴らしかった。長い間おつかれさま。決して忘れません。ロックンロール!」
「肺がんになったと去年から聞いてて、早めに退院したから良かったと思ってたんだけどね。ジョーとは40年ぐらいの付き合い。彼の魅力はやっぱりあの声だよ。人間じゃないぐらいすごい。やっぱり人間がいいんだろうね。ストレートでやんちゃで、みんなに優しかった。俺の中で素晴らしいシンガーの1人です」
ミッキー吉野
「(式で演奏を行い)ジョーさんの歌が遠くから聞こえてくるように演奏してた。彼ほどの声をもったシンガーはいない。永遠に彼の音楽は残ると思う。1ヶ月前にお見舞いに行った。彼は寝てたから聞こえてなかったかもしれないけど、『See you next life』って言いました」
ラモス瑠偉
「兄弟のようにかわいがってもらった。いろんなパーティーで一緒に歌ったりしてた。スタンド・バイ・ミーを歌って、こんなにうまい人がいるのかと思った。亡くなって残念で仕方ない。死ほど辛いものはない。世の中、不公平だよね。いい人が亡くなる。すごい兄貴を失った。近いうちに会おうな」
鮎川誠(シーナ&ザ・ロケッツ)
「最高の声を持つ最高のお手本。ロック仲間たちと裕也さん主催のロックフェスティバルで集まって、すぐ傍で(歌声に)聴き惚れてた。そばにいるだけで夢のようだったけど、今日、本当にお別れになったんだと思った。全速力で飛ばしてきて、最後まですごい男でした。(遺影には)ありがとうと言いました」
シーナ(シーナ&ザ・ロケッツ)
「体調不良のことは知っていた。昔から本当にやさしくて、お兄さんのような存在だった。子どもたちにも、こんな野性的な人なのに近所のおじさんみたいに声をかけていた。これからも、ずっとありがとう」
2011/08/11