| バリー・マニロウの大ヒットシリーズ&日本での盛り上がりが示す「カバー」の可能性 07年の音楽シーンで注目を集めた現象のひとつに、徳永英明の『VOCALIST 3』に代表されるカバー作品の隆盛があるが、それ以前にアメリカでロッド・スチュワートやバリー・マニロウらのカバーアルバムによる大ヒットを仕掛けたのが、音楽業界屈指のA&Rクライヴ・デイヴィスだ。古くは60年代から独自の“ヒットの公式”を用いてシーンを賑わし続けてきた彼の業績を振り返りつつ、「カバー」によるヒット創出のヒントを探った。 卓越したA&Rセンスでアーティストが「復活」 「哀しみのマンディ」や「コパカバーナ」など、70〜80年代初頭にかけて数々の大ヒットを飛ばしたバリー・マニロウが、06年1月に『ザ・グレイテスト・ソングス・オブ・ザ・フィフティーズ』で実に29年ぶりに全米No.1を獲得した。50年代ポップスの名曲の数々を収録したこのアルバムを企画したのは、アリスタ・レコードのヘッドにして、40年以上にわたって数限りないヒットを仕掛けてきたクライヴ・デイヴィスである。 音楽業界人の必読書とされるクライヴの自叙伝『Clive:Inside The Record Business』の翻訳本(『アメリカ、レコード界の内幕』)監修者であるフジパシフィック音楽出版の朝妻一郎会長は、クライヴがミュージックマンとして活動を始めた60年代から現在に至るまで、その辣腕ぶりに常に注目してきたという。 | バリー・マニロウ 『ザ・グレイテスト・ソングス・オブ・ザ・シックスティーズ』 バリー・マニロウ 『ザ・グレイテスト・ソングス・オブ・ザ・セヴンティーズ』 |
| 「近年のクライヴの仕事で最も脚光を集めたのが、名曲のカバーによるベテランアーティストの復活モノです。その始まりは、ロッド・スチュワートが数々のスタンダードを歌った『ザ・グレイト・アメリカン・ソング・ブック』シリーズ(02年〜)。90年代以降ヒットに恵まれず、“過去の人”とされていたロッドに25年ぶりの全米No.1ヒットとグラミー賞をもたらしたのは、クライヴの優れたA&Rセンスでした。つまり、アーティストの才能と魅力を最大限に活かす手段のひとつとして、そのアーティストに相応しい楽曲をカバーさせて大ヒットを生み出すというスキーム。クライヴはその組み合わせのセンスに非常に優れているんですね」(朝妻氏・以下同) この成功に続いてクライヴが手掛けたのが、冒頭で触れたバリーの『ザ・グレイテスト・ソングス』シリーズで、昨年10月に『〜シックスティーズ』、今年9月に『〜セヴンティーズ』(日本ではともにBMG社より10月24日にリリース)とこれまでに3作をリリース。いずれも大ヒットを記録した。 クライヴが先鞭をつけて音楽シーンを活性化させたこのスキームはアメリカでブームとなり、アート・ガーファンクルやカーリー・サイモン、リタ・クーリッジら実績あるベテランアーティストが次々とカバーアルバムを発表している。 そして日本でも今年、による女性アーティストのカバーアルバムシリーズの第3弾となる『VOCALIST 3』が本誌アルバムランキングで2週連続1位を記録したほか、9月10日付ではシリーズ3作すべてがトップ10入りを果たし、3作の総売上枚数が100万枚を超えて大きな話題となったことは記憶に新しい。 「さんのシリーズは原曲のアレンジに忠実に歌うのがコンセプトになっていたと思いますが、実はバリーのシリーズもそうなんです。“せっかくバリーが歌うなら、コンテンポラリーなアレンジにしたほうがいいのでは?”という考えもあるかもしれません。しかしユーザーが期待しているのは、“あそこでこういうギターリフが入ってくるんだよね”とか“ここのストリングスのオブリガートのメロディがいいんだよなあ”といった、オリジナル楽曲そのものが持っていた魅力でもあるわけです。そもそもターゲットはオリジナルを知っている層ですから、楽曲のツボの部分が出てこなかったらガッカリしてしまう。