■盛り上がるアナログレコード市場 東洋化成の22年生産数は過去10年間で最多200万枚を記録
「山下達郎さんは海外人気も高く、中古盤も値上がりしている状況で、満を持しての発売でしたから、今回のアナログレコードのリリースは、大きな話題になりました。しかも一挙ではなく、5ヶ月連続でリリースしていくというユニークな形態だったので、毎月ワクワクさせられましたし、アナログレコード自体にも注目が集まりました。リマスター盤なので、旧盤を所有していても、改めて購入する人も多かったようです。アナログの楽しさの1つに聴き比べがありますから、みんながハッピーになるリリースでした」
そう語るのは、アナログレコード製造国内大手の東洋化成・ディスク事業部の水口卓哉氏だ。同社では昨年22年、アナログレコードの生産数が過去10年間で最多となる200万枚を記録した。
現在、アナログレコードは若い世代のカルチャーとして広がっており、世界的に見ても、安価で手軽に音楽を楽しめるストリーミングサービスの需要と、アナログの需要が並行して伸びている。RIAA(全米レコード協会)のレポートによると、米国ではストリーミングの拡大に比例する形でアナログレコードからの収入も16年連続で増加、20年にはついにCDを追い抜いた。日本では、そういった逆転現象は起きていないが、市場規模は着実に拡大している。日本レコード協会の統計によると、22年のアナログディスクは数量で213.3万枚(前年比11.9%増)、金額で43.4億円(同11.2%増)となった。10年前と比較すると数量で約8倍、金額ではなんと10倍以上に拡大している。特性としては真逆のメディアであるこの両者が、ともに伸長している理由はなぜか。
「ストリーミングとアナログレコードは、よく対立構造として紹介されますが、実は比例して伸びています。ストリーミングで聴いて、気に入った音楽をアナログで所有する、という流れですね。近年、レコードを買うようになった若い層は、ストリーミングでは所有する実感が湧かず、アナログに興味を持つようです。30センチ×30センチというサイズの大きさと紙質のジャケットは、立て掛けておくだけでもアートになるため、部屋のインテリアになります。アナログならではの温かい音はもちろん、手動で操作したり、AB面をひっくり返して聴いたり、といった不便さも新鮮のようです。ゆっくりと音楽を楽しみたいと考える人が増えているのでしょう」(東洋化成ディスク事業部・水口卓哉氏)
■アジア圏からのプレス依頼も増加 海外のリスナーの再評価で盛り上がる和ジャズ
アナログの購買層は30代後半から40代が中心。次が20代で、むしろCD登場以前、アナログレコードが一般的だった時代をリアルタイムで知っている50代以上は、あまりレコードを買わないのだという。
「今の30代後半から40代は、ちょうどゼロ年代前後にクラブカルチャーが伸長して、最初にレコードのブームが起きた時、20代だった世代です。彼らはアナログを買う、聴くという行為が普通に染み込んでいる。むしろ50代以上の層は、アナログからCDの移行期に、レコードやプレーヤーを手放しているため、そこからもう一度戻るのは難しいようです」(水口氏)
また、近年の“シティ・ポップ”ブームなどにより、旧作の再発もお馴染みとなったが、最近では、本来アナログ盤が存在していなかった90年代以降のアルバムがリリースされたり、海外のリスナーによって再評価されたものが逆輸入されたりするケースも目立つ。
「ジャンルでは和ジャズです。アメリカの10代、20代の子たちが熱心にストリーミングで聴いていて、それを日本のストリーミング担当者が『何で人気があるんだ?』と不思議がり、『どうやら流行っているらしいぞ』となってアナログが再発される、という流れが生まれています。デジタルでの再評価がアナログに還元されているわけです」(水口氏)
そういった世界的なアナログ人気を受け、東洋化成でも海外からのプレス依頼に応えて、フル回転という状況だそうだ。
「今は韓国、台湾などアジア圏からの依頼が多いですね。韓国もK-POPアイドルの人気のおかげで、注文数が増えています。また韓国のインディーズ・シーンのアーティストからも直接に依頼が入ります。インディーズといっても、ヒップホップからバンド、オルタナティヴなどジャンルは様々ですが、いずれもアナログレコードが売れているのです。ベトナムやタイなどでもアナログは人気なのですが、高級品扱いで1万円近くするようです。富裕層の嗜好品という位置付けのようですね」(水口氏)
