人気小説『バッテリー』を映画化 「作り手の意志が感じられる映画を作りたい」 孤高の天才ピッチャー・巧が野球を通じて友人や家族との絆を作るベストセラー小説『バッテリー』がこのほど映画化された。主題歌は、資生堂のCMソングで注目を集めたシンガーソングライター・熊木杏里の「春の風」。誰もが感じる日々の悩みや感動を朴訥とした歌声で瑞々しく歌い上げる熊木の楽曲は、少年たちのピュアな世界観と美しく調和した。3月の封切を前に、熊木を起用した経緯と日本映画の現状について、仕掛け人の岡田有正プロデューサーに聞いた。 曲を聴いて一瞬で納得「バッテリーの世界だ」 ―― 映画化に至るまでの経緯をお聞かせ下さい。 岡田:個人的に原作が大好きで、2年前に社内の企画会議に出してメンバー全員で原作を読みあったんです。全員はまりまして(笑)。「青波君このあとどうなるの?」って感じで大いに盛り上がったんです。当時まだ角川さんと組んだことがなくて、私の上司が先方とお会いしたときに「うちの岡田が『バッテリー』やりたいって言ってるんだけど」と話がいったようなんです。そこから少しずつ現実化していったというところでしょうか。 ―― 作品の魅力の一つがオーディションで選ばれた子供たちです。 岡田:子供たちが本当にいいんですよ。純粋だからオーディションでも正直に答えるし。「原作全部は読んでないんです、ごめんなさい」とか(笑)。みんな素直で個性がある。映画を見るお客様は登場人物の誰かに自分を投影できると思います。大人は過ぎ去った子供時代を、子供達は今の自分を重ね合わせて「俺、巧に似ているな」というように。 ―― 主題歌は熊木杏里さんの「春の風」です。大抜擢に至る経緯をお聞かせ下さい。 岡田:僕自身、大抜擢をしたというおこがましい気持ちはなく、純粋に楽曲に惚れ込んでそれをそのまま伝えた結果、皆が納得しれくれたというのが実感です。繊細な声ですが、実は非常に力強く外へ向けて発信しているアーティストだと思います。映画の登場人物の世界観と楽曲のそれとがうまく重なりました。きっかけは、吉俣良さんです。滝田監督が吉俣さんのあるインタビュー記事を目にしておりまして、「彼と一緒にやりたい」と興味を示された。監督は吉俣さんの曲を聴いたことがなかったかもしれないのですが(笑)、吉俣さんご自身に何かをお感じになったのだと思います。 ―― 吉俣良さんは熊木杏里さんの作品の編曲を多く手がけています。 岡田:そうなんですが、その時点では監督も僕もその情報が全くなかった。正直、熊木さんのこともよく知らなかった。ある日、本編の音入れの打合せに吉俣さんのご自宅へ伺ったところ「ちょっとこれ聞いてみて下さい」と。それが「春の風」でした。まだ完成形ではない完全オリジナルバージョンです。 ―― その場は主題歌の打合せではなかったんですよね。 岡田:違います。あくまで本編の音入れの打合せでした。その時点では主題歌を入れる事すら決まってなかった。吉俣さんが熊木さんと、言うならば勝手に曲を作ってくれていて(笑)、エンドロールにはめ込んで見せてくれたということです。 |
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―― お聞きしてどうお感じになりましたか。 岡田:しびれたんですよ…。この透き通った感じはなんだろうと。歌詞の出だしの部分からもう、「あ、これバッテリーの世界だ」と一瞬で納得させられた。映像から受ける感動を実に上手に形にできるアーティストだという印象を受けました。その日は監督や角川のプロデューサー、録音の方、スクリプターの方も同席する場だったのですが、たまたま僕だけ早く着いたので先に一人で聴かせてもらっていました。その後全員が揃ってからもう一度皆で聴いたんです。 ―― その時の皆さんの反応は。 岡田:ノーリアクションでした(笑)。少なくとも表面的には。主題歌の打合せではないですし、主題歌があるのかどうかも全く決まってない状態ですから。まぁ、これはこれでという感じで、そのまま本来の目的である本編の音入れの打合せが粛々と進められてその日は終わりです。帰りに吉俣さんから「春の風」のCDをお預かりして、その後繰り返し聴きました。ほんと、何度聴いたかわからないですね。それから熊木さんの過去の曲も聴いみてみたら、やっぱり言葉に非常に力がある。メロディーもそうですが、歌詞にインパクトがある方だなと感じました。 ―― そこから最終的に熊木さんに決定したポイントはどこにあったのでしょう。 岡田:製作が進行して主題歌が検討されてからも楽曲の候補は他にもたくさんあったんです。個人的にはどうしてもご一緒したかったアーティストもいました。