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10周年のYouTubeがネット社会にもたらした“革命”と“余波”

 動画投稿サイト「YouTube」がサービス開始から10周年を迎えた。いまやインターネットで動画が見られるのは当たり前のこととなり、これらを通じての交流や広がりも生まれている。さらには、YouTubeを活用した“YouTuber”なる新たな職業も誕生するなど、YouTubeのもたらすムーブメントは止まることを知らない。しかしその一方で、動画サイトに端を発した事件や問題も後を絶たない。ネット社会にもたらしたYouTubeの革命、さらに大変革につきものである余波についても考察してみたい。

コストパフォーマンスの高い宣伝媒体と化したYouTube

  • HIKAKINを代表とする“YouTuber”なる新たな職業を生んだ「YouTube」 (C)ORICON NewS inc.

    HIKAKINを代表とする“YouTuber”なる新たな職業を生んだ「YouTube」 (C)ORICON NewS inc.

 「YouTube」サービス10周年の発表に併せて、この10年間に日本国内で最も視聴された動画が、AKB48「ヘビーローテーション」のミュージックビデオ(MV)であることも報じられた。その再生回数は実に、1億1592万4158回(5月20日午前11時時点)。海外にまで視野を広げると10億回を超えた動画もあるようだし、ひとりで複数回視聴しているケースも考慮すれば、この数値の大きさが素直に飲み込めなくなるのも事実。とはいえ1億回を軽くオーバーというデータが意味するものが、少なくともCD購入やカラオケでの歌唱を遥かに凌ぐ波及力であることは疑いようがない。

 YouTubeの誕生は、それまで容易には楽しむことのできなかった様々な映像との出会いを可能なものにした。世界中のミュージシャンのMVはもちろん、ライブパフォーマンスや肉声によるメッセージにも触れられるようになったし、スターのオフショットを“無料”で楽しめるようにもなった。それは発信するアーティストやタレントにとっても意義のあるもので、生の声を届けることが可能な動画サイトは、効果的なプロモーションツールとして様々な活用がなされている。数千万人の人々に視聴される「YouTuber」の中には、テレビタレント以上の知名度を誇ったり、巨額の収入を得ている存在もいる。それら人気の高いYouTuberが発する言葉は大きな波及力を持ち、彼らに取り上げられた商品は次々と好評を得るなど、企業にとってもYouTuberは最高の宣伝マンとなる。YouTubeは極めてコストパフォーマンスの高い宣伝媒体と化しているのだ。博多華丸・大吉が「YouTuberになりたい」という漫才ネタで爆笑を集めたが、それはすなわちYouTuberがひとつの職業として確立したことを示すものであり、大衆の共通認識としてインプットされた存在であることを意味してもいる。使う、楽しむという両面においてYouTubeが起こした“革命”は、これまでにないほどセンセーショナルなものと言っていいだろう。

自由度が高いだけに“違反行為”も多発、利用者の自己判断が求められる

 だが一方で、誰もが参加でき気軽に楽しむことができるがゆえに問題も少なくない。ひとつは著作権、肖像権などの権利に関する映像のアップである。音楽や映像も個人で楽しんでいるうちは問題がないのだが、これがYouTubeに上げられた途端、“公共”の場に変わってしまうことを考慮しなければならない。自分が編集した映像を他の人に見せたいという気持ちはわかるが、それが許諾を得た映像なのか、著作権をクリアした音楽なのかを念頭に置いておかないと後々大変なことになる。次に、公序良俗に違反するケース。事件としても取り上げられた「自分の窃盗シーンをアップしたもの」は論外だが、SNSをはじめ一種のブームのように広がった、店舗内での「非道徳的な行動」「不衛生な行動」は“ノリ”という衝動性も加わるため、一旦ブーム化すると手がつけられなくなる。自由度が高いということ=無法地帯ではないのだ。違法行為に対して、サービスの提供側もできる限りの抑止策を施しているようだが、新手の“違反行為”が生まれることも容易に想像がつく。あくまでも利用する個人が自己判断で有意義に活用していくしか、改善策はないのかもしれない。

 加えて、前述のYouTuberについてもひとつ警鐘を鳴らしたい。一獲千金のイメージが強く、うまくやれば憧れの対象にも慣れてしまうYouTuberだが、だからと言って、将来の職業選択リストにすんなり加えていいものだろうか。YouTubeを使って何かをアピールするという行為は一種のプレゼンテーションである。YouTubeを視聴するのは無料かもしれないが、YouTuberがプレゼンテーションするものは基本“有料”なものだ。売り上げが実績として積み重なればそれなりの収入にはなるかもしれないが、実績が上がらなければYouTuber自身の生活は立ち行かなくなる。ましてや、ネット社会の情報の拡散は速い。この人のプレゼンはイマイチ、この人がプレゼンすると商品の魅力が伝わりにくい、と判断されればアウトだ。一度着いたイメージはネットの中では容易に覆すことはできない。カリスマ化しているYouTuberは、ほんのひと握りであることを認識しておくべきだ。

 ネットの世界は日進月歩、今後YouTubeを超える画期的な動画サイトが誕生しないとも限らない。それでも、基本は誰もが簡単に利用できるということ。テレビを観るように、音楽を聴くように、シンプルな操作で動画が楽しめるようにしたからこそ、YouTubeはここまで爆発的に広がった。タブレットやスマホなどプラットホームは変わりながらも、個人、企業問わずYouTube利用への支持はまだまだ続いていくはずだ。

(文:田井裕規)

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