そして、今年も11月3日に開催される「レコードの日」。東洋化成の旗振りによるこのイベントがアナログブームに果たした役割は大きい。
「『レコードの日』は、もともとレコードは文化財ということで日本レコード協会(RIAJ)が文化の日に制定した記念日をイベント化したものです。今年で9年目を迎え、おかげさまで幅広く認知が広がったこともあり、レーベル側もその日にリリースタイミングを合わせて発売してくれるようになり、昨年は2日間の開催で、200枚以上をリリースしました。今年は例年通り、文化の日11月3日の1DAY開催となりますが、1日としては過去最多のリリース数(128タイトル)になり、幅広い年代・ジャンルの作品が目白押しとなっています」(水口氏)
■東洋化成が独自の音楽レーベル設立 インディペンデントのアーティストを発掘・育成
このように大きな盛り上がりを見せるアナログ市場だが、東洋化成ではもう1つ、新たな動きがある。それは、独自の音楽レーベルの立ち上げだ。「Reach the Beach Records」と「DEEP GROUND RECORDS」の2レーベルは、アナログレコードと印刷の受託製造に加え、アーティストの発掘と、彼らおよび作品を世に広めるための宣伝プロモーションを行う。この点について、ディスク事業部の稲川昭彦氏がその意図を語ってくれた。
「ストリーミングが主流となった時代では、インディーズのアーティストも、自ら音楽を発信することが普通になってきました。メジャーのレコード会社も、そういったインディーズのアーティストに、いかにアプローチしていき、育てていけるかが課題の1つになっているかと思われます。これは世界的な流れで、当社もアナログレコード製造の受託とジャケットの印刷を2本柱にしてきましたが、よりクリエイティブな領域を目指しての立ち上げです」(東洋化成ディスク事業部・稲川昭彦氏)
2レーベルのカラーだが、「Reach the Beach Records」はテクノ、ハウス、ブレイクビーツ、ヒップホップといったダンスミュージック、エレクトロニカな方向性のアーティスト。「DEEP GROUND RECORDS」は土に根ざすと言う意味で、その土地の自然文化も音像という形で取り入れるような、アコースティック、オーガニックなサウンドが主体のアーティストという分け方だ。
「どちらのレーベルも、インディペンデントのアーティストを発掘し、アーティストとともに成長していこうというのが主旨です。ストリーミングと同時に、作品によってはアナログレコードも発売していければ、と考えています。11月3日の「レコードの日」には2作品を発売します。Reach the Beach Records からは、注目の男女Hip-Hopユニット、母親文化村の初シングル「バイスサワー」(7インチレコード) を RAWMEN RECORDSさんとのダブルレーベルで発売。DEEP GROUND RECORDS からは DJ KENSEI、ミュージシャンの GoRo the Vibratian を中心に制作された Final Drop 20年ぶりの新作「Mimyo」を12インチレコード重量盤で発売します。将来的には日本だけでなくアメリカやイギリスなど世界同時発売といったことも視野に入れたいと思っています」(稲川氏)
レコード製造をスタートさせて60年以上を超える東洋化成。このアナログブームの中で、高いクオリティを求めるユーザーの要求にも応えられる、高品質の商品こそが同社の強みでもある。最後に水口氏は次のように語る。
「このブームが一過性のものとせず、所有する楽しみをあらゆる世代に伝えていきたい。若い世代も年配層も、音楽好きが当たり前にレコードを買う文化になってくれたら嬉しいですね」(水口氏)
文・馬飼野元宏
【レコードの日 2023 概要】
■イベント名:レコードの日 2023
■主催:東洋化成株式会社
■開催概要:2023年11月3日(金・祝)の午前0時より、レコードの日にエントリーされたアナログレコードを一斉に店頭・オンラインショップなどで販売開始する。ネット販売、予約受注に関する制限は設けていない
