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【お寺の掲示板の深い言葉 42】この世界は群れていても始まらない


本明寺(東京)投稿者:@guri_yassan [11月28日]

犀(サイ)の角のようにただ独り歩め

超覺寺(広島)@chokakuji [11月6日]

掲示板大賞の応募は10月末で締め切ったのですが、いまでも投稿が続いています。そこで今回は、そうした対象外の標語から2つ、選んでみました。

1枚目は真宗大谷派本明寺の掲示板です。この標語は秋元康さんがプロデュースする欅坂46の「サイレントマジョリティー」の歌詞を引用しています。歌詞をすべて読みましたが、社会の中の目に見えないものに縛られ、同質化している若者への強烈なメッセージであると感じました。

いまはLINEなどのSNSを利用して、他者といつでも簡単につながることができます。仲の良い友人たちとつながっている時間は大変心地良く、群れることによって得られるものもたくさんありますが、同時に失うものもあります。最古の仏典ともいわれる『スッタニパータ』の中に、以下のような言葉があります。

朋友・親友に憐(あわ)れみをかけ、心がほだされると、おのが利を失う。親しみにはこの恐れのあることを観察して、犀(サイ)の角のようにただ独り歩め。
(中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』岩波書店)

人生における苦しみの大半は「人間関係」から発生しています。これは仏教者(仏教の修行者)へのメッセージですが、『スッタニパータ』の中では「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉がなんと40回近くも繰り返し使われています。

日本で生活していて、いきなり「犀(サイ)」と言われてもイメージが湧かないかもしれません。インドのサイは角が一本で、群れを成さずに単独で行動しています。このサイの角が「孤独な生き方」の象徴としてとらえられていて、お釈迦さまは修行者に「孤独な生き方」を勧めているわけです。

最近、「孤独な老後」という言葉をときどき耳にします。この場合の「孤独」は恐怖や不幸を暗に表していますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

大乗仏教の経典の1つ、『仏説無量寿経(むりょうじゅきょう)』の中には、「独生独死(どくしょうどくし)独去独来(どっこどくらい)」という言葉が出てきます。世間の愛欲の中にあって、独り生まれ独り死し、独り去り独り来たる。これはつまり、家族やどんなに多くの友人たちに囲まれて生きていても、人生の本質は絶対的に「孤独」であるということを表しています。

結局、誰しも「孤独」からは決して逃れられないのです。

雨の日は根が伸びる

2枚目の掲示板は、おなじみ広島市の超覺寺のものです。

晴れの日は枝が伸びる。
雨の日は根が伸びる。

人間にはそれぞれの置かれている状況に応じて行うべきことがあります。孤独であることは決して不幸ではないですし、孤独であるからこそ育つものもたくさんあります。寂しさを感じたら、すぐにスマホを手に取って誰かとつながろうとするのではなく、孤独な時間をじっくりと味わうことも大切です。それを恐れる必要はありません。

雨の恵みを受けて伸びるものもあります。他人と比べていまの状況を不幸だと嘆かず、「孤独な時間」が人間にとって重要であり、それが人生の本質だと理解できれば、きっと生き方が変わっていくのではないでしょうか。

12月5日の大賞発表以来、各テレビ局で「お寺の掲示板」を取り上げていただきました。誠にありがたいことです。

実は来年、2019年1月17日(木)の19時から90分ほど、「お寺の掲示板にみる仏さまの教え」と題した講演を行う予定になっております。会場はサテライトテンプル・築地本願寺GINZAサロン(銀座2丁目6-4 竹中銀座ビルディング5階)です。この連載では未掲載の掲示板のお言葉もスライドでご紹介しながらお話いたしますので、ご都合がよろしければお越しください。

(解説/浄土真宗本願寺派僧侶 江田智昭)

提供元:ダイヤモンド・オンライン

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