SUPER EIGHT(横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、大倉忠義)が、きょう「令和8年8月8日」を盛り上げる。関西の地上波テレビ「8チャンネル」のカンテレで、『SUPER EIGHTと8人の関西大物MCたち〜(祝)凱旋!OSAKA愛♥忘れてまへんか?ツアー〜』(後2:57〜4:25 ※関西ローカル)を届ける。
奇跡のメモリアルデー「エイトの日」とあって、5人がそろって“実家”カンテレに里帰りする88分間の記念特番。メンバーを乗せてカンテレを出発したバスを、関西の大物MCたちが待ち受ける。
ハイヒール・モモコは、SUPER EIGHTのメンバーとデビュー前からの付き合いがあり、カンテレで長年放送された冠番組でも初回と500回記念のゲストを務めた間柄。大阪松竹座の舞台にも足しげく通い、SUPER EIGHTの成長を見守ってきたまさに“大阪のオカン”でもある。
なかでも村上信五とは『モモコのOH!ソレ!み〜よ!』で長年共演。テレビ収録に慣れていなかった村上が「カメラどれ見たらいいんですか?」と言っていた頃からテレビの基礎を教え、深く固い絆で結ばれている。
モモコが乗り込んだバス車内では、初めての大阪城ホールでのコンサートの裏話や、苦労が絶えなかったデビュー当時の話題で大盛り上がり。デビュー曲「浪花いろは節」の手探りだったMV撮影の思い出や、2ndシングル「大阪レイニーブルース」の制作秘話など、当時の知られざるエピソードに花が咲く。
ロケを終えたモモコは「まず、第一声に“仕事断れ”って言われました。外でバスを待ってたんで、“その暑い中で待つ仕事はもう断れ”って(笑)。こっちは全然やのに。なんで断らなあかんねん、“まだまだ中堅・若手やで”って言うたけど、“何をしてんねん”って注意を受けましたね。メンバーには個別には会ってたけど、なかなか5人そろって会うことがなかったので。ライブの楽屋以外で、ああやって全員そろうのは本当に久しぶりやったから、オカンとしてはうれしかったです」と喜びいっぱい。
昔からSUPER EIGHTの成長を見守り、“大人のマナー”を教えたモモコは「あの子らが若手の時、お祝いを渡したときに、“封筒にお金入れることも知らんかった。お祝いってびっくりした”みたいなことを言ってたんで、みんなのメンバーカラーの“ふくさ”を近鉄(百貨店)で作って渡して。“もう大人やから、お祝い行く時にはふくさに包んで、そこから出すねんで”って教えたこともありましたね。私もいろんなことを(西川)ヘレンさんに教えてもらってきたんでね」と明かす。
当時からSUPER EIGHTの実力を誰よりも確信していたという。「“あ、もう絶対売れる”とは思ってたんですよ、ほんまに。エイトは、お笑いもすごかったし、本格的なコントもやってたので。吉本の当時の若手芸人も“ヤバイ、ヤバイ”って言うぐらい、最初から才能はありました」と語る。
そして「みんな大人になったけど、全然変わってないんですよ、最初から役割も。相変わらず“ヨコやなー”“ヤスやな”“マルやな”って思う瞬間がありまして。ロケバスに乗ってても、一人でぼーっとしたい子もおるし、ずっとしゃべる子もおるし。あと、ヨコがカメラの趣味を持ち出して、道中ずっとメンバーの写真を撮ってるのがすごく良いなと思って見てました。“仲悪い時期もあったけど、乗り越えたなー”って伝えたら、みんなが爆笑して、“せやったー”って言うてくれた時に、もう一生あの5人でやるなと思って、安心しました。ずっと大阪から見てるよっていうことをあの子たちに伝えたいです」とメッセージ。
今回の「OSAKA愛を忘れてまへんか?」というテーマについて尋ねると、モモコは笑顔でこう答えた。「ほんまはね、“忘れてないか?”言うたけど、忘れてないと思いますよ。めちゃくちゃ関西のこと大好きやし、やっぱり落ち着くみたいで。関西がなんだかんだいうても好きみたいですね」。
最後に、今回の特番の見どころをこうアピール。「もう東京に行っちゃったけど、SUPER EIGHTは関西のものやというのをまた再認識して。本当に、一軒目のとこからお酒飲んでるから、素のみんなが見えたんちゃうかな。編集が大変やなと思って、今から心配してます(笑)。みんな勝手に喋ってたから。音声さんが調整すんのたまらんかったと思うけど、素のSUPER EIGHTが垣間見える……やなくて、ずっと見れるんで、視聴者の方には楽しんでいただきたいですね」と呼びかけた。
