OLD RECORDS NEVER DIE 洋楽紙ジャケの深い森
オリコン・アルバムチャートで、ローリング・ストーンズの紙ジャケット再発アルバム11作がランクインしたことが象徴するように、紙ジャケットは、洋楽マーケットの重要アイテムとして、ますますその重要性を増している。少し前は一部の熱心なロック・ファンを対象としていたものが、昨年のジェフ・ベックがトータル10万枚、今年のキング・クリムゾンがトータルのイニシャル7万枚などと、落ち着いたマーケットのなかで、より堅調な数字を残すようになり、ビジネス的にも決して看過できないアイテムになっている。微に入り細にわたる仕上がりが成否を決める紙ジャケ、その「深い森」を探訪する。
紙ジャケの購買層の中心は、30代半ばから40代にかけての男性
この3月、ザ・ローリング・ストーンズの日本ツアーがマスコミ報道をにぎわせていた頃。その波を受けるように各CDショップの店頭ではストーンズのカタログが大々的にフィーチャーされていた。わけても壮観だったのは『レット・イット・ブリード』『ベガーズ・バンケット』といった、このバンドの歩みの中でも最初期のアルバムを紙ジャケット化したCDの数々だった。
全部で22作品にも及ぶこのストーンズ作品群はオールド・ファンの心理をことさら刺激したようで、朝の情報番組『とくダネ!』(CX系)などでも取り上げられた。広告展開としても『週刊文春』や新聞誌面など広範な層に触れる場が選ばれており、これまでの紙ジャケ関連の中でもとりわけメジャー感の高いものだったと思う。紙ジャケ・ストーンズの広告は4月に入っても東京の地下鉄車内にも出ていたのだが、そのポスターを仕事帰りの男性会社員(推定43歳)が携帯カメラで撮っている光景には世間の関心の一端に触れた思いがした。
ザ・ローリング・ストーンズの紙ジャケ再発、ヒット
まずは先述のストーンズからクローズアップしてみよう。今回のリイシューは長らく待望されていた60年代のデッカ/ロンドンレコード時代の紙ジャケ化で、それを一気に22作品同時発売したのが圧巻だった。その中には3Dジャケットの『サタニック・マジェスティーズ』、8角形の『スルー・ザ・パスト・ダークリー』など、マニア心をくすぐる盤も含まれている。この大プロジェクトを手がけたのがUMK社原田実氏。これまでにも同社の再発を多数プロデュースし、昨年からの“でかジャケ”企画の発案者でもある。そのクオリティの高さとリリース点数で紙ジャケ界を刺激しつづける名ディレクターだ。
「今回のストーンズは、紙ジャケにしては珍しいぐらいの予算の投下をしています。例えばソフト・マシーン(英カンタベリー・ロックの名バンド)の紙ジャケ化の場合は専門誌に広告を打って記事を書いてもらうとか、説明しなくてもいいようなお客さんに向けて宣伝しているフシがあるんですけど、ストーンズなら一般層に向けないといけないし、コンサートには年齢の高い方も多く見受けられる。そう思うと一般誌や新聞に広告を打たないといけないと思うんです。それにこのところ50代、60代の方がバンドをやり、昔買えなかった高価なエレキギターを買って習ってみようという動きがある。ストーンズの紙ジャケも、そういう消費の行動の一角にCDが食い込むきっかけになればと思います」(原田氏)
紙ジャケの購買層の中心は、おおよそ30代半ばから40代にかけての男性と見られている。アナログ盤の肌触りを知り、往年のロックの熱気を知っている世代。これよりも上でもロック・ファンはいるが、50代だとCD購入への熱心さが落ち着く傾向にある。また、10代、20代の最初からCD文化の世代だと、紙ジャケットへの執着という点で、どうしても世代的に淡白になりがちではないだろうか。そういう意味でこのストーンズの再発は、その前後に、とくに上の世代の音楽への情熱を少しでも掘り起こす契機になったのかもしれない。
さて、今回の紙ジャケ化はストーンズ側に3年近くのオファーを続けてきた結果で、その要望が昨年の新作リリースに伴う来日という好タイミングもあってOKが出たのだという。このたびの22タイトルのイニシャルはトータルでなんと15万枚! ただ、紙ジャケ界において日本は世界トップの先進国であり、逆にイギリスやアメリカなど本国では意外に冷淡な反応だという。それだけに、過去の作品を紙ジャケにする際の、アーティスト本人の許可を取る苦労も多いようだ。そして念願のGOサインが出たら、今度は“アナログ盤時代のジャケットの忠実なミニチュア化”という作業が始まる。そこは手間とお金と時間との対決だ。
「見開きとか変形ジャケットになると当然予算がかかるわけで、怖いですよね(笑)。ただ、お客さまには変形のほうが人気ありますから、お願いしたいのは“大人買い”です。今回も『サタニック〜』や『ベガーズ〜』『レット・イット〜』『スルー・ザ〜』の4枚がほかを引っ張っている状況ですが、それにコンサートの余韻もあって〈やっぱりほかも欲しい〉と思われるような広告展開をしたつもりです」(原田氏)
