世界の経営学の中で唯一、組織の知の創造メカニズムとして「SECIモデル」を提唱した野中郁次郎教授。入山章栄教授は2019年末に刊行した著書『世界標準の経営理論』で、「野中理論はこれからの時代に圧倒的に必要になる」と指摘している。経営理論や知の創造をめぐる両氏の対談から、アカデミックの世界、ビジネスの世界のいずれも、人々が集まって熱い議論を戦わせ、刺激し合う中から新しいものが生まれてくることがわかる。(構成 渡部典子、編集部 写真 木村文平)
独自の解釈と意味づけから
新しい気づきが得られた
編集部:入山先生は本誌で4年近くにわたって『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載した連載を著書『世界標準の経営理論』にまとめる際に、野中先生のSECIモデルを独立した章にしていますね。
入山:はい、連載時には紙面の制約もあって、同じ「知識」を扱うナレッジ・ベースト・ビュー(※1)という理論とSECIモデルを一緒に紹介しました。それを書籍化の際にSECIモデルに絞って独立させた理由は、3つあります。
まず、いま思うと連載の時は、自分の中でSECIモデルを十分に理解し切れていませんでした。連載が終わってから野中さんとお話しする機会に恵まれ、自分なりの理解が深まったのです。
2つ目は、野中さんの近著『直観の経営』(※2)を拝読し、学者としてこれはすごいとあらためて感じたこともあります。
最後に、私がここ数年の経験でSECIモデルこそが今後は不可欠と確信したことがあります。世界中でいま、イノベーション、デザイン経営、人工知能(AI)と人の付き合い方など、いろいろな方が議論をしていますが、それを聞くたびに、SECIモデルがすでに提示していることだと感じたのです。野中さんの理論はもともと日本企業の現場が強かった1990年代に発表されたものですが、これからの時代こそ圧倒的に重要だと思っています。
野中:私自身は入山さんが『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』誌で連載を始めた頃から読んでいました。最初は普通の解説書かと思ったのですが、読んでみると、やけに詳しいんですよね。MBAの世界というより、アカデミックジャーナルの目線で驚きました。ただ、最初の頃は話が難しかった(笑)。入山さんの他の著書のような書きぶりではない。それで、どうなるかなと。
後から知ったのですが、連載のつど、ビジネスパーソンを集めて勉強会をされたそうですね。その経験も踏まえて、本にする時には半分くらい書き直したとか。その結果、いままでにない新しいジャンルの本になっていると思いました。特に、解説ではなく、自分なりの解釈と未来の展望が示されているのは、欧米のテキストブックにはないオリジナルなスタイルです。入山さんの解釈に触れて、「俺はこんなことを言っていたのか」とわかりました(笑)。
あと全体で見ると、これとこれが関係あるのかと気づいた部分もありました。提唱した教授陣も逆に参考になると思いますね。
どの理論がSECIモデルと関係が深いと感じましたか。
野中:カール・ワイク(※3)がそうです。スキャニング(感知)から始まって、解釈・意味づけして、エナクトメント(行動・行為)を経て、センスメイキング(納得・腹落ち)する。これは関係あるなと思いました。
組織の知識創造プロセスであるSECIモデルは、共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)と進みます。共同化を起点に、共感を通じて個人の暗黙知から集合知への転換が起こるのですが、内面化の実践の段階で、失敗が起こらないと、反省(リフレクション)もない。そこで腹落ちしないと、もう一度やろうと、次に続かないのです。私はそこを見落としていましたね。
入山:そうおっしゃっていただけるのは嬉しいです。
実は私もSECIモデルとセンスメイキングはかなり近いと感じています。特に「自他非分離」という考え方が根底にありますよね。SECIモデルは「共感」に注目し、フッサール哲学(※4)と合わせている。ワイクも、自分が客観的であることはありえない。環境に飛び込んで自他非分離になるから、腹落ちすると述べています。...