マイケル・ムーアの最新作『シッコ』公開 さらに多彩な題材に挑むドキュメンタリー映画 今年に入ってから続々とドキュメンタリー映画が公開されている。ハリウッドをはじめ、各国でつくられるフィクションのアイデアの枯渇が叫ばれている一方で、ドキュメンタリーはさらに多彩な題材に挑むようになり、刺激的で新鮮な映像、多様な手法、つくり手の姿勢などに支持が集まるようになった。事実、エンターテインメント性に富んだ作品も決して少なくない。 この8月末から公開される2本のドキュメンタリーは、いずれも明確なメッセージを持ちつつ、笑わせ、泣かせ、怒りをあおり、考えさせる――。まこと、観る者の感情をしたたかに刺激する仕上がり。こうした作品こそ、真のエンターテインメントと呼びたくなる。 まず、8月25日からの公開となるのが、マイケル・ムーアの新作『シッコ』だ。『ボウリング・フォー・コロンバイン』で病める銃社会アメリカに異を唱えてアカデミー長編ドキュメンタリー賞に輝き、『華氏911』ではジョージ・ブッシュ大統領を徹底的にこき下ろして、カンヌ国際映画祭パルム・ドール(最高賞)を手中に収めた。庶民の目線で突撃取材、ユーモアを散りばめながら辛らつさを忘れず、取材する相手の本音を聞きだし、巧みにメッセージを浮かび上がらせた。 | 『シッコ』 公開:8月25日より全国ロードショー 配給:ギャガ・コミュニケーションズ、博報堂DYメディアパートナーズ 『ミリキタニの猫』 公開:9月8日よりユーロスペース他にて 全国順次ロードショー 配給:パンドラ Clucid dreaming inc. |
その彼が今回矛先を向けたのが、“医療制度”。アメリカでは6人にひとりが無保険で、毎年1万8000人が治療を受けられずに死亡するという。先進諸国とも思えないこの大国は、健康保険制度が民間保険会社主導。利益優先から、各社は必然的に保険金をできるだけ払わない方針となる。ムーアは医療制度や保険で泣いた人のエピソードを数多く登場させ、庶民の直面している現実を分かりやすく絵解きしていく。本来なら制度を変えるべき政治家たちが、実際は保険会社の献金まみれであることを明らかにし、1990年代のクリントン政権下で国民皆保険制度を提唱したヒラリー・クリントンですら、いまや献金を受けていることを暴く。 さらにカナダ、イギリス、フランスに自ら出かけて各国の恵まれた医療体制を綴り、クライマックスには、なんと敵国キューバに病人たちを引き連れていく。ムーアの確信犯というしかない行動力に脱帽したくなるが、重い題材を素直な目線で描き出し、庶民を切り捨てる権威を糾弾する。エンターテインメントのかたちで世直しを提唱する。こういう存在は貴重である。 一方、9月8日に公開される『ミリキタニの猫』は素敵なヒューマン・ドキュメンタリーに仕上がっている。2001年にニューヨークでホームレス生活を送っていた老画家ジミー・ツトム・ミリキタニと、彼に興味を覚えた監督リンダ・ハッテンドーフがともに生活するうちに、ミリキタニの数奇な生涯が浮かび上がる展開。日本生まれであるため第2次大戦時に収容所に入れられ、市民権を剥奪された彼は、流転、反骨の人生を貫く。9.11ニューヨーク・テロの最中にミリキタニが平然としているシーンは衝撃的だし、映像にも説得力がある。観ていくうちにぐいぐいミリキタニの人間的魅力に惹きつけられる。生きる意志を持ち続けるこのキャラクターに学ぶところは少なくないのだ。希望に満ちたラストで元気になる、近年得がたい作品である。 2作品ともアメリカの現実を描きながら、観るものの気持ちをゆさぶり、映画という表現を心ゆくまで楽しませてくれる。 |
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2007/08/15