ストーンズの紙ジャケ再発キャンペーンで、10タイトル、あるいは全22タイトルの購入者にプレゼントをするという企画は、こうしたところから生まれてきたわけだ。
6月発売予定、サンタナ『ロータスの伝説』22面体ジャケット
さて、続いての登場は、こちらも意欲的に紙ジャケ化に取り組んでいるSND社の白木哲也氏。昨年はジェフ・ベック、ブルース・スプリングスティーンの紙ジャケをヒットさせ、商品の一部は海外にも逆輸出されたほどだ。同社の今年前半の最大のヤマはサンタナのアルバム10作品。とくに注目は70年代当時、日本で制作された3枚組ライヴ盤『ロータスの伝説』だ。なにしろこのLPは横尾忠則が描き上げた22面体ジャケットがすさまじく、このリイシューは紙ジャケ界を震撼させるものとして期待が高い。
「今回『ロータスの伝説』では当時のディレクターとかデザイナーに登場してもらって、完全な復刻を目指しています。お金かかりますけどね(笑)。この“ライヴ・イン・ジャパン”は、もちろんサンタナの演奏がすごいし、音も素晴らしいんですけど、それとともに『これは当時の日本のスタッフたちが作り上げた文化遺産ですよ』と声を大にして言いたいですね」(白木氏)
こうした言葉からわかるのが、紙ジャケ化によってその音楽が再評価される事実だ。それは再発という行為そのものがもともともっている可能性ではあるが、発売当時のLPと近い質感のCDが再び世に出て、その興味からまた手にする人が増えることで、そのアーティストや作品自体ももう一度検証されるチャンスに恵まれるわけである。
「紙ジャケは“日本人の文化”と言ったらおかしいかもしれないですけど、欧米人にはできない細やかな作業が必要です。これは文化の違いといえるでしょう。細かいディテールにこだわるのは、マニアなイメージがありますが、それは日本人のメンタリティ。それが紙ジャケには凝縮されていると思います」(白木氏)
音楽への愛情と執着がダイレクトに表現される魅惑の紙ジャケ再発。その奥深い世界は、音楽文化の深みの一端を見る思いがする。この熱狂が素晴らしい音楽を次の世代にいい形で継承できるような、より良いものに発展していってほしいものだと心から願う。文/青木 優

オリコン・アルバムチャートで、ローリング・ストーンズの紙ジャケット再発アルバム11作がランクインしたことが象徴するように、紙ジャケットは、洋楽マーケットの重要アイテムとして、ますますその重要性を増している。少し前は一部の熱心なロック・ファンを対象としていたものが、昨年のジェフ・ベックがトータル10万枚、今年のキング・クリムゾンがトータルのイニシャル7万枚などと、落ち着いたマーケットのなかで、より堅調な数字を残すようになり、ビジネス的にも決して看過できないアイテムになっている。微に入り細にわたる仕上がりが成否を決める紙ジャケ、その「深い森」を探訪する。
紙ジャケの購買層の中心は、30代半ばから40代にかけての男性
この3月、ザ・ローリング・ストーンズの日本ツアーがマスコミ報道をにぎわせていた頃。その波を受けるように各CDショップの店頭ではストーンズのカタログが大々的にフィーチャーされていた。わけても壮観だったのは『レット・イット・ブリード』『ベガーズ・バンケット』といった、このバンドの歩みの中でも最初期のアルバムを紙ジャケット化したCDの数々だった。
| このストーンズのみならず、旧譜CDの紙ジャケ化の勢いは衰えるところを知らない。洋楽ロックは相変わらず盛んだし、昨年末からはVAP社がエレックの一連の作品を、ES社が佐野元春作品を、この春はFL社が吉田拓郎の諸作を続々とリリースし、邦楽のものも充実してきている。本誌では過去にも何度かこうした紙ジャケ現象についての記事を掲載してきたが、今回はとくに洋楽作品の制作サイドの関係者に話を聞きながら、さらに突っ込んだ形でその人気の秘密と現状を探っていく。 | ![]() |
ザ・ローリング・ストーンズの紙ジャケ再発、ヒット
まずは先述のストーンズからクローズアップしてみよう。今回のリイシューは長らく待望されていた60年代のデッカ/ロンドンレコード時代の紙ジャケ化で、それを一気に22作品同時発売したのが圧巻だった。その中には3Dジャケットの『サタニック・マジェスティーズ』、8角形の『スルー・ザ・パスト・ダークリー』など、マニア心をくすぐる盤も含まれている。この大プロジェクトを手がけたのがUMK社原田実氏。これまでにも同社の再発を多数プロデュースし、昨年からの“でかジャケ”企画の発案者でもある。そのクオリティの高さとリリース点数で紙ジャケ界を刺激しつづける名ディレクターだ。
