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おニャン子クラブとAKB48、ファンの“熱量”の違い

 今年4月に結成30周年を迎えたおニャン子クラブが、予約限定で発売したCD126枚セットにしたBOX盤が、人気を博している(3月31日受付終了)。音楽プロデューサーの秋元康は、おニャン子で得たノウハウを活用してAKB48という21世紀のモンスター・アイドルグループを作り上げたのは周知の事実。では、おニャン子クラブとAKB48、それぞれのグループを取り巻くファンの“熱量”にはどのくらいの違いがあるのだろうか? 時間を30年前に巻き戻して、改めておニャン子クラブに対するファンの“熱量”を検証してみた。

メディア力で一気に全国区となったおニャン子に対し、地道な活動が実を結んだAKB48

  • 結成30周年を迎えたおニャン子クラブ

    結成30周年を迎えたおニャン子クラブ

 一世を風靡したアイドルグループを取り上げる際に比較対象として常に取り沙汰されるおニャン子クラブ。特に、おニャン子関連作品の大半を秋元康が手がけたため、どうしてもAKB48がオーバーラップしてくる。とはいえ、“テレビが生み出した”アイドルと“劇場が生み出した”アイドルを単純に比較するのは難しい。おニャン子クラブの発信源となった夕方5時〜6時に生放送された『夕やけニャンニャン』(85年4月〜87年8月 毎週月曜〜金曜 フジテレビ系)は、放課後の“クラブ活動”がコンセプトのプログラム。今やその時間帯はニュースがメインで、ここにも30年の時間の流れ、文化の変容を感じる。一方、劇場から活動を始めたAKB48は“会いに行けるアイドル”をコンセプトに、“東京ローカル”に根ざした地道な活動からファン層を拡大。メディアを背景に一気に全国区へと駆け上がっていったおニャン子とでは、そもそも“出自”が違いすぎる。そこで、彼女たちをバックアップするファンの熱狂度“熱量”の違いを測ってみようと思う。

 まず、わかりやすいのは作品の売れ行き比較だ。“全国区”でスタートしたおニャン子クラブは、デビュー曲「セーラー服を脱がさないで」で最高位5位を記録。アイドルイベントのメッカとされる東京・池袋サンシャイン噴水広場でのデビューイベントに観客が集まり“すぎて”、周辺のテンポが軒並みシャッターを下ろす非常事態を招き、イベントが中止に追い込まれた。その勢いは“レジェンド”級だったと言える。一方、“インディーズ”で発売したAKB48の「桜の花びらたち」は、10位という結果。メジャーデビュー作「会いたかった」は12位止まりといきなりブレイクとはいかなかったが、その後のセールスの伸びは大きく異なる。

観客の集客数やシーンへの影響力は、一概にどちらが長けているかは判断できない

 誰もがよく知るとおり、AKB48は発売作品が軒並みミリオンセラーに輝くまで成長を遂げた。一方、おニャン子クラブは、87年に活動停止するまでの間に発売したシングルの多くが1位を獲得したものの、売上げだけを見ると、3rdシングル「じゃあね」の28.1万枚が最大という結果だ。アナログとデジタルの違い、複数買いや握手会の有無(カップリングを変えてのシングルが注目を集めたのは、1985年末に少年隊が発売した「仮面舞踏会」以降。当時も握手会自体はあったが、上述したように、まだまだ握手会やイベント開催のマニュアルが十分に確立されていなかった)といった要素を度外視しても、売上げという数字から受ける印象はAKB48に傑出したものを見出してしまう。

 では、コンサート会場の規模で比較してみる。AKB48はデビュー時の目標に掲げていた東京ドームを制覇したほか、数万人収容規模の会場での公演をいくつも開催。これに対して、おニャン子クラブも国立代々木第一体育館や横浜スタジアム、札幌真駒内屋外競技場といった当時では最大級の収容人員を誇った会場での公演をこなしており、一概にどちらが集客に長けているかは判断できない。

 アイドルシーンへの影響力という点ではどうだろうか。「アイドル復権」とまで言われた近年のアイドルグループの台頭や各地におけるアイドルユニットの濫立を促進したのは間違いなくAKB48だが、一方のおニャン子クラブには追随する存在がなかった。しかし、当時のソロアイドル歌手全盛期に、絶対的なアイドルグループという新たな選択肢を打ち立てたという点で大きな足跡だと言える。そして、おニャン子をロールモデルとして、平成初頭には乙女塾(永作博美などを輩出)、桜っ子クラブさくら組(菅野美穂、中谷美紀らを輩出)を生み出す礎となった感は強い。

ファンの応援スタイルが“横の団結力”から“個の集合パワー”に変化

 ファンの応援スタイルが大きく異なるのもポイントだ。おニャン子クラブの時代には、親衛隊と呼ばれるファンの集まりがあった。彼らは応援だけでなく、関係者の身辺警護を行うこともあり、その行為が行きすぎるあまり問題に発展することも少なくなかったものの、横のつながりを持ってグループを応援していこうという“団結力”に優れていた。もちろん、現在も親衛隊というシステムは残っているだろう。だが、それ以上に今は“個”の応援色が強く、その自由度が“推し変”などに結びついている。どちらがいいとは言い切れないが、「横の団結力」と「個の集合パワー」というのが、両グループのファンに見られる決定的な違いかもしれない。

 それぞれのグループのファンは、「自分たちのほうが熱量が上」という自負はあるだろう。ただ、30年前のあの時、僕たちは、「テレビがアイドルを作れる」ということを知り、そのアイドルをファンの熱が時代の寵児へと変えてしまうことを知った。その点では間違いなく前代未聞の出来事で、それらの流れを秋元康という“職人”が増幅させ、AKB48という類まれな国民的グループへと進化させたのも事実だ。

 だが、30年経った今でもCD126枚セットというとんでもない代物を流通させてしまうおニャン子クラブのファンの冷めることない“熱”にはただただ驚くばかり。それが好評を博しているという事実に脱帽する。AKB48が30周年を迎えるのは2036年。その時、彼女たちの作品を網羅した空前の作品が世に出てくるのだろうか? そして今のファンの人たちは変わらぬ熱量でその作品に手を伸ばすのだろうか? その時に本当の“熱量”の違いがわかるような気がする。

(文:田井裕規)

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