そういう過程を経た上で、熊木さんの楽曲に出会い、自分の中では熊木さんしかいないというところまで来ていたので、「僕はこの曲で勝負したい」とある打合せで言いました。それから吉俣さんにアレンジし直してもらい、歌詞も直して頂いてもう一回聴いてみようということになり、そこから徐々に「熊木さんでいこうか」という流れが出てきた。で、ある日監督が「いいよ、岡ちゃん。熊木さんの曲いいよ」って突然言ってくれたんです。びっくりしましたよ(笑)。 ―― 熊木さんの曲がドラマ『金八先生』や資生堂のCMに起用された時も、大掛かりなプロモーションやタイアップではなく、歌自体が淡々と存在し、関係者を自然に惹きつけたという印象を受けます。今回の岡田さんによる起用も共通するものを感じます。 岡田:テレビも映画もタイアップが当たり前になっていますが、力のあるアーティストがもっと別の形で陽の目を見る機会があるといいですね。映画もテレビも、主題歌は作品のイメージを決める非常に大きな要素ですし、プロモーションメリットはお互いにとても大きい。ただ、今回の『バッテリー』に関しては、純粋に作品に合うかどうかだけで主題歌が決められた。僕はどちらかといえば洋楽派ですが、映画の仕事をするようになってから邦楽も聴くようになりました。野外ライヴなどにもよく行きますが、国内にもいいアーティストがたくさんいると実感しています。 観客がテレビと映画の区別をしなくなる危惧を感じる ―― 昨年、邦画による興収が21年ぶりに洋画を越えました。 岡田:数字だけ見れば業界全体が盛り上がっているように見えますが、ヒットした本数は製作された総本数のごく一部です。しかもそのほとんどがテレビ局が製作しているものなのです。それ以外は依然として苦戦しているのが現状です。見やすい作品が増える中で、お客様がテレビと映画の区別を認識しなくなる危惧を、僕個人としては強く感じています。「なんでこれを劇場で見なきゃならないんだ」という作品が、申し上げにくいですが非常に多い。逆に言えば今回の『バッテリー』のような作品に、今のお客様がどんな反応を示してくれるのか、非常に興味がありますね。 ―― その中でTBSとしてはどのような映画作りを心がけていかれますか。 岡田:TBSの映画チームには、「映画らしさ」にこだわっていこうというコンセプトが潜在的にあるように思います。そういう意味でも『バッテリー』という、ややもすれば地味に受け取られがちな作品が、大きな形で実現したことは非常に意味があります。劇場で見るに相応しい映画を作ることができたと思っております。オーディションで選んだ無名の子供達を前面に出し、作品で逃げずに勝負しようという考えのもとで、スタッフ一同の気持ちが一つになったレアなケースではないでしょうか。いい作品を作り、それを興行的にも反映させたいとは、誰しも思っているはずなんです。ただ、これだけ作品が多い中で作り手の意志が感じられる作品が、僕個人として劇場で観ても少なすぎると感じています。 ―― よい作品とそうでないものとの差をどこにお感じになりますか。 岡田:製作スタッフの闘っている状況が作品を透かして浮かんでくるときがあります。どこかで誰かが一人でも闘っているかどうかではないでしょうか。携わった人間の意志が感じられる作品というのは、観ていてその空気が伝わってきます。『バッテリー』に関しては、僕自身、原作の大ファンですし、素晴らしいキャスト・スタッフ、熊木さんの曲にも出会う事が出来た。この作品にとってプラスになる事ならば何でもやる、という気持ちしかありません。滝田監督にしても、勝負しているという気迫が一貫して感じられた。他のスタッフもそうです。そういう気持ちが強ければ強いほど作品を通して伝えることがきるのではないでしょうか。 ―― 原作を書かれたあさのあつこ先生からは特に注文はありませんでしたか。 岡田:「映画に関しては全ておまかせします」とおっしゃって頂けました。学校の先生役でご出演もされています。素晴らしい本の通り、そのままの素敵な方でした。それを熊木さんとお会いした時も感じたんですよ。だから作品って作り手のパーソナリティが色濃く出るのだなと、改めて感じました。いろいろ申しましたが、全てはあさの先生の原作の力だと思うんです。『バッテリー』という宝物のような作品が、多くの人を惹きつけて、新たな出会いを生んでくれたのではないでしょうか。有名な原作ですから映画化の企画は他でもたくさんあったと思うんですよ。そこにたまたま自分が携われたというのが、一番の喜びでもありますね。 (インタビュー・文/浮島さとし) |
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2007/03/07