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「すべて僕の不徳の致すところです――」。女優・川合千春と同棲中だった今年1月、幼なじみのAさんとの二股交際が発覚し、さらにAさんが妊娠、中絶、自殺未遂などと報じられたことで、騒動はドロ沼化に。順風満帆から一転、歯車を狂わせてしまった俳優・いしだ壱成は冒頭の懺悔のあと、ORICON STYLEの取材に静かに口を開き、そして騒動後の心境を吐露していった。自身の原点である俳優業と再び向き合ういしだは今、何を想うのか。
5月上旬、東京・六本木のオリコンを訪れたいしだは、リラックスとはまた違った、非常に落ち着いた様子でインタビューに臨んだ。このあとに出てくる彼の言葉の句読点の間には全て「……」という間が入る。二股、妊娠、中絶、川合との破局、所属事務所からの契約解除、謹慎、それらを受け最初に更新した2月6日付のブログでは、「ドン底」と自身が置かれた状況を綴った。
「自分では本当にどうなるかわからなかった状態だったので(ブログでは)つい、感情的になってしまって。自分はどん底にいる。でも“生きていかなければいけない”ということをまず考えました。どうしても明日は来るし。でも何をしたって無駄だと。自暴自棄になって、全てを投げ出して田舎にひっこもうとか、そういう生き方をしようかとも考えました」。
“それでも”いしだを必要としてくれる人々がいた。「ファンの声が一番ブレーキになりました。まだこれだけの人が頑張れとおっしゃってくれる、当然そう思わない人がたくさんいるのも重々承知です。辞めるのは簡単だけど、恩返しをしなければならないと強く思いました」。ありきたりな回想だが、芸能人が人気商売である以上、結局はそこに帰結する。予期せずして1件、2件と再び役者としてのオファーが舞い込み始める。周囲から必要とされる形で、復帰が予想以上に早くやってきた。
「時期尚早かもしれません、確かに。自分では焦っているのかもしれない。もう少し待ったほうがいいんじゃないか、とか。でも表現することで存在価値が見出せるのかなと改めて思った部分はありました。僕が一番辛かったのは、表現する場所がない。わかりやすく言えば戦力外通告を受けた状態です。自分の責任なんですけど、先が見えないのはものすごい恐怖感で、喪失感もあった。朝起きるのも怖かった」。
心の弱さが原因。「自分が磨耗していることに気付かず、いつの間にか虚構の世界に迷い込んでしまった。元々、振り幅が大きいタイプなんです。ひょっとしたらこの仕事はむいてないんじゃないかと思って、うつ病を患ったりもして。23歳ぐらいですかね」。父である俳優・石田純一や母親にも相談したが「彼らにすら何も話せない、彼らも何も解決できない、白旗をあげてしまっている状態。相談はしてみたけれども、結局のところ自分が変わろうとしないと何も変わらない」。
父と子の会話は答えが出ないという答えが出た。「微妙な家族関係というのもありました。ただ、そのせいにはしたくないんです」。いしだ自身も2003年に結婚し子供を授かったが、結婚生活は2年弱で終焉を迎えた。結果、自分と同じ経験を我が子にもさせてしまいましたね、といやらしい質問を投げかけてみた。困った顔はあまりせず「子供とは凄く会いたいです」とつぶやいた。その時期はいつになるのかは自分でもわからないという。「ただ、いずれ知るときが来ると思うんです、自分がそうだったように。僕もその時が来るのを待ってます」。
皮肉にも15年前のデビュー曲のタイトルは「WARNING」だった。今、改めて自身に警告するなら?「見失わないように、ですね。地面に足をつけてしっかりと一歩一歩着実に歩いていけと。僕は本当ならする必要のない経験をしてきましたから、そういうものを引き寄せていたのは自分だった。歓喜だったりとか、ちゃんと感じていたい。もし自分に警告するならそういうものをもう少し感じて欲しい」。
いしだは明日、PU-PU-JUICE第8回公演『新・罪と罰』で復帰。また7月23日(木)には復帰舞台第2弾『新宿ミッドナイトベイビー〜最後に笑うのは誰か〜』(新宿シアターサンモール)が控えている。