原曲の持つ魅力のエレメントをなるべく多く残すことも、カバーヒットの決め手と言えるでしょう」 名カバーがアーティストに新たな味と魅力を吹き込む クライヴはその著書で「人はレコードの裏を見て、1曲でも自分の知っている曲が多いものを買う」と明言しているという。それが数多くのアーティストをブレイクさせ、そしてミリオンセラーを量産してきたクライヴ流“ヒットの公式”だ。 「例えば90年代初頭にクライヴはスウェーデンのエイス・オブ・ベイスのアメリカデビューを手掛けます。ところが当時、彼らにはまだ1曲しかシングルヒットがなかった。そこで、クライヴはアスワドが歌ってヒットした「Don't Turn Around」を彼らのシングルとして出し、続く1stアルバムをギネスブックに載るほどのビッグヒットに結びつけたんです。この“ヒットの公式”を主にベテランアーティストに活用したのが近年の一連の復活モノですが、クライヴはすでに60年代にこの手法を編み出していて、アンディ・ウィリアムスに当時流行していた映画音楽やビートルズの楽曲をいち早くカバーさせて、ヒットを生んでいるんですよ」 07年はのみならず、中森明菜や杏里、山崎まさよし、島谷ひとみなどの人気アーティストが相次いでカバーアルバムをリリースし、日本でも一種の「カバー・ブーム」の様相を呈した。また、コンピレーション・アルバムやトリビュート・アルバムがランキングを賑わした1年でもあった。 「カバー曲によってアーティストに新たな味や魅力を加えるという手法は、一時的なブームを超えてこれからもっと活発になるでしょう。先日、ラスベガスでバリーのコンサートを見てきたんですが、バリーのステージも含めラスベガスのショーの特色は、アーティストが自分のレパートリー以外に必ずその時流行っている曲や往年のヒット曲を入れているところなんです。ラスベガスには世界中からいろんな客層が集まりますから、誰もが知っているスタンダード曲を演ることで観客全員をエンターテインしようというわけですね。つまりカバーというのは、アーティストのコアなファンのみならず幅広いユーザー層に喜んでもらう恰好の手法でもあるわけです」 また、誰もが知っているスタンダードやメガヒットした楽曲を活用するばかりがカバーではない。世に埋もれている楽曲を発掘し、それに相応しいアーティストによる斬新なアレンジによって新たな息吹を吹き込み、ヒットを創出するという手法にも着目してほしいと朝妻氏は語る。 「例えば、シンプリー・レッドの「If You Don't Know Me By Now」(邦題「二人の絆」/アルバム『ニュー・フレイム』収録)はハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツのカバーですが、彼らのオリジナルだと思っている人も多いのではないでしょうか。つまり作品自体はいいんだけど、例えば女性が歌ったほうが魅力的なのに男性が歌っていたり、アレンジが適切でなかったりして“知る人ぞ知る”みたいになっている楽曲が、世の中にはたくさんあるはずです。それらを掘り起こすのもA&Rの腕の見せどころだと思います。もちろん、まずは音楽出版社の役目だろうと言われたらその通りなんですが(笑)」 配信によって気に入った楽曲を1曲単位で気軽に購入できるデジタル市場がますます伸長するなか、音楽シーンはビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』登場以前のような“楽曲の時代”を再び迎えているという事実は、多くの業界スタッフが指摘している。結果として、永らくアルバムの売上が基軸に置かれていた音楽ビジネスにおいて、「何よりもまずヒット曲(シングル)を生むこと」がもはや死活問題となっている。そんななか、クライヴが編み出した“ヒットの公式”に代表されるカバーという手法を一過性のブームに終わらせるのではなく、音楽シーンを活性化させるアイテムのひとつとして積極的かつ効果的に取り入れていきたいところだ。(取材・文/児玉澄子)
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2008/01/02