一方の村上も、自身のタレント生活の礎を築いてくれたモモコへ、「どっちかと言ったら、最近は、モモコ姉やんはほんま“お姉ちゃん”みたいな感じで、ヘレンさんの方がほんま“お母さん”みたいな感じやったりしますかね。でも、ほんとに礎といいますか下地、タレント生活のベースをつくってくれたのは、お二方です」と、感謝を語った。
【場面カット複数】その暑い中で待つ仕事はもう断れ…モモコのSUPER EIGHTへの愛がにじむ姿
奇跡のメモリアルデー「エイトの日」とあって、5人がそろって“実家”カンテレに里帰りする88分間の記念特番。メンバーを乗せてカンテレを出発したバスを、関西の大物MCたちが待ち受ける。
ハイヒール・モモコは、SUPER EIGHTのメンバーとデビュー前からの付き合いがあり、カンテレで長年放送された冠番組でも初回と500回記念のゲストを務めた間柄。大阪松竹座の舞台にも足しげく通い、SUPER EIGHTの成長を見守ってきたまさに“大阪のオカン”でもある。
なかでも村上信五とは『モモコのOH!ソレ!み〜よ!』で長年共演。テレビ収録に慣れていなかった村上が「カメラどれ見たらいいんですか?」と言っていた頃からテレビの基礎を教え、深く固い絆で結ばれている。
モモコが乗り込んだバス車内では、初めての大阪城ホールでのコンサートの裏話や、苦労が絶えなかったデビュー当時の話題で大盛り上がり。デビュー曲「浪花いろは節」の手探りだったMV撮影の思い出や、2ndシングル「大阪レイニーブルース」の制作秘話など、当時の知られざるエピソードに花が咲く。
昔からSUPER EIGHTの成長を見守り、“大人のマナー”を教えたモモコは「あの子らが若手の時、お祝いを渡したときに、“封筒にお金入れることも知らんかった。お祝いってびっくりした”みたいなことを言ってたんで、みんなのメンバーカラーの“ふくさ”を近鉄(百貨店)で作って渡して。“もう大人やから、お祝い行く時にはふくさに包んで、そこから出すねんで”って教えたこともありましたね。私もいろんなことを(西川)ヘレンさんに教えてもらってきたんでね」と明かす。
当時からSUPER EIGHTの実力を誰よりも確信していたという。「“あ、もう絶対売れる”とは思ってたんですよ、ほんまに。エイトは、お笑いもすごかったし、本格的なコントもやってたので。吉本の当時の若手芸人も“ヤバイ、ヤバイ”って言うぐらい、最初から才能はありました」と語る。
そして「みんな大人になったけど、全然変わってないんですよ、最初から役割も。相変わらず“ヨコやなー”“ヤスやな”“マルやな”って思う瞬間がありまして。ロケバスに乗ってても、一人でぼーっとしたい子もおるし、ずっとしゃべる子もおるし。あと、ヨコがカメラの趣味を持ち出して、道中ずっとメンバーの写真を撮ってるのがすごく良いなと思って見てました。“仲悪い時期もあったけど、乗り越えたなー”って伝えたら、みんなが爆笑して、“せやったー”って言うてくれた時に、もう一生あの5人でやるなと思って、安心しました。ずっと大阪から見てるよっていうことをあの子たちに伝えたいです」とメッセージ。
今回の「OSAKA愛を忘れてまへんか?」というテーマについて尋ねると、モモコは笑顔でこう答えた。「ほんまはね、“忘れてないか?”言うたけど、忘れてないと思いますよ。めちゃくちゃ関西のこと大好きやし、やっぱり落ち着くみたいで。関西がなんだかんだいうても好きみたいですね」。
最後に、今回の特番の見どころをこうアピール。「もう東京に行っちゃったけど、SUPER EIGHTは関西のものやというのをまた再認識して。本当に、一軒目のとこからお酒飲んでるから、素のみんなが見えたんちゃうかな。編集が大変やなと思って、今から心配してます(笑)。みんな勝手に喋ってたから。音声さんが調整すんのたまらんかったと思うけど、素のSUPER EIGHTが垣間見える……やなくて、ずっと見れるんで、視聴者の方には楽しんでいただきたいですね」と呼びかけた。
一方の村上も、自身のタレント生活の礎を築いてくれたモモコへ、「どっちかと言ったら、最近は、モモコ姉やんはほんま“お姉ちゃん”みたいな感じで、ヘレンさんの方がほんま“お母さん”みたいな感じやったりしますかね。でも、ほんとに礎といいますか下地、タレント生活のベースをつくってくれたのは、お二方です」と、感謝を語った。
2026/08/08