「今回のストーンズは、紙ジャケにしては珍しいぐらいの予算の投下をしています。例えばソフト・マシーン(英カンタベリー・ロックの名バンド)の紙ジャケ化の場合は専門誌に広告を打って記事を書いてもらうとか、説明しなくてもいいようなお客さんに向けて宣伝しているフシがあるんですけど、ストーンズなら一般層に向けないといけないし、コンサートには年齢の高い方も多く見受けられる。そう思うと一般誌や新聞に広告を打たないといけないと思うんです。それにこのところ50代、60代の方がバンドをやり、昔買えなかった高価なエレキギターを買って習ってみようという動きがある。ストーンズの紙ジャケも、そういう消費の行動の一角にCDが食い込むきっかけになればと思います」(原田氏)
紙ジャケの購買層の中心は、おおよそ30代半ばから40代にかけての男性と見られている。アナログ盤の肌触りを知り、往年のロックの熱気を知っている世代。これよりも上でもロック・ファンはいるが、50代だとCD購入への熱心さが落ち着く傾向にある。また、10代、20代の最初からCD文化の世代だと、紙ジャケットへの執着という点で、どうしても世代的に淡白になりがちではないだろうか。そういう意味でこのストーンズの再発は、その前後に、とくに上の世代の音楽への情熱を少しでも掘り起こす契機になったのかもしれない。
さて、今回の紙ジャケ化はストーンズ側に3年近くのオファーを続けてきた結果で、その要望が昨年の新作リリースに伴う来日という好タイミングもあってOKが出たのだという。このたびの22タイトルのイニシャルはトータルでなんと15万枚! ただ、紙ジャケ界において日本は世界トップの先進国であり、逆にイギリスやアメリカなど本国では意外に冷淡な反応だという。それだけに、過去の作品を紙ジャケにする際の、アーティスト本人の許可を取る苦労も多いようだ。そして念願のGOサインが出たら、今度は“アナログ盤時代のジャケットの忠実なミニチュア化”という作業が始まる。そこは手間とお金と時間との対決だ。
「見開きとか変形ジャケットになると当然予算がかかるわけで、怖いですよね(笑)。ただ、お客さまには変形のほうが人気ありますから、お願いしたいのは“大人買い”です。今回も『サタニック〜』や『ベガーズ〜』『レット・イット〜』『スルー・ザ〜』の4枚がほかを引っ張っている状況ですが、それにコンサートの余韻もあって〈やっぱりほかも欲しい〉と思われるような広告展開をしたつもりです」(原田氏)
ストーンズの紙ジャケ再発キャンペーンで、10タイトル、あるいは全22タイトルの購入者にプレゼントをするという企画は、こうしたところから生まれてきたわけだ。
6月発売予定、サンタナ『ロータスの伝説』22面体ジャケット
さて、続いての登場は、こちらも意欲的に紙ジャケ化に取り組んでいるSND社の白木哲也氏。昨年はジェフ・ベック、ブルース・スプリングスティーンの紙ジャケをヒットさせ、商品の一部は海外にも逆輸出されたほどだ。同社の今年前半の最大のヤマはサンタナのアルバム10作品。とくに注目は70年代当時、日本で制作された3枚組ライヴ盤『ロータスの伝説』だ。なにしろこのLPは横尾忠則が描き上げた22面体ジャケットがすさまじく、このリイシューは紙ジャケ界を震撼させるものとして期待が高い。
「今回『ロータスの伝説』では当時のディレクターとかデザイナーに登場してもらって、完全な復刻を目指しています。お金かかりますけどね(笑)。この“ライヴ・イン・ジャパン”は、もちろんサンタナの演奏がすごいし、音も素晴らしいんですけど、それとともに『これは当時の日本のスタッフたちが作り上げた文化遺産ですよ』と声を大にして言いたいですね」(白木氏)
こうした言葉からわかるのが、紙ジャケ化によってその音楽が再評価される事実だ。それは再発という行為そのものがもともともっている可能性ではあるが、発売当時のLPと近い質感のCDが再び世に出て、その興味からまた手にする人が増えることで、そのアーティストや作品自体ももう一度検証されるチャンスに恵まれるわけである。
「紙ジャケは“日本人の文化”と言ったらおかしいかもしれないですけど、欧米人にはできない細やかな作業が必要です。これは文化の違いといえるでしょう。細かいディテールにこだわるのは、マニアなイメージがありますが、それは日本人のメンタリティ。それが紙ジャケには凝縮されていると思います」(白木氏)
音楽への愛情と執着がダイレクトに表現される魅惑の紙ジャケ再発。その奥深い世界は、音楽文化の深みの一端を見る思いがする。この熱狂が素晴らしい音楽を次の世代にいい形で継承できるような、より良いものに発展していってほしいものだと心から願う。文/青木 優

2006/04/19
