渋谷陽一氏が語る、20回目を迎えた“聴き手が作る”フェス「ROCK IN JAPAN」

 今年の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019 」は開催20回を記念した初の5日間開催で、過去最多の動員が予想される。ロッキング・オン・ジャパンが国内最大規模の野外フェスを作ってこられたその背景と精神を、同社代表の渋谷陽一氏に語ってもらった。

アマチュアが作るフェス 最初のこだわりは「トイレの数」

――「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」と言えば、毎年好天に恵まれるフェスとしても参加者に知られています。20周年の今年も熱く盛り上がるフェスが期待できそうですね。
渋谷陽一いつだったか覚えてないんですが、ストレイテナーのホリエくんがマジメな顔をして僕のところに来て、「渋谷さんは悪魔に魂を売って天気を取ったとアーティスト仲間が言ってるんですが、本当ですか?」と聞いてきたんです。何を言ってるんだと思いましたが(笑)、そんなことを言われるくらい天候には恵まれてきました。リアルな話をすると、(会場の)国営ひたち海浜公園のエリアは海風が雨雲を押し戻すらしく、(最寄りの)勝田駅あたりがそれこそ床上浸水するくらいの豪雨でも、そこからバスで15〜20分行ったあそこだけはなぜか晴れると、そんな地の利があるようなんですね。

──そうした環境も、20年前の会場選びの決め手になったのですか?
渋谷陽一いや、たまたまですよ。天候については公園を作った方たちは知っていたのかもしれませんが。ただ参加者の快適性を追求することもこのフェスを立ち上げたときからのテーマだったので、恵まれた会場に出会えたことは非常に幸運でした。

──渋谷さんが72年に同人誌『rockin’on』を創刊された際に標榜したのが「聴き手が主役」でした。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」には、その精神がどのような形で具現化されているのでしょうか。
渋谷陽一20年前の僕らは、イベントを作ることにおいてはまったくのアマチュアでした。最初に『rockin’on』を作ったときも雑誌作りの素人でしたが、知識がない分はプロに手伝ってもらえばいい。だけど大前提とするのは聴き手としての僕らの思いである、ということで素晴らしい仲間や協力者に恵まれながら数十年やってこられました。そういう意味で、聴き手としてはたくさんのコンサートやイベントに行っている、つまりお客さんのプロである僕らがこのフェスを立ち上げたときに、最初にこだわったのが「トイレをたくさん用意する」ということだったんです。

──今でこそ多くのフェスで改善されるようになりましたが、当時はトイレの行列問題はフェス参加者にとって大きなストレスでした。
渋谷陽一興行のプロからすると「動員数に対するトイレの適正数」があるそうで、その約4倍を用意したいと主張する僕らに戸惑いもあったようです。だけど、トイレに並ばないことでライブに集中できるのは、僕にはとても重要なことだと思えた。最初の頃は「トイレフェス」なんて揶揄もされましたが、今では「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」はトイレに並ばないという認識が参加者の間に定着しています。そうした素人ならではの原始的な発想が、実はこのフェスにはたくさん詰まっていて、それが結果的に、毎年のように動員数を増やしてきた要因だと思っています。

マナー違反も解消、フェスの過ごし方が成熟していった20年

──「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の歩みは、日本におけるフェス文化の定着の歴史と重なりますが、この20年で参加者の楽しみ方や振る舞いにどんな変化がありましたか?
渋谷陽一今でこそ、フェスとは複数のステージのあちこちでパフォーマンスが行われているものだという認識が定着しましたが、当初はアーティストの裏かぶりに怒る参加者もけっこういました。「このアーティストとこのアーティストが観られるからチケットを買ったのに、このタイムテーブルでは無理じゃないか」と。だけど、怒ったってどうしようもないじゃないですか(笑)。ということを学習してきて、だんだんフェスそのものを楽しむ参加者がかなりのシェアを占めるようになってきました。すると一時期、ラジカルな問題として議論となった“最前列の出待ち”も自然と解決されていったんです。

──目当てのアーティストの出演前から最前列に鎮座し、その間、演奏中のアーティストを観ない。そうした一部観客のマナー違反とも言える行為が“フェス地蔵”と揶揄され、問題となった時代もありました。
渋谷陽一今では「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」はアーティストのステージ割が発表される前にかなりのチケットが売れてしまいます。すると「何がなんでもこのアーティストを観るんだ」という参加者が、絶対数として減ってきます。誰が出ようがこのフェスに行けば楽しいんだという認識になれば、最前列でへばりついているより、その時間はほかのアーティストを観よう。いろんな発見があったほうが楽しい。そんなふうに参加者のフェスの過ごし方も成熟していったんだと思います。

──27万人超を動員しながら大きなトラブルもなく、マナーもいい。運営の秘訣はどこにあるのでしょうか?
渋谷陽一僕らは基本的に性善説で考えています。出待ち問題にしても個々のアーティストに全面的に依存せず、なんとかフェスそのものとして動員できるだけの体力を付ける努力をしていけば、いわゆる地蔵の絶対数は減らせる。すると、みんな快適に観ることができるから、また来年も行きたいと思ってもらえるようになります。導線についても同じことが言えます。どんなに「通路から溢れないように」とアナウンスしたって、移動したい人のキャパを超えれば溢れますよね。だったら通路を広げればいい。さっきのトイレ問題もそうだけど、快適な環境さえ作れば人はマナーを守るものなんです。

──そんな参加者のマナーの良さも、20年間同じ会場で続けてこられた要因なのではないでしょうか。
渋谷陽一このフェスの参加者は本当にマナーがいいですよ。それこそゴミなんかも率先して拾ってくれますしね。だからひたちなか市のみなさんも非常に歓迎してくれますし、そういう意味で、地域連携も含めて参加者が作ってきてくれたフェスだなと思います。地域との関係性は年を追うごとに太く厚くなっています。何年か前のことですが、トイレを流す水のストックが足りなくなったことがあったんです。そうなったらトイレを止めなきゃいけない。大変だということで市の方に相談したら、なんと消防車を出動させてくれたんです。川から吸い上げた水をふんだんに搭載した消防車が会場に入ってきたときは、天使がやってきたと思いました(笑)。

提供元: コンフィデンス

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