歌手の研ナオコ(70)が19日、東京・LINE CUBE SHIBUYAで『デビュー53周年記念ファイナルコンサート〜すっぴん人生70歳〜みなさんお世話になりました』を開催。コンサートでは宇崎竜童がゲスト出演し、研とともに自身の代表作「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」と、研に提供した「愚図」の2曲を披露した。
同コンサートは本来であれば50周年を迎えた2020年に開催される予定だったが、コロナ禍によって断念。この日は4年越し、悲願のステージとなった。
研に呼び込まれた宇崎は、ステージ上で軽妙なトークを展開。古希を迎えてもなおパワフルな歌声を響かせる研を絶賛しながら、話題の中心は徐々に互いの健康へ。「難聴がヒドいんだよね。補聴器をつけないと高い音が聞き取れないし、記憶力も低下している。腰も痛いし、偏頭痛もある」と明かす宇崎に、研は「まったく一緒」と大きく頷く。そして「帯状疱疹になったとき、宇崎さんに相談して病院を紹介してもらった」と、かかりつけ医が同じであることも告白した。
続けて宇崎は、日頃からの健康法として「嫁に連れられて、毎朝日焼け止め塗りながら散歩していますよ」と笑いつつ、「俺、100歳まで生きるから」と宣言。研も「長生きしてもらわなきゃ困りますよ」と思いを伝えた。
2人そろってサングラスを身に着け、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を披露した後、話題は研の「愚図」の制作秘話に。研が「最初のヒット曲を作っていただいた」と感謝すると、宇崎は「人を笑わせている人って、家に帰ってホロッと泣いているんだろうなと思った」と制作当時に研に対して抱いた印象を吐露。
同曲は作曲を宇崎、作詞を妻の阿木燿子が手がけた夫婦の合作曲。宇崎は「この曲は歌詞が先にできたたんですけど、その詞を見た瞬間にブルブルってきて、あっという間に3番まで書き終えて、そのままナオコさんに渡したんです」と振り返った。
一方の研は、曲を受け取った際に「これは歌えない。宇崎さんが歌うべきだ」と思ったと告白。そして「これが売れなかったら歌手をやめようと本気で思っていた」とし、「初めてこの曲をコンサートで歌い終わった後、聞いたことがない拍手をいただいたんです。その瞬間、歌手として認めてもらえたのかもとやっと思えた」と感謝した。
そんなやりとりを経つつ、「もうナオコさんの声だからこそ表現できる曲になっている。俺が生半可に歌うのははばかられるんです。でも、きょうはお誕生日のお祝いに」と語る宇崎とともに、しっかりと「愚図」を届けた。
同コンサートは本来であれば50周年を迎えた2020年に開催される予定だったが、コロナ禍によって断念。この日は4年越し、悲願のステージとなった。
研に呼び込まれた宇崎は、ステージ上で軽妙なトークを展開。古希を迎えてもなおパワフルな歌声を響かせる研を絶賛しながら、話題の中心は徐々に互いの健康へ。「難聴がヒドいんだよね。補聴器をつけないと高い音が聞き取れないし、記憶力も低下している。腰も痛いし、偏頭痛もある」と明かす宇崎に、研は「まったく一緒」と大きく頷く。そして「帯状疱疹になったとき、宇崎さんに相談して病院を紹介してもらった」と、かかりつけ医が同じであることも告白した。
続けて宇崎は、日頃からの健康法として「嫁に連れられて、毎朝日焼け止め塗りながら散歩していますよ」と笑いつつ、「俺、100歳まで生きるから」と宣言。研も「長生きしてもらわなきゃ困りますよ」と思いを伝えた。
2人そろってサングラスを身に着け、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を披露した後、話題は研の「愚図」の制作秘話に。研が「最初のヒット曲を作っていただいた」と感謝すると、宇崎は「人を笑わせている人って、家に帰ってホロッと泣いているんだろうなと思った」と制作当時に研に対して抱いた印象を吐露。
同曲は作曲を宇崎、作詞を妻の阿木燿子が手がけた夫婦の合作曲。宇崎は「この曲は歌詞が先にできたたんですけど、その詞を見た瞬間にブルブルってきて、あっという間に3番まで書き終えて、そのままナオコさんに渡したんです」と振り返った。
一方の研は、曲を受け取った際に「これは歌えない。宇崎さんが歌うべきだ」と思ったと告白。そして「これが売れなかったら歌手をやめようと本気で思っていた」とし、「初めてこの曲をコンサートで歌い終わった後、聞いたことがない拍手をいただいたんです。その瞬間、歌手として認めてもらえたのかもとやっと思えた」と感謝した。
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2023/10/19