「すべて僕の不徳の致すところです――」。女優・川合千春と同棲中だった今年1月、幼なじみのAさんとの二股交際が発覚し、さらにAさんが妊娠、中絶、自殺未遂などと報じられたことで、騒動はドロ沼化に。順風満帆から一転、歯車を狂わせてしまった俳優・いしだ壱成は冒頭の懺悔のあと、ORICON STYLEの取材に静かに口を開き、そして騒動後の心境を吐露していった。自身の原点である俳優業と再び向き合ういしだは今、何を想うのか。
5月上旬、東京・六本木のオリコンを訪れたいしだは、リラックスとはまた違った、非常に落ち着いた様子でインタビューに臨んだ。このあとに出てくる彼の言葉の句読点の間には全て「……」という間が入る。二股、妊娠、中絶、川合との破局、所属事務所からの契約解除、謹慎、それらを受け最初に更新した2月6日付のブログでは、「ドン底」と自身が置かれた状況を綴った。
「自分では本当にどうなるかわからなかった状態だったので(ブログでは)つい、感情的になってしまって。自分はどん底にいる。でも“生きていかなければいけない”ということをまず考えました。どうしても明日は来るし。でも何をしたって無駄だと。自暴自棄になって、全てを投げ出して田舎にひっこもうとか、そういう生き方をしようかとも考えました」。
“それでも”いしだを必要としてくれる人々がいた。「ファンの声が一番ブレーキになりました。まだこれだけの人が頑張れとおっしゃってくれる、当然そう思わない人がたくさんいるのも重々承知です。辞めるのは簡単だけど、恩返しをしなければならないと強く思いました」。ありきたりな回想だが、芸能人が人気商売である以上、結局はそこに帰結する。予期せずして1件、2件と再び役者としてのオファーが舞い込み始める。周囲から必要とされる形で、復帰が予想以上に早くやってきた。
「時期尚早かもしれません、確かに。自分では焦っているのかもしれない。もう少し待ったほうがいいんじゃないか、とか。でも表現することで存在価値が見出せるのかなと改めて思った部分はありました。僕が一番辛かったのは、表現する場所がない。わかりやすく言えば戦力外通告を受けた状態です。自分の責任なんですけど、先が見えないのはものすごい恐怖感で、喪失感もあった。朝起きるのも怖かった」。
心の弱さが原因。「自分が磨耗していることに気付かず、いつの間にか虚構の世界に迷い込んでしまった。元々、振り幅が大きいタイプなんです。ひょっとしたらこの仕事はむいてないんじゃないかと思って、うつ病を患ったりもして。23歳ぐらいですかね」。父である俳優・石田純一や母親にも相談したが「彼らにすら何も話せない、彼らも何も解決できない、白旗をあげてしまっている状態。相談はしてみたけれども、結局のところ自分が変わろうとしないと何も変わらない」。
父と子の会話は答えが出ないという答えが出た。「微妙な家族関係というのもありました。ただ、そのせいにはしたくないんです」。いしだ自身も2003年に結婚し子供を授かったが、結婚生活は2年弱で終焉を迎えた。結果、自分と同じ経験を我が子にもさせてしまいましたね、といやらしい質問を投げかけてみた。困った顔はあまりせず「子供とは凄く会いたいです」とつぶやいた。その時期はいつになるのかは自分でもわからないという。「ただ、いずれ知るときが来ると思うんです、自分がそうだったように。僕もその時が来るのを待ってます」。
皮肉にも15年前のデビュー曲のタイトルは「WARNING」だった。今、改めて自身に警告するなら?「見失わないように、ですね。地面に足をつけてしっかりと一歩一歩着実に歩いていけと。僕は本当ならする必要のない経験をしてきましたから、そういうものを引き寄せていたのは自分だった。歓喜だったりとか、ちゃんと感じていたい。もし自分に警告するならそういうものをもう少し感じて欲しい」。
いしだは明日、PU-PU-JUICE第8回公演『新・罪と罰』で復帰。また7月23日(木)には復帰舞台第2弾『新宿ミッドナイトベイビー〜最後に笑うのは誰か〜』(新宿シアターサンモール)が控えている。
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2009/05/26